愚か者、異能に戸惑う
愚か者はチーレムを望まない。
大きく太い男だった。身長2メートル近くはある巨漢で、自衛軍の制服が張り詰めるほど太い筋肉を全身にまとっている。
そんな体とは逆に、表情は明るく人を惹きつける魅力に溢れていた。
「俺は竜胆ゲンジというおっさんだ。この要塞の雑用係みたいな事をやっている。よろしく頼むぜルーキー達」
ゲンジと名乗る男が、サトシ達を1人ずつじっくりと見て、快活な笑みを浮かべ、最後にジュリアに視線を合わせた瞬間だった。
周囲の様子が、まるでスローモーションのように見えて自然と体が動いた。
そして、視界が元に戻ったと思ったら、ジュリアの前に立っていた。
「あれ、、、?」
サトシは自分が何故そんな事をしたのか理解出来ず、目を見開くゲンジに申し訳ない気持ちになる。
「すみません、突然、変な事をしてしまって」
頭を下げて謝罪をすると、太い声で明るく笑ってくれた。
「いやいや、こいつはたまげた。今のは俺が悪かっただけだ。その心意気、天晴れだ!立花に送られてきただけの事はある。これからよろしく頼むぜ!大山サトシ!」
そう言って、大笑しながらゲンジは満足そうに立ち去っていく。
その背中に、驚かせて申し訳ないなぁと、もう一度頭を深く下げておく。
服を引かれる感触に振り向くと、なんだか顔が赤いようなジュリアが拗ねたような顔をしていた。
「ボクを、、、庇ったの?」
庇ったの意味がわからなくて、少し戸惑う。
「ごめんね、ジュリアさん。自分でも何だかよく分からないけど、体が動いてしまって、、、急に近づいて驚いたよね」
色が異なる大きな瞳でしばらく見つめられて、綺麗だなぁと見惚れる。
「うー、、、いいよ、、、許したげる!」
プイッと視線を逸らした後、いつものニパッとした笑顔を見せてくれ安心した。
「皆さま、驚かせて申し訳ありません。これより案内を担当させて頂く担当のリリアと申します。宜しくお願いします」
日本語で話していないのに、日本語で聞こえる不思議な言葉。
細くしなやかな体に、真っ赤なローブのようなものをまとった女性だった。
儚げな美しさの顔と細く長い耳。
ただ、切長の目のその視線だけは鋭かった。
サトシが初めて生で見たエルフ族のリリアは、広大な石室から6人を連れ出した。
石室から出れば、そこは日本にある施設と似たような造りで、ソファが4つ置かれた部屋にて少し待機するようにと言われる。
「これから、皆さまの能力測定をしますが、本日は120名の方が来られています。少し時間がかかりますので、少々お待ちください。順番がきたら、アナウンスが入ります。お名前を呼ばれた順番に、あちらの扉から奥に進んでください」
リリアは右手を胸に添えて目を閉じ、顎を軽く引き、足を引く礼をして部屋から出て行った。
「すっげ!エルフだよエルフ!生エルフ!俺、モデルのアーシアちゃん以外で初めて見たよ!」
はしゃぐユウキを、ソファに腰を下ろしながらサキがたしなめる。
「浮かれんな、、、どうしてあんなのが来たんだ、、、明らかにおかしい。みんな油断すんな」
サキの隣に寄り添うようにセイラが座る。
「足音しなかったよね〜あのゲンジって人と〜リリアってエルフの人の〜ふたりだけ〜」
だけって、2人しか居なかったよなと、サトシは不思議に思う。
「2人ともかなり強いよね!周りにいた6人はそんなでもなかったけど!ゲンジの後ろにいた人と、リリアの隣にいた人はそこそこだったかな!」
ジュリアによれば、見えない完全武装した護衛が6人と、ゲンジとリリアの側に1人ずついたらしい。
「サキさんのおっしゃるとおりでしてよ。油断してはなりません。私たちのような民間志願者を、あんな大物が出迎える事が異常です。おそらく、ギフテッド持ちのジュリアさんとセイラさんの確認でしょうけれど、、、この要塞の司令官と副司令官が会いにくるなんて、本来ならあり得ません」
エルフに会えて、本当ならユウキよりはしゃぎだしそうなエリナの表情は厳しい。
あの2人そんなに偉い人だったのかと今更驚くサトシ。そういえば、訓練期間の最初の方の座学で名前を聞いたことがあるような気もする。
ランニングでゲボを吐き過ぎて、意識が朦朧としながら聞いていた時期だ。
「こちらでは6人行動を徹底しましょう。何かがおかしいです」
10分ほどが過ぎ、まずはユウキが呼ばれて、だいたい5分おきにエリナ、サキ、セイラ、ジュリアが呼ばれて奥の扉に向かう。
ジュリアが呼ばれて15分が過ぎ、少し遅いなと思っていたらサトシの番がきた。
無人の6畳くらいの部屋に背もたれのない椅子があり、そこに座るようにとアナウンスが流れた。
スキャンを開始しますと、またアナウンスが流れて大人しく座っていた。
暫くするとリリアが入ってきて、機材の調子が良くないので、もう少しお待ちくださいと言われる。
ジュリアの測定に時間が掛かったのも、機材の調子が悪かったのかと、理由が知れてサトシは安心した。
それから、3度のスキャンが行われ、お疲れ様でしたとリリアの声でアナウンスが入り、やっと終わったとホッとする。
測定室から出ると、広いロビーのような場所で仲間たちが待っていた。
時間がかかったので、心配してしていたみたいだけど、機材の調子が良くなかったみたいだと伝えておいた。
それを聞いて、サキとエリナは厳しい顔付きになって、何かを小声で話していた。
周囲にいた他の民間警備員たちが興奮したように大声で騒いでいる中、サトシたちにリリアが近づいてきた。
「お疲れ様でした、この後は、個別に少しの時間だけ面談があります。測定した能力の説明となりますので、もうしばらくお付き合いください。面談の後は半休となります。午後は基地内にてご自由にお過ごしください。宿泊は皆さまのドーリーとなりますのでご了承ください」
面談は順番ではなく、同時にそれぞれが別の部屋に呼ばれた。
サトシが呼ばれた部屋に入ると、リリアが椅子に座って待っていた。
先程まで着ていた足首まであるローブのようなものではなく、体のラインがはっきりわかるタイトなワンピース姿に戸惑う。
斜めに揃えられた、しなやかで華奢な素足は太ももの半ばまで露出しており、真っ白な肌に目を奪われる。
座るように促されて、座ると距離が近い。薄いデバイスをサトシに見せて、説明が始まった。
「大山サトシさん、貴方には極めて高い身体能力の増大と、ギフテッドを3つ確認しました。おめでとうございます。貴方は英雄にまで昇り詰める資格を得ました」
先程まで鋭かった、リリアの視線は柔らかく溶けて、切長の目は潤んで見える。
心地よい声と何だかいい香りに頭がクラクラしてくる。
「ひとつめのギフテッドは『愚直なる肉体』と呼ばれる極めて希少なものです。最初はゆっくりとですが、鍛練を重ねれば重ねるほど、加速度的に肉体が成長するものとなります。我々の長い歴史でも口伝でしか確認出来ないものです」
距離が近い。真っ白な細い首や肩の丸み。華奢な体なのに、量感のある胸に目が吸い寄せられて、思考が鈍くなる。
「ふたつめは『貫く意志』というものです。こちらも希少な成長型となります。極めれば、あらゆる耐性を貫く補正が付与され、あらゆるエネミーを殲滅する力を得る事になります。サトシさんのようなとても逞しい、英雄にふさわしいギフテッドだと思います」
目の前の美しいエルフから目が離せない。くたりと垂れた長い耳や、赤らんで媚びを含んだ表情に息が荒くなる。
「最後は『豊穣なる開拓』というものです。あらゆる種族と交配が可能になり、赤ちゃんを作れる能力です。英雄になってハーレムを築く、、、男性の夢ですね」
そんなものがあるなら目の前のこの女を
「油断すんなよ。口約束ですら口にすんな」
「意志を強く持ちなさいな」
ふと、先程サキとエリナに言われた言葉を思い出す。
「この後、色々とご案内できますよ。女余りの種族は沢山いますから。もちろん私でも構いません」
しなやかな指が太ももを撫でていた。至近距離に唇があった。
何故か悲しそうなジュリアの顔が浮かんだ。
急速に意識がはっきりして、慌てて立ち上がり、リリアから跳ぶように距離を取る。
「おや、残念です。まさか解かれてしまうとは。惜しかったです」
そこにはローブを着込んだ鋭い視線のエルフが座っていた。
全身から汗が吹き出し、今更ながら警戒感が高まる。
「蠱惑という精神操作系の幻覚魔法です。私の一族に伝わるかなり強力なものなんです」
なんでもない事のように、平然と説明をする姿に声も出ない。
「ギフテッドの説明自体は事実です。貴方が望むなら英雄になり、沢山の美女を侍らせ、好き放題に出来る。その資質があります」
ようやく口が動いた。
「な、何がしたいんですか?リリアさんは副司令官でしょう。こんな悪戯を」
「悪戯ではないのです。我々はエネミー共の侵攻で人口を急速に失いました。この30年で28億もの力無き人々が儚くなりました。力ある雄は種を蒔き、力ある雌は産み育む。これは、戦闘と同じくらい重要な我々の至上命題なのです」
その鬼気迫る表情に気圧される。
「今ので堕ちてくれれば楽だったのですが、仕方ありません。時を待ちましょう」
目を離したつもりはなかった。
油断をしていないつもりだった。
しかし、気が付いたら目の前にリリアがいて、胸元を掴まれて頭を下げさせられた。
凄まじい力に体が強張る。身動きひとつ取れなくなる力だった。
「童貞野郎、くたばるんじゃねえぞ。強くなったら腰が抜けるほど抱いてやるし、ガキも産んでやるからな。生き残れ」
その視線の強さと美しさに見惚れていたら、解放され、また距離が離れていた。
「では、大山サトシさん、ご武運をお祈りします」
優雅に一礼をして、リリアの姿が消えた。
何とか立ち上がり、部屋を出ると仲間が待っていた。30分近く出てこなかったサトシを心配して声をかけてくる。
「大丈夫、大丈夫だよ。リリアさんがしっかりしろって色々と忠告してくれただけだから」
サキとエリナは疑っているようだが、何の契約も結ばされていないし、口約束すらしていないと説明すると、何とか納得してくれた。
サトシの体の匂いをスンスンと嗅いでいたジュリアが珍しく不機嫌になり、それを必死に宥めながら移動して、基地内に出店された店で食事を取った。
ジュリアのご機嫌が治る頃には、サトシのカードキーにチャージされた残高は尽きていた。
それでも、笑顔のジュリアの為なら惜しくはないなと思った。
ドーリーに戻り、シャワーを浴びて、ようやく異世界での初日が終わった。
ベッドに入り、明日から仕事頑張らないとと呟やく。
精神的疲労があったのか、すぐに意識がなくなった。
リリアは大侵攻時の特殊作戦群の生き残りです。
辿り着けた6人の内のひとりです。




