箱の中身はなんでしょう
ここにいると、俺達二人は全生徒から迫害を受けたのではないかという気がしてくる。
この校舎をコの字で表すとすれば、上の部分に生徒たちがキャッキャと楽しそうに文化祭準備をしている普通教室が、そして下の部分に俺達二人がいる薄暗くて埃っぽい特別教室が集まっている。その間の縦棒は、俺達に楽しげな声の反響を届けてくれる階段や廊下だ。
「あぁわかった、Hでしょ」
「ほう、理由を聞こう」
照明の代わりに大きな窓から夕日が指す、小汚い物置。
俺と、その昔馴染みである伊集院辰郎は、そこで退屈を紛らわすためにクイズを出し合っていた。
「STは1st、NDは2nd、って具合に当てはまるから、STNDRDTって来れば次は4thのHじゃないかってね」
「正解、やるな」
俺はそう言って、中身をあらため終えた引き出しを閉じる。本で読んだ問題だったが、この活字離れがそれを読んでるということはないだろう。
別に俺達は準備をサボってこんなところにいるわけじゃない、担任教師から少しお使いを頼まれているだけだ。
ここ、文芸準備室には様々なものが保管されており、それらは文芸などというジャンルにはおおよそ縛られていない。つまり物置だ。その中には当然文化祭で使うようなものも紛れ込んでいるため、こうして取りに来させられるのは珍しいことではないのだが……
「やっぱり無いよねぇ、和紙」
辰郎は次のクイズが思いつかないのか、そんなことを呟く。和紙を探し始めてもう三十分は経ってる。クイズを始めたのは二十五分前だ。
「こんだけ探しても無いんだ、もう諦めたほうが良くないか?」
俺は傍にあったパイプ椅子を広げて座り込んだ。オレンジ色の日差しが、クッションから舞う埃を照らす。
だが辰郎は、十五歳にしては小さなその背中をこちらに向けたまま、今中を探っている一番下の大きな引き出しを閉めようとはしない。
「そうだね、ここを調べ終えたらそうしようかなぁ」
話しながらも辰郎は、引き出しの中身を出してはその正体を確認するという不毛な作業を続ける。
「それより和巳、次の問題なんだけど」
「ん? ああ」
クイズはこいつの得意分野なのだが、それは回答者側の時に限るらしい。出題の時は時間がかかることが多く、しかも大抵つまらない問題だ。頭はいいが、知識が足りない。容姿も子供っぽいが、頭の方も子供の性質を受け継いだままのようだ。
「顔が六つで目が二十一個の……あ、これ和紙かな」
「サイコロだろ。見つかったのか?」
辰郎は振り返り、手に持ってるものを見せてくれる。それは蓋が黄色と桃色の和紙で作られた、長方形の弁当箱のようなもので、パッと見ただけでもかなり古びているようだった。
「古すぎるだろ。和紙って毎年使うものなんじゃないのか?」
「たしかにそうだねぇ……、うわっすごっ、見てよこれ」
辰郎が箱の底の方をこっちに向ける。そっちは新聞紙で作られているようだ。そこには『およげたいやきくん 空前の大ヒット!』と大きな見出しで書かれてある。
「確かに凄いな……およげたいやきくんってまだレコード時代だろ」
「昭和51年だってさ。西暦だと何年だっけ」
「とりあえず開けてみろよ」
喋ってばかりで開けようとしない辰郎を急かす。
「それがさ、開かないんだよねこれ、糊が溶けてたのかも」
箱を借りて自分でも試みてみたが、確かに開かない。というかあまり無理に力を加えると、すぐに壊れてしまいそうだ。
「何か紙っぽいものが入ってる感触はするんだけどねぇ」
俺は椅子から立ち上がった。
「もうその引き出しは終わったのか?」
「うん、もうそれくらいしかなかったよ」
引き出しの中を見てみると、あとはよくわからない布や画用紙が入っていたと思われるゴミしか入っていなかった。ため息が出る。
「しょうがない、先生にはこれで許してもらおう」
俺達はその部屋を後にした。
俺達の担任教師、長谷川アキコ先生は、楽しげな声の中心で他の生徒達と一緒にせっせと小道具を作っていた。ふくよかな体型と優しげな表情のせいで、昔話の母親が息子のために夜なべをしているような印象を受ける。しかし実際は夫とは離縁していて子供もいないらしい。
ここ、豊元高校の文化祭での出し物はある程度学年ごとに決まっている。一年生は演劇だ、時折廊下や別の教室から聞こえてくる仰々しい台詞はその練習だろう。
「あら、おかえりなさい六嶋くん、伊集院くん。和紙は見つかった?」
椅子と机はすべて掃除をする時のように後ろに寄せていたので、作業をしている人は皆直に床に座っていた。長谷川先生もその例に違わず正座で作業をしていたが、こちらから声をかける前に、立ち上がって自分のほうから近づいてきてくれる。
この辺りが生徒人気に繋がっているんだろうなあ、と感心する。優しい、穏やか、生徒の気持ちをわかってくれる、生徒からも他の教師からも長谷川先生はそんな風に評価されていた。
俺が返事をする前に辰郎が答える。
「すみません先生、結構探したんですけど見当たらなくて」
「そうだったの。ごめんなさいね、あの部屋寒くて埃っぽかったでしょう?」
確かに埃はすごかったが、まだ秋も中頃、寒いかと言われれば別にそうでもない。照明のおかげで印象はぜんぜん違うが、温度はこの教室とそう変わらないだろう。
「いやあ大丈夫でしたよ、窓も開けてましたし」
「あと一応、これかもしれないってやつ持ってきたんすけど。なんか開かないから中身がわかんなくて」
俺は一歩前に出て片手で鷲掴みにしてた例の箱を、先生に渡す。すると先生は口に手を当て驚いた表情をするが、すぐにまた笑ってその箱を受取った。
「……どうしたんすか?」
見慣れない表情だったので、つい聞いてしまった。笑顔と困った顔以外の長谷川先生は珍しい。
「いえね、懐かしいものが出てきたと思っちゃって」
ふふふ、と先生は声に出して笑う。先生はこの箱のことを知ってるのか、そう尋ねると
「そうねぇ……、知ってるっていうより、これ私が作ったものだもの、学生時代にね」
「ホントですか!?」
俺が驚く前に辰郎が驚く、頭の回転の早さはリアクションのレスポンスにも影響するのだろう。
「ええ、もう三十年以上も前のものよ。よく見つけられたわね。本当に大した偶然だわ……奇跡みたい……」
先生はその箱を抱くように胸に当てる。長谷川先生がこの学校の生徒だったのは初耳だが、やはりその頃のものが出てきたとなると、ただの箱でも思うところもあるのだろう。
「じゃあ先生、やっぱりその箱の中身は和紙じゃないんですか?」
それを察していないのか、辰郎は無粋な質問を投げかける。箱を作っただけなのに今何が入っているかまでわかるはず無いだろうに。
「いえ、違うと思うわ」
なんで分かるんだよ。
「じゃあ何が入ってんすか?」
もしや自分がいた頃から中身は一切変わっていないと思っているのか。少し意地悪な好奇心が顔をのぞかせる。
「えーと、そうね……」
尋ねたら尋ねたで先生も考えこんでしまった。やっぱりわかってないのだろうか。数秒の沈黙の後、先生はまた口を開く。
「浅見くん、貴方謎解き好きだったでしょう?」
「え? は、はい」
慌てて辰郎が答える。好きだっただろうか? クイズならよくやっているが
「なら、私からの出題よ。この箱の中身を考えてみてくれないかしら? 当たれば出してない課題のプリント、チャラにしてあげるわよ」
なるほど。そう言っておけば、この場で答えずとも自分は知っていたことにできる。うまい躱し方かも知れないが、使う場面がせこい。
「やります! やります!」
子供らしく元気な返事だ。
「じゃあ、この箱は預かっておくから、わかったらおしえてね」
そう言って先生は、箱を両手に抱えたまま教室から出て行ってしまった。
その後、俺達は先生が抜けた小道具の仕事の穴を埋めることになり、結局最終下校時刻の八時まで残ってしまった。早く帰りたいと思っていたわけではないが、そこまでやる気があったわけでもない。帰り道が真っ暗なんて、高校に入ってからは初めての事だった。
自室についた。枕周りに本が積まれたベッドに座り、そのまま上半身を預ける。学校で気を張っていたつもりはないが、こうしていると隠れていた眠気がワラワラ湧いてきた。
これは駄目だ。さっさと風呂に入ってしまおうと体を無理やり起こすと、鞄の中の携帯が鳴る。どうやらメッセージを受信したようだ。
辰郎からだった。
『すごいのみつけたかも
http://~』
本を読まない代わりというわけではないが、辰郎は人一倍ネットに強い。貼られていたURLをタップすると、文字と広告と数個のリンクだけの、手作り感漂うページに飛ばされる。
そこには「豊元高等学校事件」という大きなゴシック体のタイトルと、その事件の概要が簡単に書いてあった。どうやら昔ウチの高校では二人の自殺者が出たらしい。名前は堀根楓(17)と二隅治子(17)昭和五十一年の話のようだ。
まさかうちの高校から自殺者が出ていたとはと、少し驚きもしたが、昭和51年といえば俺たちが生まれる倍以上昔の話だ。そういうこともあるのだろう。辰郎には『そんなことあったんだな(-д-;)』とだけ返しておいた。
さて風呂に入ろう、と携帯を置こうとするとまたメッセージ。このまま続けるつもりなのか、内容によっては無視しようと内容を読む。
『先生って54歳だったよね?』
『もしそうであれば、当時先生は16歳ってことになるから、学校にいた事になるんだよ』
『あとおよげたいやきくんが出たのもその年』
辰郎がこんなものを見つけてきた理由がわかった。こいつ、箱の中身をネットの情報から当てようとしてるんだ。確かにノーヒントだったのでそうするしか無かったのかもしれないが、笑うべきか感心すべきか、こいつは先生の適当な冗談を信じきって、結果こんなものを探りだしたのだ。
大いに好奇心がそそられた。不謹慎かもしれないが、ここには事件当時の生徒がいるのだ、何かネットではわからないような事も知っているかも知れない。
見つけたものをわざわざ俺に送ってきたということは、俺にも一枚かませる気だろう。『明日学校でも調べるのか?( ̄ー ̄)』
『うん、今日はもうちょっとこの事件のことを調べてみるよ』
『協力してくれるかいワトスン君?』
なんでこいつは探偵気取りなんだ。グーグルに頼る探偵なんて聞いたことがない。
『俺がワトスンならお前は明智君だな(゜ω゜=)』とてもホームズとは言えなかった。




