序章
――拝啓、龍帝陛下。
実家に帰らせてください。
瓊妃
たったそれだけを上等な紙にしたためて、シュカは筆を置く。
今日のは渾身の出来だ。
墨が乾いたのを見計らって、三つ折りにして封をする。
これで完璧だと、シュカは胸を張ってそれを侍女の姚玉麗のもとへと持って行った。
「これを届けて頂戴」
「……これは?」
玉麗のこめかみがピクリと動く。
主であるシュカに対し、厳しい顔を見せるこの侍女の態度はいつものことだった。
だが、今さらそんなことは気にしていられない。
シュカは負けじと手紙を差し出した。
「龍帝陛下へのお手紙です」
「また実家に帰りたい、ですか?」
「はい。私、それしか文字が書けませんから」
むしろ、そのためだけに練習したと言ってもいい。
ただ、シュカが訴えたいのはこれだけなのだ。
ところが、玉麗は眉間に皺を寄せて手紙を奪うように手に取ると、側にいた侍女にサッと渡す。
「何度も申し上げておりますように、それはできません。手紙はこちらで処分させていただきます」
「あ~! せっかく上手く書けたのに~!」
手紙を渡された双子の侍女、春凛と華凛はコロコロと鈴が鳴るように笑いながら頭上に手紙を掲げる。
取り返そうと背伸びしたシュカだったが、その上背が低いために手が届かない。
そもそも、無駄に着飾られた服と装飾品が邪魔で、上手く動くこともできなかった。
結局春凛が手紙を懐に入れて部屋を出る。
おそらくそのまま破棄されてしまうのだろう。
シュカはそれを目で追いながら肩を落とした。
(ただ実家に帰りたいだけなのに……)
それは絶対に叶えられないのだと、ここにいる皆が口を揃えて言う。
シュカはここで一生過ごす命運にあるのだと。
寒梅が覗く、格子窓に視線を向けた。
籠の中の鳥とはまさにこのことだ。
屋根の上にある龍の像すらも、自由に見えて羨ましい。
いっそのこと、あれが龍に化けてシュカをここから連れ出してくれないだろうか。
重苦しい溜息を吐いて、暗澹たる気持ちで椅子に座る。
もうシュカには、無為に過ごす日々は苦痛でしかなかった。
――ここは龍華葵国・璜呂宮。
龍の庇護のもと、龍帝が治める国の中枢。
農家の娘であったシュカが、突然龍妃に選ばれて閉じ込められている場所でもある。
今日もシュカは、実家に帰りたいと一人嘆くのだった。