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1.ソゴイのシュカ




 その日、瑞鳥が鳴き、龍華葵国第二皇子・宸柳のもとに龍が降り立った。


 吉報が国中を賑わせてから約半年。

 当時、ソゴイの村に住んでいたシュカは、村人たちが何かにつけてその話を持ち出して騒いでいるのを尻目に、一人で黙々と農作業をしていた。


 興味がなかった。

 その一言に尽きた。


 殿上人がどうなろうと、誰が国を治めようと、……今さら龍が降り立とうとも。

 民草である自分の生活は何ひとつ変わりはしないのだと。


 地面に鍬を突き立て、種を蒔き、そして大切に育てて食す。

 それだけで終始するのだと。


 ところが、ある日、それが他人ごとではなくなる。


 村の若き長、ソウケイがシュカを家に招き言うのだ。


「お前をこの村の龍妃候補として出す」


 またお小言かと、話半分に聞きながら林檎を齧っていたシュカは、その言葉に咽喉を詰まらせた。

 噎せこみながら、再度ソウケイに聞き返す。


「だから、お前を龍妃候補としてだなぁ……」

「私を龍妃候補に? 正気? 何かあったの? ソウ兄」


 シュカは本気で心配をしていた。

 何がどうなると、この自分にそんな大層な役目を負わせるなどという考えに及ぶのか。

 もはや、ソウケイが正気を失っている以外に考えられなかった。


 いわゆる、この村の鼻つまみ者である自分を龍妃候補など、どう考えてもおかしい。


「正気も正気だ。だが、龍帝が顕現されたとあれば、龍妃選びが行われるのが必定。国中から龍妃に相応しい女性を見つけるために、村から一人未通のおなごを出さねばならない」


 それは龍のご意志なのだとソウケイは厳しい顔で言ってきた。



 この国、龍華葵国は龍の庇護を受けた国だ。

 皇帝の目の前に龍が現れて神通力を授け、その力をもってして国を豊かにする。そうやって国は今まで繁栄してきた。


 龍から神通力を授かった皇帝――すなわち『龍帝』は、天候を操り、強靭な肉体を持つ。

 だが、その力を発揮するには、一人では叶わない。


 番となる龍妃の存在があって初めて神通力を操れるのだと言う。


 実際それがどのような方法なのかは、卑しい身分のシュカたちは知らないが、龍帝には龍妃の存在が欠かせないものらしい。


 龍妃もまた、龍が選定をする。

 その選定を受けるべく、国中から女を集めて龍妃を見つけ出すのだ。


「しかも、今年は百年ぶりの龍帝の誕生だ。いち早く龍妃を見つけてそのお力を安定させたいのだろう」


 ソウケイは思案顔でそう言ってきて、シュカはさらに呆れ顔になった。


 そもそも、百年もの間龍が現れなかったのは、当時の龍帝が龍妃を弑し、龍の怒りを買ったからだ。天罰であると神通力をはく奪されて、今の今まで龍の怒りが解けることはなかった。


 現れたということは、お許しを得たのだろう。

 

 だが、龍が現れなかった百年間、その煽りを受けたのは龍帝でもなく貴族連中でもなく、地を耕す民たちだ。

 きっと、お上の連中はその苦労すらも知らないのだろう。


 龍が現れたと喜ぶ姿が白々しくて仕方がない。


「それで? どうして私? 私なんかよりも喜ぶような娘がたくさんいるじゃない。ミンメイなんかそういうの好きそうじゃない」

「あいつはもう婚約者いるだろう。もう婚儀の準備が進んでいるのに、龍妃に差し出すなどできるわけがない」


 まぁ、兄としてはそうだろう。

 ミンメイと隣村の青年との婚姻を取りつけたのも彼だ。

 不義理を果たすわけがない。


 だが、一方でミンメイはシュカを龍妃候補としたと聞けば黙ってはいられないだろう。

 喧しく騒ぐのも目に見えている。

 そしてそれを一身に受けるのもまたシュカになるのだ。


「それだけじゃない。龍妃候補にはある一定の基準がある」


 基準? とシュカは首を傾げた。


 王宮からきたお触書を読んだソウケイ曰く。

 未通の娘であることはもちろん、黒髪で瞳の色が金色混じりであることが条件なのだという。

 金混じりの瞳は、内に秘める聖力が多い証拠なのだとか。


「聖力?」

「俺にもよく分からないが、龍妃になるにはそれが多く必要なのだろう」

「ふ~ん」


 シュカは金色混じりの黒の瞳を瞬かせる。

 たしかに、そんな瞳を持っているのはこの村ではシュカくらいなものだ。


「頼むよ、シュカ。もしも龍妃候補を出せなかったら、お上からどんな罰が下されるか……」

「重い税を課せられたり?」

「ようやく旱魃が終わって、皆生活を立て直し始めた頃なんだ。そんなことになったら、また食い扶持がなくなってしまう」


 ソウケイも村の長として、それだけは避けたいのだろう。

 その気持ちはシュカも痛いほどに分かる。


 先の旱魃でこの村も随分と人が減ってしまった。

 打ちのめされながらもようやく回復の兆しを見出したのに、ここで重税を課されてしまったら。

 シュカもそれは本意ではない。


 だが、こちらも一つ返事で承諾できない理由があった。


「……でも、私の畑が」


 命より何より大事な畑を放っておくことができない。

 首都・辰耀しんようまで歩いていったとしても約ひと月。往復で最低でもふた月はかかる。

 龍妃の選定を受けていたらそれ以上だ。


 その間、誰がシュカの畑を見てくれるのか。


 旱魃の中でも実った強い種を植えては、また強い種や変わり種を発生させて強い種を作る。

 そしていつか、少ない水分でも十分に育つ種を作り出せるようにと願い、日々手を尽くしている畑だ。


 絶対に放置はできない。


「それについては俺が面倒を見る」

「ソウ兄が?」

「あぁ。大丈夫だ。今までもお前の手伝いをしてやってきただろう? 要領は得ている」

「そうだけど……」


 だが、我が子を他人に預けるような、そんな辛さがあるのだ。

 たとえ村で一番信頼を置いているソウケイに預けるとしても、やはりどことなく後ろ髪を引かれる心地がした。


 ところが、ソウケイはシュカが渋ることなどお見通しだったようで、切り札を用意していたのだ。


「俺が昨年採取した種と、我が家の肥料を分けよう」

「乗った」


 手に入りにくい肥料をもらえるのは願ったり叶ったりだし、種はいくらあってもいい。

 強い種を作るにはいろんな土で育ってものが必要だ。


 辰耀に行って帰ってくるだけでそれが手に入るのであれば、安いものだろう。


「それで、いつから行けばいいの?」

「明日、辰耀行きの馬車が迎えに来る。それに乗ってくれ。旅銀もそこで渡される」

「分かった。じゃあ、パッと行ってパッと帰ってくるよ。どうせ私なんて龍妃に選ばれるわけがないんだから」





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