忍者はドラゴンに恋をする。
ドラゴン。
大きな体躯を持ち、背から生えた翼で空を舞う。
口から火を吐き、鋭い爪で全てのものを無に帰すその姿は、人々の畏怖の対象であった。
赫き鱗を纏う彼女は、富士よりも高く聳える岩の上に棲むという。
俺は今、その岩をよじ登っている。
忍者。
闇に紛れ、諜報、暗殺ーー主人に命じられたことを遂行する。
「あんた、それはそれは忍術に長けた忍びなんだそうじゃないか。ちょいとあの忌々しい石竜子を殺してきておくれな」
新しい主人がそう俺に告げたのは、ふた月ほど前のことだった。
俺は、出没する度に対象を観察し、癖や行動の特徴、弱点を探った。
対象を知る。
それが暗殺の鉄則だ。
しかし、炎を纏ったような赫き姿で、人々を薙ぎ払い、村を壊してゆくその姿を何度も見る内、俺の中にある感情が芽生えた。
ーー俺は、彼女に恋をしている。
「あれに恋をしただぁ? 遂に気が狂っちまったのかい?」
友人さえも理解してくれぬのだ。
ただの知人や村の者に至っては、異端だと言って、俺をつま弾くようになった。
目を瞑れば、容易に赫き姿が浮かびくる。
彼女の炎に焼かれたかのように想い焦がれ、彼女の爪で心臓を握られているかのように胸が痛むのだ。
これを恋と呼ばずになんという!
嗚呼、俺は、彼女に喰われたい。
血肉となり、永遠に共に生きたい。
人々が粒より細くなるほど登ったところで、忍具が壊れさった。
うっすらと雲がかかるほどの高さのときに、両の掌から皮膚が消えた。
雲の海を抜ける頃には、胸以外の痛みが失せた。
青く蒼く広がる天に、紅が一点。
美しく、気高く、隠すことなく牙をむき、力を奮う。
そんなあなたに、俺は、恋をしたのだ。
闇を生きる俺と、対極のあなたに。
岩の端から彼女が顔を覗かせている。
パチリと視線が合わさった。
『私も貴方をお慕いしているのです』
幻聴ではない。
確かに、彼女がそう、語りかけてきた。
こちらを見つめる瞳から、何かが零れ落ちた。
それは眩く光を反射しながら、俺の額を打った。
疲労の詰まった身体にとっては、致命的であった。
ぐらり、と体勢を崩し、真っ逆さまに落ちてゆく。
いや、落ちていない。
翔んでいる。
彼女の背の上に乗り、翔んでいる。
彼女の瞳から、とめどなく金剛石が溢れくる。
村々へ、雨の如く降り注ぐ。
俺は、彼女と同じ色に染まった手でそれを掬った。
そして、彼女の涙にそっと唇を寄せた。
遥か下方に生きる者の言葉など、気にもならない。
どうか、どうか、このまま、永遠に……。