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1.将彌月





 玉麗が去ったあと、数日間は代わりの侍女たちが世話をしてくれていたのだが、三日前に双子が舞い戻ってきた。


「本当に申し訳ございません、瓊妃様」

「今度は心をしっかりと入れ替えて、誠心誠意尽くさせていただきます」


 二人はシュカの目の前に跪き、しおらしい態度で頭を下げてきた。

 シュカに殴られた頬の腫れがようやく治まってきた頃なのだろう、顔にうっすらと青痣が残っている。その姿を見て、ざまぁないと思いながら、不遜に腕を組んだ。


「瓊妃様、不信感や怒りが燻っていることは重々承知でございますが、ここはどうか治めてくださいませ」

「うぇっ」

「きゃっ」

「わたくしめがしっかりと管理致しますので」


 新たな侍女だと紹介された将彌月しょうびげつが、双子の頭を上から押さえ付けて、シュカに申し出る。

蛙の鳴き声のような声を出して口をへの字に曲げる双子は、この彌月の監視下に置かれることになった。


 話を聞くに、彌月は丞相である将晧劾の姉らしく、藩家の縁者だらけの後宮にやってきた宸柳の回し者、ということらしい。ざっくりと言えばだが。

 大きな派閥の中に単身、別の家の者が乗り込むのは普通は躊躇うものだが、彼女には迷いがなかった。


 将家の人間は、権力におもねることもなく自由な気質な人ばかり。

 自分が仕えたいと思う主人にしか仕えない。

 自分の弟もまたしかり。


 彌月は切れ長の目を三日月形にしてころころと笑った。

 後ろ盾が大きいというだけの者に好き勝手させません、と。


 実際全力で瓊妃様をお支えします、と堂々たる様で言ってきた彼女は、よくやってくれているし、鈺瑤のところの侍女にも負けない気概を持っていた。

 双子など、彼女にたじたじだ。

 絶対服従を誓っているかのような態度で接している。


 そして何より、玉麗のように頭ごなしに厳しいわけではなく、彼女はシュカに自由をくれる。秀英が何か文句を言おうとしても、「陛下のお望みです」と言って彼を黙らせてしまうのだ。


 粛々と秀英の言葉を受け入れていた玉麗とは違って、はっきりと物事を言える人間らしい。


 おかげで今もどうどうと畑仕事もできていた。



「うぅ~……どうして私たちがこんなことを……」

「本当です……衣が泥だらけだし、身体も汗臭いです!」

「最悪よ~」

「最悪です」


 ぐちぐちと文句を垂れる二人に、シュカは鋭い視線を向けた。手に持っていた鍬を思い切り地面に突き刺し、仁王大地する。

 鍬の動きに怯えた春凛と華凛は、互いに抱き合って青褪めた。


「誰のせいでこの畑がぐちゃぐちゃになったかお忘れ?」


 低く凄む声で言うと、二人はピーピー泣き言を言う。


「だってぇ! 玉麗様がやれって言うからぁ!」

「そうです! やりたくもないのにやらされた被害者です!」


 よくもそんなことを言えたものだ。

 あれだけ楽しそうに房間の中を荒らして、絶望したシュカの顔を見て喜んでいたのを覚えている。どう考えてもやりたくもないものを嫌々やらされていたようには見えなかった。


「それでも実行犯は貴女たちでしょう? なら、しっかりと責任を取りなさい。それに、こんな重いもの持てないって泣くから、枯葉集めで許してあげているでしょう!」

「やだぁ! 汚れるぅ!」

「枯葉集めとか下女の仕事です!」

「文句言わない!」


 償いとして畑の整備の手伝いをさせているのだが、先ほどから双子が文句ばかりでうるさい。けれども、もういい! と投げ出してしまうのも癪で、二人を叱咤しながらどうにかこうにか枯葉集めをさせている。

 これが終われば、木枠を作ってその中に枯葉を入れて、堆肥作りをする。

 土臭いと忌避するそれを課すことで、今回彼女たちの贖罪とした。


 彌月が、双子にシュカへの贖罪のために畑仕事を手伝うようにと命じてきたのだ。けじめは必要ですからと言って。


「木枠から溢れるほどの枯葉が必要になるからね。今日それが達成できなければまた明日。明日できなければ明後日やってもらうから。しっかりね。衛兵の人に手伝ってもらおうとしてはダメよ」


 彌月はさすがに護衛もつけずに後宮に外に出るのはダメだと、衛兵を三人つけてくれた。邪魔にならないようにと畑を囲むように配置している彼らは、きっと双子に手伝えと言われたら断れないだろう。

 その前にしっかりと釘を刺すと、図星だったようで口をとがらせていた。


「こんなにこき使うなんてぇ」

「酷いです」


 シュカを罵りながらもそれでも懸命に枯葉を集めている二人を見て、随分としおらしくなったものだとシュカはクスリと笑った。

 以前なら、絶対に手伝わなかっただろうし、玉麗の目を盗んで怠けていた。


今は彌月が怖いというのもあるだろうが、シュカの鉄拳がよほど効いたのもあるのだろう。少し近づいただけで、二人は顔を引き攣らせる。


 もう無闇に人を殴ることはないのでそこまで警戒しなくてもいいのだが、扱いやすいので当分はこのままでいてほしい。

 そう思いながら、また鍬を振り上げた。


 踏み荒らされたとはいえ、元は柔らかくしていた土。以前ほど掘り返す作業は難しくはなかった。堆肥が埋まっている箇所を攪乱し、畝を作っていく。

 堆肥の予備がそこまで多くなかったので、新たに追加できる量は少ない。

 これでどこまで育つかは分からないが、また来春に向けて種を植えたいと思っていた。

 

――また人参の種を持ってこよう。

 宸柳がそう約束してくれた。

 それを楽しみに、何度でも鍬を振り下ろす。

 



ストックが切れたので、不定期更新になります。

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