仕送りの使い道
甘ったるいカフェオレを啜りながら、こんなものかと心の中で思った。もとより期待などしてはいなかったが、それにしたって良さが分からない。カフェオレとはこんなものなのか? これでは牛乳でも、コーヒーでもない。互いに互いの良い部分を相殺してしまっている。
「よう、お待たせ」
声の方を見ると、そこには青年にも見える中年が居た。自分よりも年下の彼は、何の気兼ねもなく机を挟んだ椅子に座った。軽蔑も怒りも其処にはないが、俺にはそれを受け入れる勇気がなかった。……馬鹿げた話だ。永遠に地獄の業火に焼かれる覚悟はあるくせに、その業火から赦されようとは一切思えない。
「珍しいな、アンタが俺を呼び出すなんて」
「……来なくても良かったんだがな」
「いや別に? 新鮮だし、何よりアンタのお達しだからな」
まるで、俺を恩人のように言いやがる。やめてくれ、俺はお前の母親を殺したも同然の男だぞ。
「……アンタの話を聞く前に、俺から一つお願いがあるんだ」
金が足りないのか? いいだろう、俺はそのために働いてるんだ。お前にはその権利があるし、俺にはそれをされる義務がある。
「仕送りは、もうしなくていいよ」
「……何を言ってるんだ」
「いらないんだよ、ほんと。俺だって働いてるし、生活が出来てないわけじゃないんだから」
目の前にいるそいつの顔は、昔とは違うものになっていた。人殺し、絶対に許さねぇ、そう言っていた頃とはまるで違う……その目は俺を哀れみ、その先に見ているのは果てしなく遠い何かだった。
「寧ろ、アンタ大丈夫なのか? アンタから金を受け取るたびにアンタは痩せて、痩せて……目も死んでて、何も見ていない。見れていない」
違う、違うんだよ。俺は自分から見るのをやめたんだ。誰かが見ていた遠いそれを潰してしまったから、俺は何も見ちゃいけないんだ。お前の描いていた夢を潰してしまった、元のものとは程遠いような落ちぶれたものにしてしまった。
「……いいかよく聞け、過去は変えられないんだよ。俺がお前の母親を救えなかったから、お前の人生はめちゃくちゃになった。だから……」
「恨んでねぇよ」
その一言で、すべての思考は吹き飛んだ。
口を開けたまま、俺は目の前の立派なガキを見つめた。
「母さんが死んだのは、ヤクザのせい。ヤクザに恨まれるような仕事をしていたのは、母さんのせい。……そんな母さんに何も出来なかったのは、俺なんだ。あんたじゃない」
「……俺は医者だったんだ。止血して、適切な処理をすればどうにかなってたはずなんだ……パニクった俺がそれをしなかったから、こうなった」
「……俺は、アンタに謝らなきゃいけない。あの時、母さんが死んだ時、アンタを罵った。何も出来なかったのが自分だってことに目を背けたいからって、アンタの人生を呪った。死んじまえばいいって思ってた」
でもさ。その人は、俺にこう言った。
「親父だって、辛かったよな」
もう、何年ぶりだろう。当たり前に「親父」と呼ばれるのは。
「……逃げて、すまなかった」
「俺も逃げた。走って逃げたか、目を背けて逃げたか……それだけの話だよ」
息子がそう言うと、タイミングよく店員の甲高い声が三桁の番号を唱えた。どうやら注文していた品が完成したらしい……息子は席から立って、そのまま背中を向けた。
「その金はさ、取っといてくれよ。今度、娘と嫁を連れて行くからさ……」
振り返った息子の顔を、久しぶりに見た気がした。その顔は、遠い遠い何かを見つめていた……それは他人事ではなく、自分ごとのようにも思える。俺は今、その遠い場所にある何かを見つめていたのである。
去っていく息子の背中を見送ったあと、俺はもう一度カフェオレを飲んでみた。甘ったるくて、良いところなんて何一つわからない……それでも、どうしようもなく美味かった。
二度目の短編です
正直炭酸水をキメて書いたのでクオリティは前より下がってるかもです