第五話
ため息。
昨日と今日を合わせて何度目になるだろうか。
数は不明だが、一つだけ解ったことがある。
それは何も変わらないということだ。
息を吐こうが吸い込もうが、状況は一向に変わりはしない。良くも悪くもならない。何をなさずとも、誰にでも出来るのがこれなのだから。
「………」
また出そうになったそれを飲み込む。
気分を変えよう。
前を見ていた視線を上に転じる。
そして、色が降ってきた。
赤。
紅。
茜。
朱。
橙。
紫……。
数え切れないほどの色を抱く空。
定まらず、移り変わる彩り。
何を感じたわけでもない、ただそこに色があるというのを見つけただけ。
だがそれだけで憂鬱は吹き飛んだ。
水面になったような気分だ。
様々な光を溶かし込み、揺れて揺れて淡く踊る。
空は決して遠くなく、自分こそが空なのだと、そう悟った。
視線をおろす。
前を見て歩き出せば、僕はいつもの僕だった。
速くもなく遅くもなく。
重くもなく軽くもなく。
家路を歩く。
途中で近所の人々と挨拶を交わしたり、塀の上に黒猫を見つけたりしながら、僕は探索を終えた。
自分ではない心臓。
これもきっと、いつかは僕の色に染まるだろう。 変わらない色はない。
空も絵も、人の心も。ずっとずっと変わり続けるのだ。
だから周りと違う色が一つあろうとも、それは別に心配する事ではない。
きっとまた、その色も別の色へと変わるだろうから。
ふう、と息を吐く。
それはため息ではない。
答えに辿り着いたときの、安堵の息だった。
×××××
ふむ。
どうやら彼はあちら側ではないらしい。
何かに気づいたかとも思ったが、どうやら普通よりも勘が鋭いだけの、ただの人間だったようだ。
しかしどうするか。
記憶を弄ったとはいえ、接触者は観測を続ける義務があるのだが。
まあそこら辺は猟犬たるこの身の仕事ではない。鈴の役回りは連中に任せることにして、私はさっさと元の仕事に戻るとするか。
ああ、釘を刺すのを忘れないようにしないとな。
第三種と直接接触した人間を、連中はきっと強く欲しがるだろうから。
せっかく助けられた唯一の命だ、モルモットのようにされては適わない。
全く因果な仕事だ。
だが一度やると決めた以上は、そう簡単に放り出せない。最後まできっちりやるとするさ。
何しろ私は猟犬。
っと、この姿じゃそれは激しく矛盾しているか。
ああ、いかん。
煮干しが食いたくなってきた。