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3.退屈からの脱出



(……冗談じゃないっ)


 シュカには人生の目標があった。

 村の皆が飢えないように、水分や土壌に栄養があまりなくても十分に育つ強い種を作ることだ。

 たとえ旱魃が起こっても生き延びることができるようにという、切なる願いを持って畑に向かっていた。


 三か月家を空けるだけでも抵抗感を持った。

 それなのに、一生ここに閉じ込められるなんて。


 ソウケイがある程度は育ててくれるだろうが、彼だって自分の畑がある。

 もうシュカは帰ってこないと放り出される可能性だって否めない。


 そもそも、シュカが龍妃に選ばれたという報せは、ソゴイの村に届いているのだろうか。

 どちらにせよ心配だ。

 畑が。


 絶対に村に帰ってやる。

 それができないのであれば、ここでできることをやってみせる。


 雲の上の人は何もしてくれない。

 自分たちが富むことばかりで、下界の人間のことなど考えないのだ。

 だから、この百年間この国は何も発展しなかった。


 正直、龍も龍帝も大嫌いだ。

 龍の存在が、この国を堕落させている。


 そのことを奴らに突き付けたい。

 

 シュカはどうあっても動かない状況を嘆くのではなく、打破するために動き始めた。

 己の使命を見出し、燃えていたのだ。


 ところがその決意は、出鼻を挫かれる。


 シュカに仕える侍女たちの頭である玉麗が、まったくもって話を聞いてくれないのだ。


 実家に帰りたい、少し戻るだけでいい、畑を見たらすぐに戻るからと何度言っても、龍妃様が土いじりなどとんでもない! 後宮から出ること自体許されませんとなしのつぶて。

 ならば、村に手紙を送りたいと申し出ても、それも首を横に振られた。


『もう貴女様は龍妃となられたのですから、ご実家のことはお忘れください』


 そのための改名であるのだと睨みつけられた。

 そもそも、農民の出であること自体、鈺瑤に引けを取る要因だというのにさらに差をつけられたいのか。

 何よりも貴女がするべきは、龍帝陛下の寵愛を受けて、お力を渡すことであり……。


 ここらへんで話を聞くことを放棄していたので、彼女が何を言っていたかは忘れた。


 ならば、最後の望みと、畑がほしいとお願いをした。

 村に帰れないのであれば、ここでするしかない。

 旱魃に強い種を作る夢を叶える舞台はどこでもいいのだ。

 それに、ここは国中の知識が集まる場でもある。

 頭のいい人に巡り合えれば、新たな知見を授かる機会にだって恵まれるだろう。


 シュカはそんな淡い期待を抱いたが、所詮淡い期待は淡いまま。

 またもや玉麗の一言で霧散した。


『何度も申し上げておりますが、龍妃様が土いじりなどはしたない真似、断じて許されません』


 取り付く島もないというのはまさにこのことだ。


 結局、シュカがここで望まれていることは、大人しく宸柳のお渡りがあるまで待つことと、染み付いた農民臭さを清浄するべく礼儀を学ぶこと。

 ただそれだけしていればいいのだと、シュカの人生を蔑ろにされているような気持ちになった。


 だがシュカは、はしたないと言われていよいよ頭に血を上らせた。

 そのはしたないことを生業にして生きてきていたし、自分たちがこの城でのうのうと豪華な食事ができるのも、農民たちがはしたない土いじりをして食物を収穫しているからだ。

 感謝するどころか、小馬鹿にするとは。


 そんな人の言うことを何故聞いていなければならないのだと、憤る。

 

 怒りのままに部屋の外に出て、下女の一人を捕まえてその服を頭に挿してあった珊瑚の簪と交換してくれと願い出た。

 おそらく、この簪でこの下女の給金の三年分くらいになるだろう。

 あまりに不釣り合いな取引であったためか、下女はとんでもないと顔を真っ青にして断ってきた。


 だが、シュカにはその服が必要だ。

 今着ている袖の長い衣や、身動きのとりにくい裳などは邪魔で仕方がない。

 できれば、簡素なズボンがいい。下女のものは特に汚れることを前提に麻でできているので、軽くて作業をするにも涼やかだ。


 どうにかこうにか頼み込んで予備の服を貰うと、口止め料込みで簪を彼女に渡した。


 シュカはさっそくそれに着替えて、準備をする。

 久しぶりの身軽さに、少し感動してしまった。

 村で着ていたものよりしっかりしているし、小綺麗なものだがそれでもあの絹でできた上衣よりも肌に馴染む。


 あとは、一人になる機会を窺うだけだが、こちらは簡単だった。

 玉麗がいなければ、双子の侍女である春凛と華凛は怠惰であったからだ。


 シュカが一人になりたいと言えば、待っていましたとばかりに喜んで一人にしてくれる。

 部屋から抜け出すことも容易だし、もっと言ってしまえば後宮の中でもここ銀鬣宮は一番警備がゆるい場所だと言ってもいいだろう。

 基本的に後宮には主である宸柳と、仕切り役の宦官以外の男性は入れない。

 なので、警備といっても侍女と下女たちがウロウロしているだけで特段強固というわけではなかった。

 もちろん、後宮の出入り口には屈強な男性の兵士が侍っているので、そこを突破するのは難しいが。


 だが、抜け穴はある。

 本当に抜け穴と言っていい穴が、後宮を取り囲む塀に開いてあったのを見つけたのだ。

 おそらくそこから抜け出すことが可能だ。


 百年間の龍の不在の間、ここも随分と廃れたのだろう。

 龍帝が存在しないこの国は、天候を操ることができずに不安定で随分と荒れていた。

 そのしわ寄せが国民に来てはいたが、璜呂宮も決して無傷ではなかったということだ。

 あんな穴ひとつ塞ぐこともなかったのであれば、その困窮ぶりが見て取れる。


(……まぁ、自業自得だけど)


 シュカにとっては同情の余地もない。


 誰かに見つかる前に穴を潜り抜けて、後宮の外に出た。



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