箱の中身はなんでしょう
翌日、時間割で言えば六限目の時刻、俺は図書室に来ていた。
元々利用者数は多くない場所だが、今は文化祭準備の時間だからか、利用者どころか司書の先生すら見当たらない。しかし照明はついており鍵も開いていたので、きっと奥のほうで何かやっているのだろう。
因みに規模はそんなに広くない。俺のいた中学校とあまり変わらないくらいだ。違うことといえば、検索用のパソコンと自習用のスペースが設置されてることくらいか。
俺がそこの、貸出禁止の本が並べられた棚の近くにあった椅子に座り「平成十八年度版豊元高校生徒活動録」を読んでいると、正面入口の引き戸が荒々しく開かれ、不機嫌そうな顔をした辰郎が入ってくる。できるだけ音を立てない作りになっているようで、扉が端に衝突する音さえも鈍く柔らかな音に変わっていた。
「ホント何なんだろうねあの石頭、こっちが事件について聞きたいって言っただけで拒絶反応出して説教はじめたよ。こっちは道徳の授業受けに来たじゃないってのに」
隣の椅子にドスンと座り、悪態をつく。
辰郎は、昨日の調査の結果、当時の生徒が教師の中に、長谷川先生の他にもう一人だけいることを突き止めた。今日は長谷川先生はお休みらしく、そのもう一人の方に話を聞きに行ったはずだがだが、どうやら失敗したようだ。あのオヤジ相手なら仕方ない。
「まあ、はばかられる話ではあるしな」
「それにしたってあれはどうかと思うよ。臭いものに蓋をしてるっていうかさ、生徒の自主性を軽んじてるっていうかさ。カズの方では何かわかった?」
「二人共美術部だったらしいぞ」
俺は読んでいた本の、堀根楓と二隅陽子の名前があったページを開き、それを指さす。その本には、年度毎に在校していた生徒たちの名前が全員分細かく載せられ、その横に部活と委員会だけが書いてあった。
「……それだけ?」
「それだけ」
もちろんこの本には元生徒達以外の情報も載せられていたが、自殺した二人に関する情報はこれしか見つけられなかった。他の本も何冊か読んでみたが、自殺のことになどわずか程も触れられていなかった。
「あぁ……じゃあもう昨日の情報だけで考えるしかないねぇ」
いや、明日長谷川先生に聞くという手は考えないのだろうか。先生でもすんなり教えてくれはしないだろうが
「そういえば聞いてなかったな。昨日はどんなことがわかったんだ?」
「それならコピペしてまとめてるよ」
辰郎はそう言って携帯を俺に渡す。開かれたテキストに書かれていた情報は要約すると、こういった具合だ。
・堀根と二隅は同じ美術部員で、二人共大会やコンクールで上位に食い込む実力者だった
・堀根は豊元高校から電車で二十分ほどのところにある鳴代展望台から落下して事故死、第一発見者は高田弘(39) キノコ狩りに来ていたところばらばらになったキャンバスなどの画材と一緒に死体を発見 死後二十四時間時間以上経過しており死亡推定時刻はハッキリせず
・二隅は自宅での拳銃自殺、第一発見者は妹の二隅晃子(16) 深夜12時丁度に発砲音を聞き駆けつけたところ、自作と思われる改造ハンドガンと共に死体を発見、両親も続いてすぐに駆けつけ、警察と病院に電話する
・二隅の自殺は、後のモデルガン規制の一因となった事件の一つ
「もうわかってたのかよ」
図書室に来てまで調べた、俺のなけなしの情報を。
「だから言ったんだよ、この情報で考えるしかないって」
俺の向ける視線を、辰郎は嘲笑のような表情で返す。こいつから馬鹿にされると、他人の五割増しほど腹が立つ。
と、そこで俺が手に持つ携帯が震える。画面にはメールを受信したという表示。
「おい、メールが来たみたいだぞ」
「ああ、ちょっとごめん」
辰郎は携帯を取り、メールを開く。すると驚いた表情になって「うぇ」と声を声を漏らした。
「どうしたんだ」
俺は本の方に落とそうとしていた目線を、辰郎の方に向け直す。辰郎は携帯の画面をこちらに向けながら言った。
「なんか元在校生からメール来たんだけど」
「はあ?」
その画面の文字を読む。
『お初にお目にかかります。私、事件当時豊元高校に在学しておりました者です。
貴方様が当時の事件をお調べになっていると聞き及び、こうしてメールを遅らせていただいた次第です。
情報提供をお望みとのことですが、どういったところからお話させていただけばよろしいでしょうか。』
聞き及び? お望み? なんじゃこりゃ?
「ああそれね。それは昨日事件のことを調べるときに、色んな掲示板で情報求めてたからだよきっと。このメールが届いたのも、その時晒してたアドレスだし」
なるほど。しかしそうなると、この人は辰郎の書き込みを見てメールを送ってきたことになるわけだが、文面を信じるならこの人は、長谷川先生と同じくらいの年齢ということになる。五十代が匿名掲示板ねぇ。
「釣りなんじゃないか?」
「その可能性が高いよね、証明できるものが無いか聞いてみよう」
そう言って辰郎はメールを返信する。疑ってはいても同時に期待もあるのだろう、口元が緩んでいる。少し待つとメールは直ぐに帰ってきた
『お返事ありがとうございます。
申し訳ありません。証明と言われましても、何せ三十年以上前のことですので、学生証などは行方しれずなのです。
代わりと言ってはなんですが、私の知る生徒の中に、大城直樹というお亡くなりになったお二人と同じ部活に所属し仲の良かった後輩の方がいらっしゃいます。学校のほうで調べていただければわかると思いますが、これでは証明にはなりませんでしょうか?』
「あ、いた」
俺は持っていた本から大城直樹の名前を見つけ出し指差す。
「え? ホントに? ただの出任せかと思った」
「つまりこいつは信用していいのか?」
画面に映る文面を見ながらそう尋ねると、辰郎は腕を組んで考えこんだ。
「そうだねぇ、仮に在校生じゃなくても、知ることが不可能って情報ではないし……それでも何かしらの関係者である可能性は高いんだよねぇ」
そうやってうんうん唸りながら悩んでいたが、俺は口を出さない。釣りかどうかの判断なんて、迷惑メールが限界だ。
「……うん、信じてみよう。聞いてるうちに矛盾が出てくるかもしれないし」
辰郎はとりあえずと言った風にそういった。考えるのを諦めたらしい。
『堀根楓さんと二隅陽子さんについてわかることを教えて下さい』
『お二人共、非常に優れた芸術の才覚をお持ちになった人でした。絵画のコンクールでは、お二人の名前があるのが当たり前になっていたようですが、どちらかと言えば二隅さんのほうが優秀と認められることのほうが多かったらしいです。
堀根さんはわかりやすい芸術家基質の方で、二隅さんに上を取られるたび、非常に悔しがっていたようですね。絵画一筋というスタイルながらも社交性も持ち合わせていたので、部の後輩からも非常に人気があったと聞き及んでおります
それとは対照的に二隅さんは、絵画以外にも様々なものを嗜んでおり、文化人などといった言葉が似合う方でした。芸術家よりゲーテを尊敬していたという話も聞きます。しかし、社交性に富んでいるとは言い難く、後輩でも彼を慕っていたのは大城くんぐらいしかいなかったようです』
『堀根さんの事故死は、一部では自殺と言われているようですが、それは何故なのでしょう?
また、二隅さんは改造拳銃での自殺と聞きましたが、彼女はそういったものにも詳しい方だったのですか?』
『申し訳ありません、自殺と言われている原因は存じておりません。ですが、堀根さんは生前より儚げな雰囲気のある方でしたので、当時そういった噂もあったような気がします。
二隅さんについては、そういったことはなかったようです。しかし、堀根さんの死後、そういった勉強をしている様子が見受けられたとのことです』
『堀根さんの事故死と二隅さんの自殺は同時期では無いのですか?』
『同時期とも言えますが、正確には一ヶ月足らずほどの隔たりがありました。』
メールの履歴を読み返してみるが、俺にはさっぱりわからない。
まだ三通しか送ってなかったのに、辰郎はまた腕組みをして考えこみ、返信をやめてしまった。しかも先ほどとは違い、今度は完全に無言だ。一体何について考えてるのか、それすらも俺にはわからなかった。
このまま考えだしてもう何分立つのか、と時計を見て気づく。もう帰りのホームルームの時間まで五分もない
「おい、タツロー」
返事がない。すっかり自分だけの世界に入り込んでしまっているようだ。
「タツロー!」「ぉうわああ!?」
俺が図書室にはふさわしくないボリュームを出すと、辰郎は本当に驚いたようで椅子から転げ落ちてしまった。
「何だって言うのさ! やっと考えがまとまってたのに!」
「もうホームルーム始まるぞ、返信はその後だ」
俺が親指で時計を指すが、辰郎は携帯で時刻を確認する。
「いや……もういいよ」
そのまま返信画面を開き、『ありがとうございました』とだけ書いて送ってしまった。こいつ、もしかして今ので拗ねたのか?
「おい、なにやってんだ」
「なんとなく、わかった気がするから」
辰郎はそう言いながら立ち上がる。拗ねたというよりは、何だか妙に元気がない。
「あとは、うん、現場に行こう。現場検証だよ」
そう言って、携帯をポケットに仕舞った。
鳴代駅は寂れた駅ではあるが、決して終点やその手前の駅というわけではない。大きな駅に2つに挟まれる位置に存在し、快速列車も止まる。通勤や通学の時間帯にここで降りる者はほとんどいないため、大半の乗客たちには「ここに止まらなければ二、三分早く着くのに」と疎まれている駅の一つだ。改札機などという高級なものはなく、代わりに雨風がしのげればいいやといった体の建物の中でうたた寝をしている駅員が切符の確認をする。
快速でも止まるのは、きっとこの展望台が原因だろう。展望台と言っても、実際は崖に柵がされてあるだけなのだが、何せ景色がいい。今日のように晴れていれば、日本有数の高さを持つ山とその下に広がる広大な森を一度に見ることが出来る。そのためこの街に来る旅行者の中には、この展望台を目的にしている者も多いのだ。
「風が強いわけでは無いんだな」
展望台に着くと、少し冷たいが心地良い秋の風が頬を撫でる。空はすでに紫色が滲み始めているが、その巨大な一つのシルエットのようになった山と森には、地元民である俺ですらいくらかの感動を覚えてしまった。
直ぐに辰郎が柵の方に駆け寄っていったので、俺はそれにゆっくり歩いて付いていく。景色は見事なものだが、この展望台自体には特にこれといったものは置いておらず、低い柵と植えてある木と「危険!」とイラストの付いた立て看板くらいしか無い。しかし、地面が芝生なのでレジャーシートを広げてピクニック気分を味わうにはいいだろう。
そんなことを考えながらぼうっとしていたが、目の前の光景を見て我に返った。
辰郎が柵を乗り越えようとしている。
直ぐに駆け出した。何考えてんだバカ!
辰郎が柵の向こう側の地面に着地するのと同時に、その手首を掴む。
こんな短い距離だったが、息切れをし、脇腹が痛むのを感じて運動不足を実感する。だが、振り返った辰郎はそんな俺を見てケラケラ笑っていた
「何やってんのさカズ。焦りすぎでしょ、よく見てごらんよ」
怒鳴りつけようかとも思ったが、その前に言われたとおりにカズの足元を見てみる。
「なんだこれ……」
そこには柵の内側と同じように、平らに芝生が広がっていた。いや、よく見るとなだらかな坂になっているのがわかる。地面が無くなってるのはそこから四、五メートル先だ。
「自殺しようとしてるようにでも見えた? 流石にないって」
辰郎はそう言って柵を飛び越えこちら側に戻ってくる。小さな水路にかぶせてある金網の上に着地し、カシャンと音を建てた。
「お前、ビビらせんなよ……」
はああ、と肺の奥から息が漏れる。この数秒だけでどっと疲れた。
「ごめんごめん、じゃあ戻ろっか」
辰郎は駅の方を指さす。
「は? もういいのか?」
「うん、メインは駅の方だから」




