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惑星ロマーヌの「休日」前編

主人と二人で書いた、昔懐かしい気配のするSFです。


宇宙ものです。ちょっと虫に似た生体の生き物が登場します。

虫が苦手、という方でも、大丈夫。可愛いと言って頂けるコも登場しますよ。

一見、小難しい感じがしますが、サラリと読んで頂けると思います。

前・後編の完結です。

 

 赤茶けた大地は埃っぽく、何の愛想も無かった。


 宇宙船のハッチから転がり出て、埃っぽい空気をしこたま吸い込むと、押さえていた吐き気がまたこみ上げてきた。


「くそ、何がすばらしい宇宙旅行、だ」

 俺は学生時代に地球文学史で勉強した、20世紀の映画のキャッチフレーズを思い出し、一人毒づいた。


「酸素濃度は18%か。少し低いけど問題の無いレベルね」  

 後から降りてきた、高速フリゲート艦バルフィ号の艦長サヤカ・ランバード大尉が深呼吸と共に大きく伸びをしながら言う。くそ、こいつら船乗りの三半規管は一体どうなっているんだ。


「……あれ程、着陸するまでコールドスリープは解かないでくれ、と頼んだのに」

「あら、でも調査をしに来たからには、大気圏外からの様子を観察するのも、重要な任務じゃないこと?」

 滅多に笑わないくせに、こういう時だけにやり、と笑う。本当に嫌な女だ。美人なのに勿体ない。

 確かに、惑星の調査をする場合、主星や惑星との位置関係や、外見上の様子を実際に見た方が、資料やホログラフだけでは知り得ない、微妙なニュアンスを感じられることもある。それは認める。

 だが、大気圏外から見たこの星は海も川も樹海もなく、見物の対象としては何とも面白くない代物であった。少なくとも、コールドスリープポットに閉じ込められたまま、死ぬ程の船酔いに耐えつつ拝見する程の価値があるとは、俺には到底思えなかった。


 船体の天井部にぽっかり空いた窓から見える惑星ロマーヌは、満身に大きな痘痕の様にえぐれた穴をかい間見せ、恥ずかしそうに薄い雲をまとっていた。この星に、生物がいるとはとても信じられなかった。


「おお、アルフレッドか。君は全然かわっていないなぁ」

 いざる様にはいつくばっている俺の脳天に、宇宙港の出迎えの中から愛想の良い声が飛んできた。

「相変わらず、空は苦手の様だな」

 懐かしそうに手を差し出す。日に焼けた、がっしりとした手。

 見上げると、白髪混じりの黒髪の、40才ぐらいの男が笑っていた。人好きのする黒い目。笑うと、極端にハの字型になる太い眉に――見覚えがある。


「ゲオルグ……か?」

 相手は、ゆっくりとうなずいた。


 惑星ロマーヌへの調査司令ファイルを開いて、ゲオルグ=ソリンスキー一等主任捜査官の名前と、俺が知っている奴の顔よりかなり老けた立体ホログラフを見つけた時には、正直言って驚いた。

 そうか。同じ年の生まれで同期入隊でも、こんなに差がついちまうんだ、と。


 地球標準時間で30年ほど奴とは会っていない。だが、同じ連邦宇宙軍開発局に所属していても、探査部に所属する俺はそのほとんどを宇宙船内で氷づけで過ごし、奴は惑星開発部に属して、この10年間は惑星ロマーヌに駐在している。同じアカデミーで学び、軍の入隊訓練を受けたあの頃から、俺の時間は5年しか経っていないが、奴にとっては――。


「……ちょっと、彼の話ちゃんと聞いてる?」

 どんと隣から背中をどやされて、ぼんやりと旧友を見つめていた俺は我に返った。

 ランバード大尉が切れ長の鋭い目で、俺を睨んでいる。――そういえば、この20代半ばにしか見えない女艦長も、実際の年齢は幾つだか知れたもんじゃない。俺よりも長い間宇宙空間にいる筈だから、ひょっとしたら年上かも。そう思って、俺はにたっと笑い返してやった。

 相手が、うっと気味悪げに引き下がるのと同時に、俺はゲオルグの方を向きなおった。

「聞いてるよ。で、これからその採掘場とやらを案内して貰えるんだな」

「ああ。早速で悪いが、ついて来てくれ」


 俺達は立ち上がって、この星の強い日差しに適した白い服を着たゲオルグ達の後に従った。ここは宇宙港と呼ばれている建物の中。内部は大きなホールが2つと、職員それぞれのコンパートメントが十数個あるだけの建物だったが、外壁はカモフラージュの為だろうか、かなり大げさな遺跡風の石造りの建物になっていた。


 採掘場は、宇宙港からホバーカーで10分ぐらいの所にあった。

 目指す方角に、土くれで出来たいびつな小山が見える。かなり大きい。

「ゲオルグ、あの蟻塚みたいなやつが土着生物のコロニーかい? 飼い慣らして採掘場で使役しているという」

「ああ、そのとおりだ。調査依頼書に書いてあっただろ。読まなかったのか?」

「いつも必要最小限しか読まないことにしているんだ。調査に変な先入観は持ちたくないしな」

「相変わらずだな、そんな効率の悪いことでは出世しないぞ。そういえばまだ三等主任調査官だったよな」

 グサッ。あいからわず痛いところを突く奴だ。言っておくが俺の出世が遅いんじゃないぞ、お前の出世が早すぎるだけだ。


「スコット調査官は単にずぼらなだけです。しかも、いつも上官に対して反抗的なのですから。本人のためにもぜひ、この機会に言い聞かせておいて下さい」

 ランバード大尉がさらに冷たくとどめを刺す。

 大体、開発局は組織の上で地球連邦宇宙軍の中に組み入れられているので、便宜上俺も少尉の軍籍を持つが、基本的には独立した専門職なのだ。大尉といえども上官面される覚えは無いのだが。

 彼女に限らず宇宙軍の船乗りさん達はエリート意識が強くて、他の連邦軍関係者や民間人を見下したがる傾向がある。……もっとも、宇宙軍の士官になるには想像を絶する様な狭き門をくぐり抜けねばならないのも事実だが。

 一人ぶんむくれる俺をよそに、ホバーカーは巨大な採掘場にたどり着いた。

 

 採掘場の縁にある監督所は、宇宙港と同じように石造り風に仕上げられていた。


 我々は、早速ゲオルグのオフィスで現地の状況について詳しく説明を受けた。

「その依頼書にも書いてあるとおり、この極めて有望な採掘場の開発は、今のところ順調だ。地球標準時間で来年には、民間の企業に採掘業務を譲り渡す準備が整っている」

「ああ、わかってるよゲオルグ。採掘場のことについては俺は門外漢だし、君の開発計画に口を出す気は毛頭ない。しかし、我々探査部としては民間人に開発を許可する前に、採掘場開発がこの星や土着の生物にもたらす影響、そしてこの星の環境風土が我々人類にもたらす影響について、徹底的にアセスメントする必要があるんだ」

「アルフレッド、我々は10年この星に住んでいる。この星の多少素っ気ない気候がこの私に何か影響を与えたと思うかい?」

「見ればわかるよ、君は昔のまんまだ。でも気候や風土病についてのアセスメントは、慎重にしすぎて悪いなんてことは一つも無いんだ。現に惑星タイラーでは我々開発局が風土病の危険性について見落としていた為に、2000万人もの移民団の生命が失われたんだ」

「わかっていますよ、スコット捜査官殿。いいかね、私も君と一緒に惑星開拓学を学んだんだ。それに君も、私のファーストコンタクトスタディ(弟一次遭遇学)の論文については惜しみない賞賛を送ってくれたはずだが」

「そんな他人行儀な言い方はやめてくれよ。確かにあの論文はすばらしかった。しかし論理と現場は違う」

「そう思うかい。じゃあ君に私の10年間の成果を見せてあげよう」


 そう言うとゲオルグは口笛のような甲高い金切り声を上げた。

 それに呼応するように、奥の扉が開いて4匹の黒っぽい中型犬ぐらいの大きさの生物たちが入ってきた。

  ぱっと見は、地球にいる昆虫のオケラのようだが、もっとスマートで動きもしなやかだ。

 彼らは入ってくるなりゲオルグの前に一列に並び、さらにゲオルグが何か叫ぶと俺たちの前にやってきて行儀よく右腕を差し出した。


「握手してやってくれ。大丈夫、危害を加えたりはしないよ。紹介がまだだったな。採掘場を手伝ってもらっている、惑星ロマーヌ土着の生物だ。我々はエントマーと呼んでいるがね」


「こいつら喋れるのか? 報告書には書いてなかったぞ。知ってるだろゲオルグ、独自の言語、文化をもつ生物への干渉は宇宙管理法第七条で禁じられているぞ」


「確かに独自の文化を持っているのであればな。だが、こいつらは明らかにCクラスだ、その点は何も問題ない。言葉は私が教えたのだよ。私たちが来る前はちょうど地球の犬のように警戒音の様な単純な信号音レベルのコミュニケーション手段しか持たなかったんだ。それを私が簡単なものだけだが、理論的な言語という情報伝達手段を教え込んでやったんだ」


「危険はないのか? 高度な情報伝達手段を持つと言うことは、大規模な個体群間でのコミュニケーションを可能にし、個体群間の衝突や人間に対する造反も起こる危険性もあると言うことではないのか?」


「それについては私も考えたよ。そして少し卑怯かもしれないが、ある手段を講じさせてもらった」


「ある手段?」

「宗教さ。彼らに我々人間を神に見立てた宗教を浸透させたのさ。我々が彼らを科学という奇跡の力で惑星ロマーヌの厳しい自然環境から守ってやり、その見返りとして彼等には採掘場で労働力を提供してもらっているのだよ」

 そう言うとゲオルグは満足げにほほえんだ。主人(神)の満足げな様子にエントマー達はうれしげに彼の周りに集まり、キュルキュルと鳴いた。

 

崖を切り崩した様な採掘場。

 その斜面は、深く地中に続いている。チタン、ゲルマニウム、クロームを初めとするレアメタルを豊富に産出する鉱山だ。掘っているのは、この星土着の生物、エントマー達。


 見た目は地球のオケラとザリガニのあいのこって感じなのが基本的なタイプだが、良く観察すると、このコロニーの中にも色々な形態の奴等が存在する。

 ゲオルグのオフィスで見たスマートな奴等は、指導者階級に当たると思われる。

 他に、採掘に適応した小さめで6本脚のうち前の4本がスコップ状になったタイプや、脚が長く坑道内を高速で移動するものや、大型で前脚が鎌のようになったタイプのものもいる。

 腹部に大きな発声器を持ち大きな警報音を鳴らすタイプや、採掘場の外で見張りや伝令の役割を担っているものには中脚が羽根状になり、空中を滑空できるものまでいる。


 エントマー(昆虫人)とは良く言ったものだ。

 彼等の環境適応パターンは、丁度地球の昆虫の生態系に似ているが、それらが一つのコロニーの中で同一の種類が役割を分担しながら暮らしているところが珍しい。子供の頃、立体テレビで見た子供用のアニメそのままの世界だ。


「また、エントマーの観察? ずいぶんご執心ね」

 サヤカ・ランバード大尉が分厚い観測データを俺につきだして言った。

「はい、ボギーが集めてくれた、この星の大気、環境のデータよ」

「ありがとう、ところで昨日依頼した調査だけど――」

「スコット調査官。私が連邦から受けている任務は調査員の安全の確保及び調査のバックアップであって、調査そのものは調査官であるあなたの仕事なの。お判り?」

「俺のことならアルフレッドでいいよ、皆そう呼ぶし。だからサヤカさん、細かいこと言わずに調査協力と言うことで」

「私のことはランバード大尉、もしくは艦長と呼んで下さい。……判りました、調査協力依頼と言うことで、ロマーヌ上空に小型無人探査機を打ち上げるようにボギーに伝えておきます。経費は後であなたの上司に請求いたしますのでよろしく、アルフレッドさん」


 俺は調査経費超過で書かねばならない始末書の山を考えて、軽く眩暈を覚えた。

「では、私はボギーへの指示がありますので」

「そういえばボギーって誰?」

「ああ、知らなかった? バルフィ号のメインコンピューターよ。ボギーってあだ名で呼んでいるの。彼氏だとでも思われました?」

 嫌みったらしく、かつ、軽やかに立ち上がって立ち去る彼女を見ながら、心の中で俺は『思うわけ無いだろ』とつぶやいた。しかしコンピューターにあだ名とは意外と少女趣味なこった。


「取りあえず、今はボギーの捜査結果待ちだな」

 俺は20世紀の有名な映画に出てきたトレンチコート姿のボギーの姿を思い浮かべながら、誰に聞かせるともなくつぶやいた。


「惑星ロマーヌの自転速度は22時間。公転速度は速く、80日で一年が終わる。

 大気は酸素濃度が地球より薄く、アルゴンと炭酸ガスが地球標準より少し高いってとこだな。表面は渇いていて水はないが空気中の水分は意外と豊富。地下には水脈も存在している、と」

 俺は、局地調査用の探査車の中で、ボギー君のまとめてくれたレポートを声に出して読んでいた。


「こんなひどい揺れの中で大口開けて話していたら、舌を噛むわよ」

 運転席からランバード大尉がこちらも見ずに話す。

「全てのデータはロマーヌへの人類の居住は問題無しの結論を出しているわ。大規模な人類の移民があるわけではあるまいし、レアメタルの採掘のための限定的な居住じゃないの。さっさと許可してあげれば?」

「許可の権限は俺には無いよ。俺はただ調査して、その結果を上司に送るだけだ。あとは上層部の判断だ。おっと、そろそろ目的地だ、速度をゆるめてくれ」


 俺はゲオルグに借りた探査車の天井を開け、双眼鏡で付近を観察した。赤黒い地平線のどこかに野生のエントマーのコロニーを見つけるために。

 始末書覚悟でボギーに依頼した調査結果は、十分に満足出来るものであった。

 ロマーヌの上空を飛ぶ彼の電子の目は半径200kmの範囲に渡って数十個のエントマーのコロニーを確認してくれた。俺達はその中でも地球人の影響を比較的受けていないと思われる、なるべく離れたコロニーを調査すべくこの地まで遠征に来ていた。


「あった。あそこだ」

 どでかい蟻塚の様なぼた山が、うねうねと300mばかり続いている。その間を、せわしなくエントマー達が行ったり来たりしている。悪いとは思ったがそのままでは良く見えないので、俺はリモコン飛行機を使って塚の一部を軽く爆撃させて頂いた。


 ここで少し、採掘場のコンピューターライブラリにあったエントマーの生態について説明しておこう。

 彼等は複雑な形態の割には、生活史は非常に単純だ。

 卵から孵った幼体は、11回の脱皮を繰り返し、日中は地中と地上を活発に徘徊して土中に豊富に含まれた有機物(殆どが光合成を行う土壌バクテリアだが、中にはキノコや地衣類の様なものもあった)をあさるが、決してコロニーから1km以上遠く離れた場所へは出向かず、夜間はコロニーの奥深くに潜り込んで休眠する。


 そして、11回目の脱皮で生殖可能な成体になる。成体はその日の夕方からこれまで住んでいたコロニーを離れ、各地に散在する繁殖地へと向かう(つまり採掘場にいるエントマーは全て幼体だということになる)。

 繁殖地での生活は良く判っていないが、夜間に地上で交尾を行った後、子孫を残して死んでしまう様である。個体平均寿命はロマーヌ年で3~4年。卵から孵った幼体は繁殖地で2回ほど脱皮を行った後、元々の(おそらくは母親が来た側の)コロニーに戻る。


 文明レベルは、Cと報告されている。つまり、独自の言語は持たず、知能もせいぜい犬程度で、家畜やペットとしては最適なレベルだ。 

 ――さて。

 突然の爆発で大騒ぎが起こり、中に入り込んでいた奴らも、わらわらと外へ出てきた。

 おお、いるわいるわ。大収穫だな、こりゃ。


「かわいそうな虫さん達。そこまでしていじめて、なにが楽しいの?」

 一匹一匹を超望遠カメラで立体写真に収めながら、俺は彼女に答えてやった。

「これだから、素人さんは困る。表面を見るだけで本質を知ろうとしない。いいかい、まず彼等は昆虫ではない。表面を覆っている殻はキチン質ではなくコラーゲンなどの蛋白質の複合体だ。身体は体節に分かれているわけではないし、神経系も中枢神経を中心とした、かなり発達したものだ。見た目にだまされてはならない。彼等はずっと高等な生物なんだ」 

「そうよね、元々言語や宗教観を持っていてもおかしくないぐらいにね」


 俺は彼女が何を言いたいのか良く判った。それを確かめる手段はただ一つだ。

「俺はもっとそばに寄ってみるけど……あ、ついてくる気はなさそうだな」

 俺は探査車を降りて、まだ右往左往している群の中に入っていった。

 彼等は非常に大人しい。他に天敵がいないせいもあるだろうが、全く攻撃性というものを持ち合わせていなかった。

 現に、俺が割り込んで行っても、手近の奴を足で転がしてみても、ちょっと脚や触覚で触って確かめるだけで、別に抗議する様子もなく、家の修復作業に戻っていった。

 崩れた土を唾液でこねて運んできて、塗りなおす。みるみるうちに、俺が開けた直径5m程の穴が塞がれていく。

 俺は夢中になって、小型ビデオカメラで彼等の様子を撮影して回った。

 

「で、今回の遠足で一体何が判ったの?」

 調査遠征の翌日、宇宙港の建物内に与えられた俺の自室に入ってきた彼女は、資料を整理する俺の横で、たっぷり1時間以上、探査車の燃料費が掛かっただの、渇いた風で肌が荒れただの、文句を言った後、勝手に俺のキッチンでコーヒーを入れて一人で飲みながら調査結果の報告を求めた。


 俺は机の上に乱雑に置かれた資料や写真を片付けながら報告会を開始した。

「では大尉、まず初めに、ゲオルグにかかっているロマーヌ原生生物、通称エンマーに対する文明干渉に付いての嫌疑を解いておこうか」


 俺は昨日、録画したビデオを流した。

「ここに録音されている原生生物の鳴き声を俺の持ってきたポータブルコンピュータで解析した結果、これら鳴き声の中には何ら論理的なパターンも発見出来なかった。ゲオルグの言った通り、彼等はやっぱり元々固有の言語なんて持ってなかったんだ」


 俺は彼女にダビングしたチップと、ここの採掘場で使役されている生物の操っている言語を録音したチップを渡して言ってやった。

「もし、この二つの中に何らかの共通パターンを見つけられるのでしたらどうぞ」

「大したものだわ。地球標準時間で10年、それで言語を身につけれるなんて」

 彼女は俺の嫌みに気付かないふりをして、素直に感心して見せた。

「言語だけじゃないぜ。こいつら10年で形態的にも進化している。いいか、右のファイルが10年前に開発事業が行われ始めた時の、採掘場のエントマーの写真。真ん中が現在の採掘場のエントマーの写真、左が昨日出かけて撮った野生のコロニーのエントマーの写真」

「真ん中だけが少し違うわね」 

「その通り、現在の採掘場コロニーのエントマーには前脚や中脚がスコップ状に発達したものや、触角の大きく発達したものがかなりいるだろ。採掘場での生活に適応して進化したものなんだよな、これが」

「ちょっと待って、いくら彼等の世代交代が早いと言ったって地球時間の10年はこちらの時間で50年、せいぜい20世代ぐらいしか経っていないと言うことよね。進化ってそんなに早く起こるの?」

「もちろん地球上の生物では無理だ。その秘密を今夜、調べに行くんだ」

「今夜……?」


 夜。それは、彼等の繁殖の時間。

 彼等エントマーは決まった生殖時期を持つと言うわけではなく、ほとんど毎晩新たに成体になる個体があるらしい。

 その日も夕方になると、採掘場のあるコロニーからわらわらとその日の朝成体になった数十頭のエントマーが這い出して来ていた。


 俺とランバード大尉は、彼等と少し距離を置いて、尾行を開始した。

 成体は、幼体と異なり背中に2枚の羽根が生える。

 元々中脚が羽根状に発達している個体については4枚の羽根を持つことになる。外見は幼体をオケラに例えるなら、地球のコオロギに似ていた。大きさは、終齢幼虫が体長50センチくらいなのに比べて、一回り小さい。

 背中の羽根は空を飛ぶ為のものではなさそうだが、もしもの事を考えてゲオルグからエアロバイクを借りてきていた。彼等は空こそ飛ばなかったが、かなりの速度で休むことなく歩き続けて、夜半をかなり過ぎた頃に彼等の繁殖地に着いた。


 他のコロニーから先に着いていたエントマー達は、既に退化した羽根をシャカシャカとすりあわせて、求愛のダンスを踊っていた。

 良く見ると、幼体程ではないが、かなり形態の違っているものもいる。

 脚の長いもの、羽根の短いもの、身体の平べったいものもいる。打ち鳴らす羽根も、色とりどりだ。 

 我々の来たコロニーから更に先の別のコロニーからも、積極的に求愛行動に遠征部隊がやって来るらしい。時間が経つにつれ、個体のバリエーションが増えていく。

 夜明けが近くなってきて、彼等の生殖活動は次の段間に進み出した。求愛ダンスで気に入った相手を見つけた者同士が、交尾を開始した。


 彼等の交尾は基本的に雄が身体の一部(多分生殖嚢であろう)を雌に渡すことで成り立つ。

 こう言うと大人しそうだが、一匹の雌に数体の雄が生殖嚢を押しつけあっていたり、逆に一体の雄をめぐって雌達が取り合いをしていたり、雌の中には交尾の成立後、雄を食うものもいたりで、やってることはかなりえぐい。


「すげえな。乱交パーティーだ」

 俺が思わず口笛を吹いた時、いきなり猛烈なビンタが飛んできた。

「スコット調査官、不謹慎すぎます! 汚らわしい! 悪趣味です」

 そう言うと彼女は俺を置いてさっさとエアロバイクの方へ引き上げていく。俺が何したってんだ。

「なっ……例えでしょうが、例え! おい、……一人じゃ危ないって」

 しかし、彼女の肩をつかんだ俺の手は逆にぐいっと捕まれ――俺は、すばらしく切れの良い一本背負いで、鮮やかに埃っぽい大地に沈められていた。


 なんなんだ、一体。

 あの女は本当に理解出来ない。俺は呆然と、去っていく彼女を見送った。

 と。倒れた俺の鼻先を、一匹の雄の成体が、今宵の恋の成果に満足げに鎌状の腕をカマカマしながら通りすがった。


「あっお前は!」

 俺はそのうさぎぐらいの小さな身体に、全身でタックルしてふん捕まえた。

 頭のてっぺんに、でっかく赤でバッテンマーク。

 一昨日、ここから100km以上も離れた例の野生コロニーで、こっそり羽化寸前の終齢幼体に、浸透性の特殊インキで印を付けた奴じゃないか。

「お前、すげーなぁ。今朝羽化して、たった一日であそこから走って来たのか」

 鋭い鎌に傷つけられない様、足でひっくり返して踏みつけ、詳細に観察する。

 間違いなく、あのコロニーに固有の特徴的なさざ波模様もちゃんとある。


 いい加減、カンカンに怒ったそいつを開放した後、俺はその回りもくまなく調べてみたが、さすがにあの離れたコロニーから遠征してきているのはこの一匹だけであった。しかし、とんでもなくタフな奴である。

 だが、これでエントマー達の進化の仕組みがはっきりした。

 まず、彼等は形態的に進化した後も地球で見られるような生殖隔離が起こらず、自由に交雑できる。


 更に、こいつら成体の行動範囲である。めちゃくちゃ、広い。これなら、あっと言う間に採掘場から別のコロニーに突然変異の遺伝形質が飛び火するに違いない。


 ちなみに今回の調査はサヤカ・ランバード大尉にはよほどショッキングだったと見え(何がお気に召さなかったのか良くわからんのだが)、彼女はこの夜間観察の日を境に、宇宙港の自室からほとんど外に出なくなり、俺の調査にもぱったりとついて来なくなった。



                - 後編へ続く -



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