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Outsiders  作者: 砂握
3/8

第二話

 結局、雨は降らなかった。

 朝の天気予報では午後からの降水確率は七十パーセントだったのだが。まあ、当てる方が難しいんだから仕方ないか。

 道ばたに放置したくなる傘を憂鬱に持ち上げ、夕焼けに染まる空の下を歩き始めた。

 特に何も考えたりはしない。

 ただ歩く。

 頭を使うのは苦手なのだ。

 もしくは、面倒くさいとか疲れるとか言った方が良いか。

 頑張って考えてみるが、すぐに自分が同じところをぐるぐると回っているだけのような気に襲われる。きっと自分は人よりも頭が良くないのだ。

 だから見るだけ。

 色や形。

 その影や光を目で見つめるだけ。

 だからいつもぼうっとしてる。

 もちろん今もそうだ。

 空とか雲とか、歩いている人とか見ている。

 でも、目で追ったりはしない。

 視界から外れればそれまで。

 関心もない。

 心残りもない。

 何の感想も抱かず、ただ目の前にあるものだけを見つめている。

 だから僕は歩いているだけなんだろう。

 前だけを向いて進んでいるだけなんだろう。

 多分。

 それが今の僕であり、今までの僕であり。

 そしてきっとこれからの僕であるのだろう。

 そう思う。

 駅の前を通り過ぎながら。

 スーパーの駐車場を通り抜けながら。

 歩いていく。歩いていく。歩いていく。

 

 

 不意に。


 変なものが見えた。

 者、かも知れない。

 だがいまいち良く解らない。

 何だろう、あれは。

 人に見える。

 小学校低学年くらいの、小さな男の子に見える。

 住宅地の道路に佇む子供。

 ごく普通。

 ああ、もちろん。


 彼の周囲で倒れている血まみれの人々を除けば、だが。


 はて。

 自分が動揺していないのは、混乱しすぎて逆に冷静になっているからだろうか。

 いや、きっと違うな。

 違和感を感じているからだ。

 何だろうか。

 彼は人に見えるが、人ではないようにも見える。

 我ながら矛盾した所見。

 だがそうとしか言えないのもまた事実。

 少年が顔を上げる。

 幼い顔立ち。

 表情は憎悪。

 大きな黒い二つの目は、爬虫類を思わせる光を放っていた。

 それが僕を射貫き、きゅっと細められる。

 瞬間、異音を耳にする。

 すぐ近く。

 と言うよりも、頭のすぐ下から。

 何の音だろうと見下ろせば、胸から腕が生えていた。

 小さな細い腕。

 手の中に握りしめられているのは、脈打つピンク色の肉塊。

 心臓だった。

 まさかひょっとしてこれは、僕のものだろうか。

 そんな馬鹿げた問いを抱く。

 ふと顔を上げれば、少年がこちらに腕を伸ばしていた。

 いや。

 腕は見えない。

 半袖のTシャツを来た彼の右腕は、肘の先からすっぽりと消えてなくなっていた。

 断面に見えるのは筋繊維と骨。

 血が出ていないそれは、人体模型のようにも見える。だが模型と違うのは、その筋繊維が時折収縮しているところだった。

 もう一度、自分の胸元を見下ろす。

 そこに生えているのは、手の形から右腕だと解った。

 思い浮かべたのはマジックショー。

 細長い箱の側面に手を入れると、反対側から飛び出すといったあれ。

 まあ無論、僕と少年の間には空気くらいしかなく、種を仕込む場所などなかったのだが。

 しかしこの心臓。

 状況から考えれば、やっぱり僕のものなのだろうか。

 だとしたら元に戻して欲しいのだけど。

 でも、そうだな。

 僕のじゃないかも知れない。

 まだ僕は疑うことなく生きているし、痛みも感じなければ胸から血が噴き出しているわけでもない。それどころか誰のか解らないあの心臓、まだどくどくと動いている。

 と、心臓がぐにゃりと歪む。

 それを握る腕が力を込めたのだ。

 心臓を押しつぶそうと、ぐいぐいと小さな手で頑張っている。

 ぶちり、と。

 頑張りの成果が出たらしく、心臓は潰れ、鼓動を打つのを止めてしまった。

 仕事をやり遂げたからか、僕の胸から生えていたその腕は、幻のように一瞬で消えてしまった。

 僕の胸は異常なし。

 穴が開いているわけでも、血がついているわけでもなかった。痛みも苦しみもない。いつも通りの身体だった。

 足音に顔を上げる。

 少年がこちらに背を向け、どこかへと歩き去っていくところだった。その後ろ姿には、確かに右腕が存在した。

 何か言葉をかけようと思ったが、結局は口を閉ざした。

 訳がわからなさすぎて、どうして良いか解らなかったのだ。

 やはり僕の頭は良くないらしい。

 そう息を吐いた、その瞬間だった。


 ―――ぶちり。


 ぐらりと身体が傾き、道路に倒れ込んだ。

「ごほっ――――」

 口から大量の赤い血が飛び出した。

 それが目の前の道路にゆっくりと広がっていくのを、奇妙な思いで見つめた。

 ああ、やっぱり。

 

 ……あれは僕の心臓だったのか。


 そして僕は。

 考えることも見ることも出来なくなった。

 


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