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7.何故龍妃は複数人いるのか



(……何で龍妃が複数人いるか、ね)


 鍬で土を掘り起こしながら、昨日の龍聆の言葉の意味について考えていた。

 今までそういうものだとして受け入れていたので、敢えて疑問を持つことはなかった。

 だが、そうだからこそ、あそこで龍聆が意味ありげに言ってきたことが引っかかったのだ。


(妃が複数人いるのは、種を幅広く蒔いて実を多く実らせるため、よね)


 そう考えるのが妥当だ。

 貴族などは妾を持つのが当然だと言われているくらいだし、農民風情でも愛人を持つ人はいる。

 腹違いの子どもを作って、世継ぎに備える。

 世継ぎがいなくなり血統が途絶えるということがないようにだ。


 それは特殊な事情がある龍妃でも同じだろう。

 だから、龍も敢えて複数人選んでいるのだと思ったのだけれど。


(……他にも理由があるってこと?)


 そう訝しんでしまう。


 だが、龍や龍帝のことは、ムラでソウケイから聞いたこと以外は何も教えられていないし、龍妃の務めもただ龍帝のお渡りがあるまで教養を磨けばいいとだけ言われている。

 それ以上でもそれ以下でもないと。

 だからシュカもそういうものだと思っていた。


 もしも、他に意味があるのだとしたら、シュカの存在意義が変わってくるのだろうか。

 予備としてここに止められているのではなくて、もっと別の意味がある?


 うーん、と呻って、考えを巡らせる。


「ねぇ、饕餮」


 どこかにいるであろう獣に声をかけると、宙から饕餮が姿を現し、その小さな身体を翻してシュカの近くに着地した。

 黒い獅子にも似たそれは、金の目を向けてくる。


「何か用か、瓊妃」


 いまだに獣が人の言葉を話しているという光景に慣れずに構えてしまう。

 普段こちらから話しかけないし、あちらも話しかけたりしないからだろう。

 だが、シュカが呼べば饕餮は必ず応えてくれる。

 

「ちょっと聞きたいことがあって」


 少し休憩と、鍬を立てて持ち手の棒を支えにするように顎の下で両手を組む。

 以前よりも体力が落ちてしまったせいか、土を耕すだけで疲れを感じるようになった。

 一度ならした土なのでそこまで硬くはないのだが、どうやら重いものを振り上げるという力が失われているようだ。

 それもそうだろう。

 璜呂宮に来てからのシュカは、それこそ箸より重いものを持たないような生活を送っている。


 ふぅ、と一息ついて、足元にいる饕餮を見やる。


「今さらなんだけど、龍はどうして龍妃を複数人選ぶの? 世継ぎを多くするため、という意味以外に何かあるの?」


 そもそも、龍帝自体が必ずしも龍妃の子どもである必要がない。

 龍の龍帝選抜の基準は明確ではなく、そうであるがゆえに王家の中でも末端の者が選ばれるということも珍しくはなかった。

 その者は必ずしも龍帝と龍妃の間に生まれた子というわけでもない。

 現に宸柳も龍妃の子ではなかった。


 つまりは、王家の人間であればいいのだ。


 そうなると、龍妃が複数人いる必要はなくなる。

 龍妃の役目は、ただ龍帝に力を分け与えるだけでいい。

 それだけであれば一人で事足りる。


 ますます、ここでシュカが燻っている意味が分からなくなる。


「私などに龍のお考えを計り知れることはできない」


 だが、饕餮は知らないのだという。

 龍の子であるはずの存在が。


 そんなはずはないだろうと、シュカは今度はしゃがみ込んで饕餮を間近で睨み付ける。


「あなた、たしか龍妃の護衛だって自分で言ってたよね? ということは、今までも龍妃の側にいたんでしょう? それなのに知らないの?」


 歴代の龍妃を見てきているのであれば、何かしらの情報はあるだろう。

 そうアタリをつけて呼んだというのに、まったく知らないという返事は納得できなかった。


「我々がこの役目を仰せつかったのは、今代からだ。ゆえに、私が知っている龍妃は瓊妃と今代の珠玉龍妃しかいない」

「え? じゃあ、今回から特別に護衛についたということ? どうして?」


 百年ぶりだからだろうか。

 久しぶりだから龍が心配になって護衛をつけたなんてことがあるのだろうか。


 一方的に話されて会話らしい会話をしたことはないが、もしかして龍は心配性とか?

 などと、人ならざるものに人間らしい感情を見出そうとしたが、しっくりとこない。


「私などに龍のお考えをはかり知ることはできない」


 だが、返ってきた答えは先ほどと同じ。

 つまりは饕餮には知らされていないということだけだった。


「目的を知らされないままずっと私についているの、苦痛じゃない?」

「使命とあらば、苦痛など感じぬ」

「……それは立派なことで」


 見てくれこそ猫ほどの大きさの獣で可愛らしいのだが、その心根は尊大だ。

 ただ使命だというだけでそこまで身を粉にしていられるとは。


 シュカも見習いたい姿勢である。


「ところで、瓊妃。ずっと聞こうと思っていたのだが、何故龍妃自らが作物を作っている」

「今さら? もう作り始めてけっこう経ってるんだけど」


 少し呆れ声を出して肩を竦める。


 まぁ、たしかにシュカが話しかけない限り饕餮は話しかけてはこないし、むやみやたらに姿を現さない。

 シュカ自身も密かについて回るこの獣を半ば無視していたところもあるので、致し方ないだろう。


「私の生きがいだよ、生きがい。宮廷でただ龍帝が来るのを待つのは性に合わないからね。だから、こっそり畑作って自分のできることをしてるの」

「なるほど。生きがいか」


 金色の瞳を細めた饕餮は、ゆっくりと畑を見渡す。


「もしかして、饕餮もこんなの龍妃らしくないって止める?」

「いや、瓊妃の心の赴くままにするがいいだろう。私がとやかくいう問題ではない。それに、龍妃というのはその振る舞いで決まるわけではないからな」

「よかった。じゃあ、他の人には内緒にしてくれる? きっと見つかったらこの畑、潰されちゃうだろうから」

「委細承知した」


 獣ではあるが、この宮廷にいる人間より話が分かる。

 シュカは嬉しくなって、フフフと笑った。


「このまままた遠くから私を見守るんでしょ? なら、いっそのことここで誰か来ないか見張りしていてよ。あと、話し相手になってくれると嬉しいなぁ」

「私と話をしていても何も面白いものはないと思うが」

「いいよ。私が勝手に話すだけだから」


 頭ごなしにシュカの話を否定しない存在は、この宮廷は貴重だ。

 相槌を打ってただ聞いてくれるだけで満足だった。


「そう言えばさ、珠玉龍妃のことも饕餮以外の龍の子が見守っているの?」

「あぁ。贔屓ひき蒲牢ほろう蚣蝮はかが」

「たくさんついてるね~」

「珠玉龍妃の方が見目も良い。好む者が多かった」

「遠慮のない言い方でいっそのこと清々しいわ」


 だが、たしかにどちらを選ぶかと聞かれたら皆シュカよりも鈺瑤を選ぶだろう。

 すぐに納得できてしまうほどに、彼女は器量よしだ。


「それに匂いがいいらしい」


 寛ぎ始めたのか、饕餮は前足を畳んで寝そべり始めた。

 そうするとますます小動物に見える。


「匂い? 体臭ってこと?」

「いや、違う。その者の持つ特性の匂いだ。珠玉龍妃は金と権力の匂いがする」

「あぁ、実家が潘家だしね」


 この国随一の力を持つ家だ。

 遠くからでも匂ってくるだろう。


「龍の子はそれぞれ好むものがある。それを持つ者に自ずと惹かれるのは必定」

「じゃあ、私からはどんな匂いがするの?」

「瓊妃は土と強い信念の匂いがする。私が好むところだ」


 なるほど、だから饕餮はこちらについたのかと合点がいった。


「それに、食べ物が好きだ。それを育てている瓊妃の側は心地いい」


 まるで餌付けされた小動物のようなことを言うので、ついつい噴き出してしまった。

 龍の子ともあろう存在でも、やはり食の前ではしおらしくなるのだろうか。


「そうね、食べることは大事よね」


 何より食べ物の尊さを知っているシュカは、饕餮の言葉に好感を持った。

 食べることが大事だから、シュカは畑を耕す。

 種を蒔いて、水と肥料を与えて育てるのだ。


 シュカが何を大切にしたいか分かっていると言われているようで嬉しかった。


 それから、饕餮といろんな話をした。

 話をしたと言っても、一方的に質問を繰り返しただけなのだが、それでも楽しいひとときだったことには変わりない。


 龍の子は九体いると聞いていたのだが、残りの四体はどうしたのかと聞いたら、彼らは思い思いのところでその役目を果たしているようだ。

 どちらの龍妃を重点的に守るというわけではなく、全体を俯瞰的に見て守っているということらしい。


狴犴へいかんは龍帝の側にいるな。あれは力を好む」

「へぇ~」


 龍の子にもそれぞれの性質があり、それに左右されるのだそうだ。

 まだ二体にしか会っていないので、いつかすべての龍の子に会ってみたい。

 皆、饕餮のように毛並みのいい小動物のようななりなのだろうか。


 今度はそれを聞いてみようと饕餮の方に目を向けると、途端に饕餮が顔を上げて丸い耳を動かす。

 そして素早く身体を起こしてこちらに飛んでくると、トンと軽やかにシュカの肩に乗ってきた。


「誰かくる。警戒しろ」

「え?」


 小声でそれだけ言ってまたひょいとどこかへ飛んでいって隠れてしまう。


 咄嗟のことで反応が遅れてしまったが、シュカは饕餮が言っている意味を理解しハッとする。

 この秘密の場所に誰かが近づいてきているということだ。




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