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追い詰められて、ようやく動く愚か者

異世界にて足掻くどうしようもなく怠惰だったおじさんの物語です。

「貴方の条件に合う仕事は、ほぼ、ありませんね」


 立花というネームプレートを付けた、姿勢良く座る職業安定所の若い女性職員の呆れたような声を、だらしない猫背で聞いていた事をサトシは思い出す。

 小さな喫茶店を経営し、一人息子を女手ひとつで育ててくれた母が入院したのは先月の事だ。

 2ヶ月前に転んだ傷が血行不良となり、酷く膿んでしまい、病院に行った時は虐待を疑われるくらいひどい状態だった。

 何度も何度も病院に行くように勧めたが、簡単な手伝い以外、何にもしない怠惰な息子を養う為、店を閉めて病院に行く決意が出来なかったのだろうと入院をしてやっと気づいた。


 サトシ自身、働けなくなった明確な原因は分からない。無名私立大学を出て、警察官採用試験を受け落第したが、翌年、何とか合格できた。

 しかし、訓練期間である警察学校にて急性気管支炎を患った。きちんと療養すれば治療出来たはずが、警察学校の訓練が厳しかった事もあり、たった6ヶ月の訓練期間すら耐えられずに自主退職してしまった。

 

 あそこで逃げてしまったのが逃げ癖の始まりだったのだろうと思う。

 何をやっても続かない。アルバイトは3年も耐えられない。母の店のお客さんから紹介してもらった介護職もあまりの給料の安さに3年と保たなかった。

 嘘をつくのばかり上手になり、詭弁を弄して母を騙して15年もの月日をダラダラと怠惰に過ごしてきた。

 そして夏の暑さが収まり切らない10月の末に、収入の大半である母が入院。

 母の足の傷はかなり酷く、1ヶ月以上の入院が必要となり、さらには血尿まで出ていた。


 たった1人で自分を育ててくれた母親が、そんな状態になるまで気づかなかった事を、サトシは絶望するくらい後悔した。そして、生活がままならぬようになって始めて、本気で働こうと職安に足を運んだ。

 しかし、後悔したからと言って40歳手前でまともな職歴もなく、資格は普通運転免許しかない中年にまともな仕事などあるわけもない。


 家には1匹の猫がいる。母の経営する店の前にガリガリに痩せて座っていた野良猫。

 母をその野良猫を見捨てる事が出来なかった。

 働かない愚かな息子とダブって見えたのかもしれない。

 その子を桃と名づけて、それはそれは可愛がっていた。

 母の生活の中で桃を愛でるのが、唯一、気持ちが安らぐ時だったのかもしれない。

 そんな桃を家に長時間放置出来ない事も、仕事を制限してしまう理由だった。


 絶望感に頭が真っ白になり、この先の不安で内臓が重くなるような感覚に襲われ、大量の汗がでる。

 もう無理なのかとパニックを起こす思考にするりと職安の職員の声が滑り込んできた。


「たったひとつだけ、あるんですけど、、、お母様の治療代と生活、猫ちゃんのきちんとしたお世話、それとお金をしっかり稼げる、公的なお仕事がひとつだけ、、、」


「やります!何でもやります!」


 必死になり汗まみれで叫ぶサトシを気の毒そうに見る立花さん。

 

「公的なお仕事ですよ、、、ただ、私はお勧めは出来ません、、、」


 悪い予感がした。悪い予感がしたが、母と桃と自分の為、サトシに選択肢などなかった。


「お願いします!どうか紹介してください!」


ため息をついた立花さんが、言いにくそうに放ったその職業は


「異世界の現地協力勢力の要塞にて、警備業務等への従事です」


 2077年。大山サトシは、異世界にて働く事になった。

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