青山サキは異世界にて、美しきものを取り戻す
夜空を駆けるランデブー
寒くないのはありがたいと、寒さが苦手な青山サキは思う。
夜も更けたというのに明るいと思ったら、巨大な2つの月が浮かんでいる。座学の資料映像で見た通りのその光景に、異世界に来たんだと改めて実感する。
サキは幼い頃からパニックになった事がない。些細な事で泣き喚く同い年の子たちがよく分からなかったし、成長しても唐突に感情的になる同級生の事もよく分からなかった。
そして、家庭の事情で致し方無く、16歳で働く事になり、厳しい訓練をなんとかこなして、異世界までやってきた。
能力測定と面談が終わり、ギフテッドを授かったと言われたが実感はない。腹一杯ご飯を食べてから自分達の部隊のドーリーに戻り、明日から仕事だと風呂上がりに牛乳を飲み干して、歯を磨いてからベッドに入った。
そして気がついたら空を飛んでいた。
同僚の伊知地セイラにお姫様抱っこをされて、宙に浮かび、風の音が吹き抜けるスピードで夜空を駆けていた。
それでもサキに動揺はなく落ち着いていた。
訓練所に来て最初の休日前夜。
異世界で警備員として働くと母に告げた時は大変だった。
母はギャン泣きをして、ベッドから立ち上がろうとし、看護師2人がかりで戻された。
デバイス越しに1時間近くお説教されて、またギャン泣きしながら、お母さんのせいだと謝罪されたが、そんな事はないとサキは思う。
今まで、母がサキと妹たちにしてくれた事を、今度はサキが母と妹たちにやるだけだ。
口下手な自分がうらめしい。上手く説明出来なくて俯きそうになる。
「サキ〜お風呂の時間無くなるよ〜」
隣の部屋のセイラが声をかけてきた。
「あ〜ごめんね〜お話中だったんだ〜」
それからはあっという間だった。部屋に入ってきたセイラが挨拶をして10分後には、先程までのギャン泣きだった母は満面の笑みになっていた。
のんびりとした口調の、見るからに育ちの良さそうな金髪の美少女が同僚だという事に安心し、丁寧に仕事内容を説明されて納得したようだ。
「サキの事はわたしが守ります(キリッ)」
キリッじゃないだろ。誤魔化すの上手いなこいつと呆れる。
嘘は言ってないが、事実でもない内容をそれらしく話しているだけだ。
「どうか、娘の事を末永くお願い致します」
深々と頭を下げる母に、それは違うだろと言いたくなるが、サキが異世界に行って働く事に納得したようなので黙っておく。
次に連絡をした、人見知りの激しい双子の妹たちはもっと酷かった。
最初はセイラを睨みつけていたのに、わずか数分で打ち解けて、最終的にはお姉さま呼ばわりをしていた。
3ヶ月後の休暇には、4人で母の見舞いに行った後に、遊びに行く約束までしていた。
「ご家族の理解は大事だよね〜」
セイラのドヤ顔にイラッとしたが、家族とまた笑って話せた事には感謝していた。恥ずかしいから目を逸らして感謝を呟くと、視界の端で日向ぼっこしている猫みたいに、目を細めて笑っていた。
よく考えたら、最初に会った時の自分も、セイラにあっという間に全てを話していたなと思い出す。
職安に行く時に、流石に気持ちがキツくて俯きながら歩いていたら、誰かにぶつかった。
顔を上げたら、サキの今までの人生で見た事のないレベルの金髪の美少女がいた。
しっかりと目を見て謝罪しながらも、見惚れていた記憶がある。
その金髪美少女は、手を繋いで職安まで一緒に来てくれて、その間にサキは事情の全てを話してしまっていた。
「大丈夫〜これからいい事ばかりだから〜」
そんな根拠もない軽い口調の励ましに、サキは確かに救われた。
まさか、訓練所に行く電車の中で再開して、同じ部隊に配属されるとは、想像もしていなかったけれども。
訓練は厳しかったし、教官の敷島には怒鳴られまくったが、理不尽な事は一切させられなかった。
当初、不安定で2人の男どもに苛立ちをぶつけるように暴言を吐いて、自分の口から出た言葉に傷ついて泣きそうになっていた絵崎エリナは、訓練9日目に驚くぐらい安定した。
話してみれば、異世界の豊富な知識を、惜しみなく教えてくれる親しみやすい奴だった。
ヘラヘラして、自分勝手に捲し立てるように喋るくせに、誰ともまともに話そうとしなかった柏原ユウキも変わった。
ヘラヘラしているのは変わらなかったが、ちゃんと会話が成り立つようになった。
宇部ジュリアは最初からずっと明るく話しかけてきてくれ、部隊のマスコットのように思っていたものだが、時々、巨大な肉食動物のような雰囲気を感じていた。
宇部の名前を持つ者は、とんでもない強さを持つとエリナに教えられても、なかなか信じられなかったくらい、細くて明るくて可愛かった。
そして大山サトシ。
よく見ていたら、最初は太ってゲロを吐きまくっていたおじさんが、ユウキやエリナを変えたのだと分かった。
1人だけ30歳を超えているのに、名前を呼び捨てにされても、何とも思っていないようだった。
良いと思った事や感謝を素直に伝えてくる姿勢に加えて、歳下を見下す事なく、子供扱いする事もなく、ただ1人の人間として向き合っていた。
そして必死に努力を続けていて、1週間が過ぎた頃には、バキバキに鍛えられた体になっており、流石にそれはあり得ないだろと驚いたものだ。
そんなサトシのひたむきな姿に、ユウキとエリナは影響されたのだろう。
何故かジュリアが、サトシには過剰なほどにスキンシップを取り出したのは謎のままだが。
半月の訓練期間が終わる頃には、この仲間たちとなら生きて5年間を過ごせるのではないか。そう思えるようになっていた。
そして、とうとう異世界にやってきた訳だが、しょっぱなからおかしな事だらけだった。
民間志願警備員に、座学で習った要塞の司令官と副司令官が出迎えに来ていた。
そんな事があり得るはずもないのに。
周囲を観察すると、他の連中と明らかに扱いが違っている。
能力検査や面談とやらも、他の部隊は流れ作業のように数分で済んでいたのに、自分たちには異様に手間と時間をかけていた。
同じく違和感を感じていたエリナと話し合い、他の4人に警告する。絶対に油断するなと。
特にあの副司令官がおかしい。サトシに向ける目に異常な執着があった。
エリナと口酸っぱく忠告をするが、素直に了承するだけで、2人が感じている違和感は伝わっていないようだった。
面談とやらで、サトシだけが30分近く部屋から出てこなかった時は少しだけ焦りを感じた。二度と会えなくなるような焦燥感。
少しぼんやりした顔で、部屋から出てきた後、副司令のリリアによる面談だったと聞き、エリナと激ツメをしたが、契約や約束はしていないと必死に主張したので、一応は納めた。
「サトシさんは年齢からいって、自衛軍に取り込まれる可能性があります。そうならないように我々でしっかり監視しましょう。この部隊の中核はサトシさんですから」
エリナの言葉に頷く。
本人に自覚はないようだが、この部隊はサトシがいるから成り立っている。
それは、エリナとサキとの共通認識だった。失うわけにはいかないし、引き抜かれるわけにもいかない。
それはそれとして、ジュリアは何をしたいんだろうか。
サトシの体を執拗にクンクンと嗅いだ後から、餌を取られた猫のように不機嫌になっている。
待たせたお詫びだとサトシの言葉に、駐屯地内に出店されている豚カツ屋に入って、皆んなで腹一杯に食べるとジュリアもご機嫌になり、ドーリーにまで戻ってきた。
ドーリーには、なかなかの広さの共有の風呂があり、狭いながらも個室がある。
サキは風呂上がりの習慣になっている牛乳を飲み干し、スキンケアをしてから歯を磨きベッドに入った。
しばらくすると、セイラが一緒に寝ようと抱きついてきた。
いつものことだと、勝手にしろと返せば、背後から抱きつかれた。
柔らかい薔薇のような香りと、しなやかな体の感触を感じながら意識が遠くなった。
そして、目が覚めたらセイラにお姫様抱っこをされながら空を飛んでいた。
セイラの顔は焦燥に強張っていた。綺麗な顔なのにそんな表情はもったいないなと思う。
「サキ、落ち着いてね。大丈夫だから絶対に大丈夫だからね、、、大丈夫、サキは私が守るからサキを傷つける奴らは許さない1人残らず石屑にしてやるから絶対に許さない」
いつものセイラではなかった。
周囲をよく観察すれば球形の何か透明の膜のようなものに包まれて、凄まじい速さで運ばれているようだった。
上を見れば、夜空に浮かぶ赤と青の2つの月が綺麗だった。
「ご安心ください。お二人を傷つける意図はありません。少しお話をしたいという方の元へお連れするだけです。明日の朝には、駐屯地にお返しする事を約束いたします」
日本語ではないのに、日本語のように聞こえる不思議な言葉。透明の球体を囲むように5人のエルフが飛んでいた。
こいつらに運ばれているのかと理解する。
それにしても、誘拐犯のくせに図々しい奴らだなと思う。
エルフの言葉には返さずにセイラを見つめる。相変わらずぶつぶつと呟いている。
薔薇のような香りが強くなり、むせ返りそうになる。髪の色が濃くなっていた。淡い金髪だったのにまるで黄金のように光り輝いていた。
そして瞳。サキの大好きなセイラの透き通るような優しい水色の瞳が、昏く深い蒼になっていた。
なんかやだなと思う。セイラの名前を呼ぶが、聞こえていないのかずっと呟き続けている。
守るから許さない守るから許さない守るから許さなない許さない許さない許さない許さない絶対に許さない
こんなのは駄目だと思う。セイラはいつもののんびりと笑うセイラがいい。
だから、彼女の頬を両手で挟み、強引に目を合わせる。
「セイラ、月が綺麗だぞ」
ようやく呟くのをやめて、サキを見てくれた。
暫くして、セイラの真っ白な首筋から耳の先まで顔が真っ赤になる。
「だから、いつもの綺麗なセイラに戻ってくれ」
そう言った瞬間、むせ返りそうだった薔薇のような濃い香りが淡く優しくなった。
黄金のように濃くなっていた金髪は、日本の満月のような淡い金色に戻っていた。
昏く深い蒼に染まっていた瞳は、サキの大好きないつもの優しい透き通るような水色になっていた。
「いきなりすぎるんだけど〜サキってそういうとこあるよね〜」
目を逸らして、真っ赤な顔のセイラが膨れる。
「いきなりはセイラの方だろ。なんだあの顔は。あんな顔するなよ。せっかく綺麗なんだから。」
「もう、、、もう!いいから!恥ずかしいから!」
本当に綺麗で可愛いなと思う。
「慌てなくてもあいつらがくるよ。それまで夜空と星と月を楽しもう。こんな綺麗なの見たことない」
そう言った側から、エルフ達が騒ぎ始めた。
ドーリー?追ってきているのか?馬鹿な、追いつけるはずない!足止めをするか?いや、速度を上げよう振り切る
その声にもう遅いよと息を吐く。
短い夜空の旅は終わりだなと呟く。
何かを踏み締めるような腹に響く音がした。
ほら、きた。うちの小さくて可愛くて誰よりも強い子が。
月を背に空に跳んできたその姿に笑みが溢れた。
「お待たせ!遅くなってごめんね!」
いつもと変わらぬ底抜けに明るいジュリアの笑顔を見て、サキはセイラと笑い合った。
先陣を逝く戦神の愛し子からは逃げられない




