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13・価値観の違い



「そんな顔をするな。ちゃんと礼は持ってきている」


 よほど酷い顔をしていたのだろう。

 少し焦りを見せた宸柳は、懐から金紗唐草紋様の巾着を取り出した。

 ポン、と手の上に乗せられた瞬間、ジャリという音が聞こえてくる。それが何の音かすぐに分かったシュカは、ギョッと目を剥いた。


「こ、これは?」

「礼だ」

「お金ですか?」

「そうだな。礼はこれが一番だろう」


 悪気も何もなく言う宸柳に、シュカは眉間に皺を寄せた。


「何だ、その顔は」

「ご冗談でしょう? という顔です」


 不快さを滲ませて言うと、宸柳は顔を強張らせる。

 金子は万人が喜ぶものだと彼は思っているのだろう。

 たしかに、貴き身分の人たちは、貨幣で物を買い腹を満たす。

 けれども、皆が皆そうではない。


「私は貨幣の使い方を知りません。故郷では物々交換でした。貨幣があっても、腹は膨れないのです。……その考えは璜呂宮に来た今でも変わりません」

「だが、市場に下りてこの金で食べ物を買えばいいだろう?」


 使い道ならばいくらでもある。何をそんなに意固地になっているのだと、宸柳はわけが分らない様子だった。


 これは、シュカが卑屈になっているのだろうか。

 やはり、親しみがあってもやはり宸柳は龍帝で、シュカとは住む世界が違うのだと思い知らされる。


 彼は知らないのだろう。

 この国の大半の人間がどのように暮らしているのかを。

 耳でそれとなく話を聞いていても、実際目で見ていない。

 シュカのような農民の暮らしを話しても、実感が湧かないのだろう。人間、実体験を元に物事を考えることがほとんどだ。

 

 ここに来るまで、宮廷にいる人たちの暮らしをシュカが想像できなかったのだと同じように、宸柳もまたシュカがどのように食べ物を得ていたのかも想像できない。

 物々交換と一言で言っても、結局は自分の価値観でしか考えられないのだ。


 それをここで責めても仕方がない。

 宸柳が悪気があるわけではないのだ。

 ただ、知らないだけ。知る機会がなかっただけだ。


 ――けれども、どうしても腹の底がズンと重くなる。

 重石が呑み込んだように、やるせなさで息ができなくなりそうだ。


「……どうした? 何か気に障ったか?」


 唇を噛み締めて俯くシュカを、宸柳が気遣わしげに覗き込む。

 シュカは、懸命に咽喉に詰まった重いものを飲み下し、深く息を吐いた。


「いえ。……ただ、私は、お金はいりません」


 小さく首を横に振って、ただそれだけを伝えた。


 せっかく気を遣って持ってきてくれたのにと、申し訳ない気持ちと、宸柳の無神経さへの苛立ちと、どっちつかずの想いがごちゃ混ぜになる。

 こういうとき、土の上に寝転がって空をただ茫洋と見つめるのだが、今はそれもできない。


 シュカの想いは、腹の中にどうにか納まらせるしかない。


「……よく分からないが、金子は嬉しくないということか」

「別にお礼が欲しいわけではないので、気にしないでください」


 そもそも、秘密の畑の存在をバラさないようにと口止め料のようなものだ。

 礼をもらう筋合いでもないだろう。


 だが、宸柳は難しい顔をして何かを考え込む。

 そして、そっぽを向くシュカに向かいはっきり言うのだ。


「次までまた違うものを用意しておく」


 いらないと言っているのに、と答えようとしたが、その前に彼は踵を返して去っていく。

 シュカは釈然としない気持ちのまま木桶を持ち、水をくむために井戸へと向かった。



(そういえば、人となりを探れと言われたけど、結局何をどう探ればいいんだろう)


 シュカは、銀鬣宮に帰り瓊妃に戻っても、宸柳との会話が忘れられなかった。最後、気まずい雰囲気になってしまったためにあやふやになっていた。


 けれども、おそらく彼は瓊妃を信用したいのだろう。

 だが、自分自身でそれを確かめることができないから、シュカを使って情報を集めて確信を得たい。


(随分と甘っちょろい人だこと)


 ここに一年しかいないシュカでさえ、人をそうそう簡単に信用してはいけないと学んだ。口ではいいことを言いながら、腹の中では反対のことを考えている。表に出るものがすべてではないと心しておかなければ生きていけない。


 宸柳もそれは分かっているだろうに、会ったばかりのシュカに探らせるのか。

 裏を返せば、彼はシュカを信用しているということになる。


 考えないのだろうか。

 シュカが裏切って秀英に告げ口するかもしれないと。

 そうなれば、追い込まれるのは宸柳であるのに。

 まるで、幼子のような無垢さでシュカに真っ直な言葉寄越す宸柳。

 自分の後宮に足を踏み入れられてもなお、龍聆の良心を信じようとしている。

 周りが悪意だらけだと分かっていながらも、一本芯のようなものを持った純粋さでそれに真正面から対峙しようとしているのだ。


 嫌な人ならば、はっきりと突っぱねることができるし、怒ることもできるのに。

 悪気がなく、ただ懸命なだけだと分かるから消化不良になるのだ。


 まだ会うのは気まずいな……と考えながら、今日もシュカは着替えて畑に向かう。


 すでに初夏の陽射しになり、暑さも増した。

 芹菜はすっかりと育ち、白い花をもうすぐで咲かせそうだ。

 このまま陽射しがきつくなりそうならば、日よけでも作ろうか。


 そんなことを考えながら生垣をより分けて、隠されたその場所に足を踏み入れた。

 ところが先客がいて、シュカは思わず足を止める。


 しゃがみ込んで畑を見下ろしているその後姿は、宸柳だった。

 

 気付かれないうちに逃げてしまおうかと思ったが、彼が畑に伸ばしているのが見えて慌てて近寄った。




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