惑星ロマーヌの『休日』後編
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調査を開始してから地球標準時間で早三ヶ月。
この星の環境、病原菌を含む各種の有害生物、及び数千人規模の人間が入植した場合の生態系への影響等、各分野において俺の調査は最終段階に入っていた。
その日は朝からやけに静かだった。
採掘場に出てみると、いつもは忙しく立ち働いている筈のエントマー達が今日は全くいない。
「どうなっているんだ」
俺はゲオルグのオフィスに向かった。
オフィスの中でゲオルグは例の金切り声で、エントマー達に指示を与えていた。
「ゲオルグ、何かあったのか」
「いいや大したことじゃない。エントマー達は一年、つまり80日に2回ある衛星直列前後の一週間に、一斉に休暇をとるんだ」
「休暇だって? 報告書には載ってなかったぞ」
「報告書に載せる必要は無いと思っていたんだ。どうもこいつらに宗教観を植え付けた時にクリスマス休暇か何か、そういう概念が浸透してしまったらしくってな。こちららとしても、まる一週間採掘場が止まってしまうのは非常に痛いので、早急に手を打つつもりが、今までずるずると続いてしまったんだが……」
「少し待てよ。そういう後天的な習慣付けならいいが、ひょっとして種としての必然的な生理なのかも知れないし、何かこの星の環境にまずいことがあって逃避行動をとっているのかも知れない。こういう事はきちんと調査して……」
「いや、もう調査は済んでいる。そうそう甘やかしてばかりもおれんし、今回を最後にしてやる。なあに、これぐらいのタブー、私の力ですぐにでも払拭してみせる」
ゲオルグは渋い顔をしたまま、出ていってしまった。
ゲオルグに置いてきぼりを食った俺は、採掘場のエントマー達の居住区に下りていった。彼等は居住区の自分の巣穴に潜り込んでじっとしている。
見た所、生理的に休眠に入っているというよりも、しっかり覚醒しているが、何らかのタブーにおびえてじっとしている様にも見える。
驚いたことにはその日の朝、最後の脱皮をして成体になった個体までもが巣穴の中でじっとしているのだ。このまま一週間もここにいれば、この成体は寿命がつきて、この巣穴で無意味に死ぬことになる。一体何でこんなこんなことになるんだ。
その時、俺の中に一つのひらめきが走った。
「ひょっとして……あり得るぞ」
俺はすぐに採掘場を出ると、ホバーカーをすっ飛ばして宇宙港を目指した。
すぐにボギーに調べて欲しいことがあるのだ。
船を止めているドックの入り口の扉の前で、俺はランバード大尉とぶつかった。
「わっ……と。あ、大尉、お久しぶり」
実際、あれ以来ほとんど口もきいていない。なのに、彼女はじろり、と俺を睨んだだけだった。くそ、何を怒ってんのか知らんが根に持つ女は嫌われるぞ。
「……あ、お呼びでない……それではさよなら……あん?」
彼女の後ろに、妙な奴がいた。リュックサックの様なものを背負って、彼女の足元から、じっとこちらを見上げている。
「何……それ」
「見ての通りよ。名前はキティ」
いや、確かに見ての通りエントマーの幼体かも知れませんけど――頭に付けてるピンクのもの、それって、リボン? 不気味なんですけど。
「へぇ……手なづけたんだ」
「そ。結構賢いのよ、役に立つし。エントマーなんて無粋な名前で呼ばないでね」
けっ。何がキティ(子猫ちゃん)だ、そんな柄かっての。
「背中のリュックに、こちらの言葉を翻訳する装置が入っているの。あの言葉、私たちには発音しにくいから。あなたにもらったデータ、役にたったわ。今なら簡単な言葉なら理解出来るわよ」
成る程。ピクニックセットでは無いわけね。
「じゃ、お手とか出来る? ほれ、ほれ、お代わり! お回り!」
キティちゃんは人見知りしないタイプらしく、軽やかに技を披露した。確かに賢い。
「ちょっと、やめてよ。犬じゃないのよ!」
へん。じゃあなんでこんなに上手に出来るんですかね。誰かが教えなきゃ出来るもんじゃないと思うんですけど。
俺はそれでもちょっと面白くなって、しばらくキティちゃんと、茶々つぼ茶つぼなどをして遊んでしまい――突然、思い出して立ち上がった。
「あ、そうだ、ボギー!」
「大尉、ボギーを使ってもう一度小型無人探査機を打ち上げてくれ、ちょっと調べたいことがあるんだ」
小型無人探査機から刻々と送られて来る情報を最後まで見る前に、俺はゲオルグのオフィスに通信を入れた。通信機の向こうのゲオルグは何か苛立っている様だっが、そんなことには構ってられなかった。
「ゲオルグ、良く聞いてくれ。さっきの話だが、俺が帰ってくるまでエントマー達の休暇をそっとしておいてやってくれ」
通信を切ると、俺は大尉と共にすぐにホバーカーに飛び乗った。目指すはエントマー達の繁殖地である。
夜になった。
日没の少し前に繁殖地に着いた俺は、ホバーカーの中で少し寝てから、日没後にホバーカーを出て、小さな溝の中に陣取り、夜のふけるのを待った。
夜ふけ過ぎまで待っても一匹も成体はやってこない。
「今夜はやけに静かね」
このあいだの事がよっぽどショックだったのか、車の中でじっとしていた大尉だが、周囲があまりにも静かなのでやってきたようだ。
「静かなはずさ。今日は朝から半径200km以内のコロニーには、全く動きがない」
「なんですって。宇宙港で聞いた話では採掘所で広められた宗教の副作用だと……」
「それはゲオルグの勘違いだ。『休日』は人間が植え付けた観念なんかでは無い。俺の推測が正しければ、彼等が遠い昔から持っていた習慣の筈だ。しっ……何か聞こえる……」
カサカサカサ。
小さな羽ずれの音と共に――成体が出てきた。この星の二つの衛星、インガとヤンガが重なり合うように満月の為、完全な闇ではないが、それでも薄暗いロマーヌの夜の地表の上で、そいつはぼっうと白く浮かび上がっていた。俺が初めてみる白っぽい個体。思った通りだ。
成体は、縮こまっていた羽根をゆっくりと伸ばすと、微かな鈴を振るような音で、チチチチ……と鳴いた。それに呼応するように、岩影から、もう一匹の成体が顔を出す。二匹はしばらく無き交わした後、闇の中にするすると消えていった。
「あれは何? 始めてみるタイプね」
「ボギーと連絡がとれるか?」
「ホバーカーの中に、コンピューターの末端を積んであるわ」
俺はホバーカーに戻り、トランクを開けた。
「キュウ~イ」
トランクの中には、コンピューターの末端と共にキティちゃんが詰め込まれていた。
トランクの中が不安なのか、俺にすり寄ってくる。ちょっと待ってくれ、今はそれどころじゃないんだ。
「どうしたの一体」
のぞき込んでくる大尉に、俺はコンピューターのディスプレイを示した。
「これを見てくれ。ここから東北に60km行ったところに小規模なエントマーのコロニーがある。それが今現在半径200kmの中で、唯一アクティブなコロニーだ」
「どうしてそのコロニーだけ『休日』の影響を受けないの」
俺は運転席に転がり込みながら彼女に答えた。
「行ってみれば分かるさ」
そのコロニーは、他のものに比べ、格段に小さかった。
中でせわしなくうごめいている幼体も、心なしか小さく色も白い。
だが決定的に違うのは、その形態のバリエーションだった。
どの個体も、小さな鎌を一対持っているだけのノーマルタイプで、羽根も身体のどの箇所にも、他の個体と識別出来るような特徴が無かった。
つまり、どいつもこいつも双子のようにそっくりで、個性の無いのこそが特徴だった。
このコロニーこそが、エントマーの本当の原種なのだ。
急激に各地での状況に適応して変化を繰り返す他のコロニーとは一切交わらず、純血を保ち続けている――。
そうなのだ。『休日』は、この原種にのみ許された、生殖活動の日なのだ。
こうやって時間的な隔離で、他の枝葉末節に変化して遺伝子をすり切らせた同胞から、守られているのだ。
この日生まれた新しい幼体は殆ど、元のコロニーに帰ってくるのだろうが、その中の数匹が、別のコロニーに住み着けば――。
「遺伝子の保険」という言葉が、俺の脳裏に浮かんだ。
そうか。そうでもしないと、これだけ進化スピードの早い種は、どうなってしまう?
わずか数十世代で、別の形態を獲得してしまう彼等。
そのままにまかせれば、あっと言う間に種としては別のものに進化してしまうだろう。
『特化』と『適応解散』。
それは種の進化としては当然なことだが、極端に進んだ特化は、種としての柔軟性を失わせる。そうなれば、やがては種として滅んでしまうかもしれない。
オリジナルパターンの保存は彼等の種の存続のための保険なのだ。また、生物の種類が極端に少なく生態系が貧弱なこの惑星ロマーヌにとっては、生態系全ての為にとっても保険なのだ。
俺は、壮大な生命の神秘のメカニズムに触れた様な気がして、溜息を付いた。
「もっと近くに寄ってみる」
俺は身を潜めていた隠れ場所を飛び出し、注意深くコロニー内に近づいていった。
少し彼等に注意力を注ぎすぎていたらしい俺は、急斜面で脚を踏み外し――。
「わーっ!」
俺はコロニーのど真ん中に滑り落ちてしまった。
「痛いてててて――」
「キュウ~イ」
「キュウーイ、キューイ」
「キュキュキュウーイ、キューイ!」
わらわらと原種達が集まってくる。
こないだの野生種のコロニーでの無関心なエントマーと違って、彼等は明らかに俺に感心を示している。
「キュウーイ、キューイ」
原種達は俺を中心に取り囲んだ。
一瞬襲われる、という恐怖が俺の背筋に走った。しかし、原種達は襲うどころか、俺の前にひれ伏したのだ。
そして一定の節をつけて歌う様な声で鳴き出した。俺は愕然とした。
「こいつら、俺を拝んでやがる……」
それから3日間は驚きの連続であった。
結論から言うと、ゲオルグは間違っていたんだ。
オリジナルのエントマーは、異形の者を神としてあがめる宗教に近い観念を既に持っていたのだ。
また、彼等は彼等独自の言語を持っていた。
原種達の話す言語の大部分は、キティちゃんの背中の翻訳装置と同調した。
ゲオルグは彼等に忘れていた言葉を思い出させただけであったのだ。彼等エントマーは、我々が干渉してはならない独自の文化を持つ、クラスFの生物であった。
「さてと。早いところゲオルグに報告しますか」
俺がやおら立ち上がった、その時である。
「キューーーイ!」
原種達のコロニーから悲鳴が上がった。
駆けつけると数十匹のエントマーが、原種のエントマーのコロニーを襲撃しているところであった。
襲撃者達の中には、前脚がスコップ状になったものが相当数含まれている。
明らかに採掘所のエントマーだ。
ドギューン。ドギューン。
コロニーの中では、大尉が彼女のハンドガンで襲撃者達を打ち倒していた。
俺が彼女の元に駆けつけた頃には、彼女のハンドガンの弾層は空になっていた。
「無理だ、大尉!」
原種達は、襲撃者達によって既にコロニーから追い散らされていた。彼等が襲撃者の手から逃れられるかどうかは、運を天にまかすしかない。
「そうだ、繁殖地も荒らされている可能性がある。急ぐぞ」
俺達はホバーカーに乗り込み、もと来た道を引き返した。
「迂闊だったよ」
俺は後部座席で怯えて縮こまっているキティちゃんを見ながら言った。
「エントマー達の『休日』に対するタブー感というのは、そんなに強固なものじゃなかったんだ。
現に、君の教育に大きな影響を受けていたキティちゃんは『休日』の最中にも関わらず、あれだけ元気だんったんだから。
ゲオルグは本気でエントマーの原種に対するタブー感を解き放ったばかりか、どういう訳か逆に攻撃心を植え付けてしまったんだ」
「アルフレッド、あなた銃持ってる?」
俺は首を横に振った。彼女は手の中の小さな銀色の金属片を見せた。小型発信器だった。
「運転席の下に仕掛けられていたわ。勿論あなたのお友達からのプレゼントよ」
「いったいどうして? エントマーがクラスFだったのは彼の見落としであって……」
「今に分かるわ」
繁殖地に着いた時には、既に襲撃者によって原種の成体はあらかた殺されていた。
それでも足りないのか、襲撃者達は原種の幼体や卵までせっせと殺し始めていたのである。
「やめろ!」
俺は叫んでホバーカーから飛び出した。
襲撃者のエントマーから、まさに殺されそうな幼体を奪い取ると、自分の腕の中に掻き抱いた。
「そこまでだ。アルフレッド」
友であった男の手には、灰色に光るハンドガンが握られている。
俺は彼が同期の中では一、二を争う射撃の名手であったことを、いまいましいことに思い出した。
「動かないでもらおう。そちらのお嬢さんもだ」
大尉は素直に両手を上げた。
じっとしている俺の腕から、別のエントマーが原種の幼体を奪い取って、俺の目の前で殺した。
くそっ。
「どうして、こんな事をするんだゲオルグ。確かに開発計画は白紙に戻るだろう。だからといってこんな」
「レアメタル開発を請け負う予定の企業から、多額の献金を受け取っているからだわ」
「馬鹿な。嘘だろう?ゲオルグ」
「残念ながら本当だよ、アルフレッド。お嬢さん、私に手を貸してくれるなら命だけは助けてあげようと思っていたんですけれどね」
大股でゲオルグが大尉に近づく。
3m程の距離に近づいた所で、彼が引き金を引こうとした、まさにその時。
大尉の身体がぐっと沈んだ。
一瞬虚を突かれたゲオルグの脚を、大尉のしなやかな脚が跳ね上げる。
俺が一呼吸する間に、地面に這いつくばらされたゲオルグと、その後頭部にきっちりとハンドガンを突きつけた大尉の姿があった。
「エントマー達に動かないように言いなさい。私は容赦しないわよ」
ゲオルグは一瞬何かを考えたようだが、諦めた様にため息をつくと、金切り声で攻撃の中止を命令した。
「……大尉、済まなかった。関係ないあんたまで変な事件に巻き込んでしまって」
俺は、宇宙港で連邦宇宙軍に連行されていくゲオルグを見ながら大尉に謝った。
「まさか、本当に私が関係無いとでも思ってたの? ……あきれた、ホントのお人好しね。私が本当にあなたの護衛とお手伝いだけの為に、フリゲート艦使ってここまで乗せて来たと? ……彼には、最初から嫌疑が掛けられていたのよ。開発のスピードがいくらなんでも早すぎたわ。……こういう惑星開拓では、よくある話。そして、ああいうもともと真面目な人が、よく陥る罠」
俺は絶句した。信じられない。
奴は、生真面目と正直を絵に描いたような性格だったんだ。そんなことが出来るとは思えない。
「……ま、昔の知り合いのよしみで、相手の態度の不審さに気が付かないで調査に夢中になっていた学者さんに判らなかったのも、無理はないわね。でも、動かぬ証拠もあるのよ。ちょっとメインコンピュータにおじゃまして、データも頂いてるし、腹心の部下との怪しげな会話も録音してあるわ」
ハッキングや盗聴までやってたのか。俺は天を仰いだ。――暇な間に、キティちゃんの調教だけしてたわけじゃないんだな。
「あいつ、どうしてそんなことをしたんだろう」
「地球の古い歴史で、ピサロが南米のインカ帝国を滅ぼした時の話を知ってる?
不幸な事に、インカ帝国には東から来た白い神が、禍い多き時代に彼等を救うであろう、という伝説があった。……彼、地球史も得意だった? 恐らくその辺がヒントになったんでしょうね。人は自分を神だと錯覚すると、何でも出来る気になるものよ。
でも自分を神とあがめる生き物は可愛いから、本当は原種の存在もちゃんと知ってたのに、黙認してたのね。それをあなたが見つけてしまった。
エントマーがFクラスである生きた証拠を残しておくわけにはいかないから、可愛い子羊達に、白い個体は悪魔の化身と教え込んで殺させた。……いずれ民間企業の手に渡れば、あんな生き物より、ブルドーザーの方が効果的ですもの。この先彼等の種が滅んだとしも、痛くも痒くもないわ。これがいい見切り時だと思ったんでしょうね」
ゲオルグ、お前は俺達が昔、最も軽蔑していた筈の罪まで犯してしまったのか……。
今回の事件で最も救われなかったのは、結局、原種は救えなかったという事だ。
ゲオルグが攻撃中止命令を出したときには時既に遅しで、幼体も卵も救えなかった。
多分この広いロマーヌ中には、まだ原種が残っているだろうが、一度原種に対する攻撃性を獲得したエントマーを再教育している間に、彼等が狩り尽くされる可能性が高い。
そして最も痛いのは、彼等の教育に最も適した人材、ゲオルクがその任に当たれないことだ。
そして、前にも述べたように、原種の全滅はこの星の全ての生物に影響を与える。
「キューイ」
キティちゃんが傷心の俺を慰めるようにすり寄ってきた。
俺はキティちゃんの頭をなでながら、何気なく背中のリュックサックを眺めて絶句した。
リュックサックから、原種のエントマーの若齢幼体が二匹、首を出していたのだ。
「おまえ……そうか、本々お前達には幼体を保護する習性があるもんな。しかし……わかってるか、お前。この星の救世主になったかも知れないんだぞ」
※
俺はコールドスリープポットの中から、むかむかする胸を押さえつつ、小さくなっていく惑星ロマーヌを見ていた。
俺の隣のポットには、宇宙開発局で責任を持って保護することが決定した、2匹の原種のエントマー(こう言うときのお決まりでアダムとイブと名づけられた)が乗っていた。
アダムとイブはこの状況を理解しているのかいないのか、遠ざかっていく自分たちの星をじっとそのつぶらな瞳で眺めていた。
いつまでも、いつまでも。
-完-
如何でしたでしょうか?
いつか、人類が宇宙へ行ったときに、こんな生き物に出会えたら。楽しいでしょうね♪