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カウンセラーの先生と看護婦さんっ!

作者: 八神

 ここは日本国某所にある、とある小さな精神医療施設。つまり精神科だ。


 ここで私は、昨今様々な事情で心に病や鬱憤を抱える人々を助ける、この国には無くてはならない仕事をしている。


 そう。人は私を、カウンセラーの先生と呼ぶ。ちょっと洒落るとセラピストだ。



「……神護かんごくん、先ほどの患者さんは?」


「満足して帰られました。左腕に包帯を巻いて、お薬の代わりにラムネを処方しておきましたので一月は大丈夫でしょう。」


「ふむ、完璧な処方だ。13歳で中二病を発症して以来、様々な呪いと不治の病に掛かった重病の患者だったが、私に掛かれば造作もない。まあ完璧に直す事は出来ないが、定期的な診療さえしていれば日常生活は送れるだろう。」


「そうして私達のご飯のタネは、再び現代社会の荒波によってストレスと言う名の肥料を撒かれ、芽吹くのでありました。」


「こらこら、あくまで私たちは医者だ。仕事があるのは喜ばしいが、患者の不幸を喜んじゃいけない。」


「失言でした。」


 神護くんは優秀な助手の看護婦だ。この私の診療所で、私を除けばたった一人のスタッフでもある。ちょっと口が悪いところはあるが、大切な従業員だ。


「さて、神護くん。次の予約は?」


「既にお待ちです。」


「通して構わない。」


「かしこまり。『一野さーん、一野ひとの 妻世つまよさーん。』」


「ふむ。」


 神護くんの外行きボイスを聞きながら、患者が入ってくる前にカルテと質問票をチェックする。カウンセラーには重要な準備だ。何々……?


・本名:一野ひとの 妻世つまよ

・年齢:26歳

・性別:女性

・お悩みの種類:夫とのすれ違い

・神護くんの特記事項:人妻、雰囲気R指定


「なるほど。」


 ガチャ


 カルテに目を通して直ぐに、彼女が診療室に入ってくる。ちょっと物憂げな雰囲気と、纏めた黒髪がとても……ふむ。


「初めまして、私が先生です。どうぞこちらへ。」


「は、はい。一野と申します、本日はよろしくお願いします。」


「こちらこそ。」


 カルテを手に持ったまま、挨拶が出来る事をさっと記録しておく。こういった小まめな情報収集がプロファイリングには重要だ。

 ついでに私の好みであることも追記しておく。次回以降の診療には役に立つ情報だ。


「そう硬くならずに、お寛ぎなさってください。神護くん、あの紅茶を。」


「畏まりました。」


「さて、早速ですが一野さん。お悩みの内容は旦那さんとのすれ違い、とか。」


「はい……その、意識の違いと言うか……熱の差、と申しますか。」


「ふむ……。どうやら他人には言いにくい、けれども重要なお悩みがあるようですね。」


「そ、そうなんです!! 私、あの人に着いていけなくって……。」


「ほう。なるほどなるほど。」


 どうやらかなり深刻そうだ。相当なストレスが言葉の端々から感じられる。まずは好きに喋ってもらおう。


「旦那さんに、着いていけないと?」


「そうなんです! 特に夜の、お、お医者さんごっこが……。」


「あ、そこは重要ですね。詳しく。」


 具体的な内容があるなら、それを詳しく聞くに越した事はない。何事にも臨機応変に当たれる柔軟性は、カウンセラーに必要な能力だ。


「ふむ。お医者さんごっこですか。つまりは夜の営みと。」


「は、はい。彼の趣味で、毎日なんです。」


「ほう、毎日っ!」


「声が大きいって近隣からも言われてしまって。」


「声がっ!!」


「先生。先生の声がうるさいです。」


「おっと、失礼。」


 ついつい患者の気持ちになってしまった。私の悪い癖だ。ちなみにオウム返しはカウンセリングのテクニックの一つであって、決して興奮していたからではない。神護くんが持って来てくれた買ったばかりのちょっと良い紅茶を一口飲んで落ち着こう。


「ふぅっ。それで、毎日なのが厳しいと?」


「いえ、毎日なのは良いんです。ただ……。」


「ただ?」


「いきなり『メディーックッ、足をやられたっ!! くそっ、出血が止まらない!!』とか言われても、私シチュエーションが全然想像出来なくて……。」


「なるほど。そっちでしたか。」


 戦場、もしくは野戦病院プレイ。成る程成る程、それはまた……。


「重症ですね。」


「あ、やっぱりそうなんですか? 足を撃たれたくらいなら死なないかなって思ったんですけど。」


「おっと……ええ、ふくらはぎの辺りは、血液を心臓に戻すポンプの役割を果たしていますので、当たり所が悪ければ出血多量です。早く止血してあげないと、そのまま行くところまで行きそうですね。」


「ああ、やっぱりそうだったんですか……なんか夫の反応が違うなーって思ってたんです。」


「それで意識の差、熱量の差を感じてしまった訳ですね。」


「はい……まあ。」


 夫、ミリタリー趣味。妻、それに付き合う。このパターンは初めてだ。とはいえ、この仕事をしていれば様々な人の様々な悩みを聞く事になる。このくらいは問題じゃない。しかしまあ、これはハッキリさせておこう。


「ちなみに、それでそのまま? 野戦病院で?」


「はい、そのまま……野戦病院で。」


「取り乱しちゃったり?」


「と、取り乱しちゃったり……。」


「なるほど。」


 それでもやる事はやってると。ふむ、旦那さんからするとそこまででワンセットか。奥さんの方も努力して合わせていると。素晴らしい奥さんだ。羨ましい。


「夫の悲鳴も迫真に迫っていて、周囲からはDV妻みたいな視線で見られるし。そもそも声が大きいって苦情が来るし。」


「苦情の主は、どんな方ですか? 性別は?」


「一軒家なので、隣のアパートに住んでる住人の方達で。仲の良い女性からはある程度理解があるんですけど、男性の苦情が……。」


「成る程、それは怖いでしょうね。耐えて来た貴女は立派だ。」


「あ、ありがとうございますっ。」


 そして耐えて来た周りのアパートの皆さんも立派だ。夜な夜な意味の分からない迫真の悲鳴が聞こえてくるとか、むしろそこから新しい患者が来院しような予感がする。


「あの、こんなのおかしいですよね? 普通のお医者さんごっことは全然……。」


「いえ、珍しいですがおかしいと言う程ではないですね。」


「そうなんですかっ!?」


「世の中の男性は9割がお医者さんごっこが好きだと言われていますが、更に5割の男性がミリタリー好きです。そこまで奥さんが付き合ってくれるケースは珍しいですが、大体世の中の1割ちょっとくらいの夫婦が隠れてこのプレイをしていると思いますよ。」


「そ、そうだったんですか……意外と多かったんですね。」


「皆隠していますからね。」


 かくいう私もちょっとやってみたい。だが、私見は挟まないのがカウンセリングの基本だ。あくまで客観的視点で、かつ親身になって話を聞くのは基本中の基本である。


「話を戻しますが。奥さんは毎日でも構わないが、プレイ自体に不満があると?」


「ふ、不満というか、熱量が違うというか……意識的な部分なんですけど。」


「ふむ。おっしゃっていましたね、熱量の差、意識の差。それを旦那さんには?」


「い、言えませんそんな事っ!!」


「言えない……なるほど。」


「…………。」


 明確に言えない、と。この場合は理由がいくつか考えられる。旦那さんが怖いとか。旦那さんに後ろめたい事があるとか。そもそも本当は別に嫌じゃないとか。この話自体が妄言である可能性も、この仕事をしているとなくはない。


「無理にとは言いません。宜しければ、理由をお聞かせ頂いても?」


「そ、それは……分かりました。必要な事ですものね。」


「ええ、勿論。」


「実は、その、私達はもう結婚五年目になりまして……そろそろ子供が欲しいので、あの人のやる気を削ぐ様な事は……言えなくて。」


「ああー……。」


「此処に来てまとも。(ボソッ)」


「え? 今看護婦さんが……。」


「どうかしましたか?(外行きボイス)」


「ああ、いえ……気のせいでした。」


「気のせいですね。」


 正直どんな爆弾が飛び出すかと思いきや、普通で安心、いや興奮した。……じゃない、間違えた。


「なるほど。それは確かに言いづらいですね。お子さんが欲しい、と。」


「そうなんですっ! でもあの人はサバイバルゲームにハマっていて、休みの日も自分の趣味が中心で。なんだか私ばっかり子供が欲しいみたいで、意識の差があるなって感じてしまうんです。そう思うと、なんだか夜も乗り気になれなくて……。昔は旦那に合わせて色々調べたりしてたんですけど、最近はその気力もなくなって……それで悪循環に。」


「それは当然でしょう。貴女はよく頑張っています。今日だってなんとかしようと此処まで来ているんですから。」


「先生……あ、ありがとう御座います。」


 しかし、これは難題だ。全ての問題を改善するには奥さんか旦那さんの意識そのものを変える必要がある。しかし、奥さんはもう充分よくやっているし、旦那さんにアクションを促すのは、奥さんにも追加でストレスを与えかねない。こういうケースは良くあるが、プロでも拗れる事が多い。


「ふむ。」


「やっぱり、軍用救急セットの使い方くらいマスターしないとダメなのかしら。」


「……ほう? 中々本格的ですね。」


「ええ、そうなんです。あの人は割と本格派で。基本は砲撃の中だったり、敵に囲まれてたりするんですけど、逃げられない理由付けとして、大体何処か負傷しているので……。」


「なるほど。そういう事でしたか。」


「……先生……?」


 瞬間、私の脳裏に光明が差した。結局は、解決の糸口は患者の内にしかありはしない。今回もまた、私は患者自身に教えられていた。


「奥さん、貴女は旦那さんを愛しておられる。」


「は、はい。勿論です!!」


「そして旦那さんも、貴女を愛しておられるようだ。」


「そ、それは、どうなんでしょうか。あんまり口には出さない人ですし。それにもしそうだったとしても……やはり、まだ子供は……。」


「そこに意識の差があると?」


「はい……。」


 確かに、そう思っても無理はない。そしてそれは事実かも知れない。……しかし私の仕事は、真実を突き止める事ではないのだ。


「旦那さんとのプレイが『野戦病院』に移ったのは、いつ頃からですか?」


「えっと……半年くらい前でしょうか。」


「貴女が子供が欲しいと意識し始めたのは?」


「うーん。」


「半年。いや1年……?」


「あ、そ、そのくらいだった気がします!」


「なるほど、つまり旦那さんは半年掛かった訳ですね。」


「は、半年? あ、あの、それってどういう?」


(始まった……。)


(神護くん、お口にチャックだ。)


(流石は心理学者。直接脳内に。)


 神護くん、言葉にしなくても表情で聞こえているよ。そして心理学者はニュータ〇プとかではないのでテレパシーは使えない。心理学のちょっとした応用だよ。


「奥さん。もしかして旦那さんは、思った事を口に出さないか、少し不器用なところがあったりしませんか? あまり直接好きだと言ってくれないとか。中々気持ちに気付いてくれないとか。」


「は、はい、確かにそうです!」


(それさっき言ってた。)


「なるほど。では奥さん、人間の生存本能と生殖について、関係が深い事はご存じでいらっしゃいますか? 人間は危機に瀕すると子孫を……というやつです。」


「ええ、それはまあ……あっ!」


「無論、旦那さんは本格派でいらっしゃいますし、知識は言うに及ばすと言ったところでしょうか。」


「……まさか。」


 どうやらこの奥さんも気付いたようだ。人が前に進む為に必要な、希望に。

 重ねて言うが、真実かどうかは問題ではないのだ。


「ええ、旦那さんは立派な方でいらっしゃる。不器用なりに、半年掛かって貴女の気持ちに気付いたのでしょう。思った事を口に出さないのはいつもの事。その分、本気だったのでしょう。常に迫真の演技で、常に絶体絶命のシチュエーション。そして、そこから始まる命のやり取り……。」


「……ま、まさかそれってっ。」


「流石です。気付かれましたか。」


「そ、それじゃあもしかして、あの人も?」


「そう、旦那さんも?」


「私との子供を欲っしているっ!?」


「この戦場は?」


「確かな家庭へいわに続いてるっ!!」


「そういう事です。残弾と銃身の焼き付きにはお気をつけて。」


「火力の維持は妻の役目ですものね!!」


 意外とノリノリだこの人。実はちょっと興味があったのかも知れない。半年も付き合ってあげるくらいだし。


「先の見えない戦場で、突破口が開けた気分です。あの人は全部、私の為に……。」


「自分の趣味も当然あるでしょうが。重要なのはつまり、夫婦の幸せです。」


「すれ違いは、ただの勘違いだったのね……あの人は、私以上に真剣に……だからあんなに必死で演技を……。」


「「…………。」」


「先生、ありがとうございました! 私、頑張ります。あの人に応えて見せます! 子供の為なら、もっと頑張らないと! やる気が出てきました! 近隣住民も怖くない!!」


「ええ、その意気です。近隣住民の方々もDV妻ではないときっと分かってくれるでしょう。では神護くん、処方箋を打ってあげて。」


「はい。最近のエアガンカタログと、鎮痛剤をぷしゅーってやるやつのオモチャを処方して置きますね。」


「おススメはハイサイクルシリーズです。」


「はいっ、旦那と一緒に見てみますっ!!」


「そうして下さい。旦那さんとお幸せに。それでは、今日の診療を終了させて頂きます。」


「本当にありがとうございました!! 私必ず、生きて帰って来て見せます!!」


「お大事にー。」







※※※※※※※※※







「先生。皆さんお帰りになられました。」


「戸締りは?」


「完璧です。」


「宜しい。それでは神護くん、帰るとしようか。」


「はい。」


 神護くんの家は少し離れている。電車を使う程じゃないが、バスは使っている。なので帰りくらいは車を出すのが習慣だ。


「あ、そうです先生。久しぶりに焼き肉なんて行きませんか?」


「ふむ、焼き肉か。確かに久しぶりだね。でも君は肉が好きだったかな?」


「そこそこですね。でも火力の維持は任せてください。」


「なるほど。君は焼き肉奉行だったのか。それでは決定だ、行くとしよう。」


「………はい。」


 今日の診療はこれにて終了。だが、私の仕事はこれからも続いていく。


 私の仕事はカウンセラー。ちょっと洒落るとセラピスト。

 この癒しと解放を求める日本と言う国に、無くてはならない仕事をしている。


ご読了ありがとうございました!


反応が良ければちょこちょこ新しいの書くかも知れません!

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