タハリール広場
サルマは集中し魔力を練る。
紅い光が杖先へと収束した。
━━サルマは魔術師+調教師のセカンドである。
調教師を極め、魔術師に就いている。
街中ということで今日は連れていないが、砂獅子をテイムしている。マハムードとダニヤに協力してもらい、漸く仲間にできた相棒である。
サルマが詠唱し始めると、デススコーピオンが迫る。カサカサと数秒で距離を詰める速さで足を動かす。
「アイスウォール」
ダニヤは分厚い氷の壁をデススコーピオンの通り道につくる。気にせずデススコーピオンは突っ込みガラガラと氷の壁が崩壊する。1秒と時間を稼げていない。
全くの足止めにもならなかったことにダニヤは顔をしかめる。
「━━手に集いし数多の精霊たちよ 我射つは緋き焔━━火炎矢」
ギリギリ間に合ったサルマの放つ炎の矢がデススコーピオンの目へと飛ぶ。
突き刺さり、目から白煙をあげ悲鳴じみた声を辺りに響かす。
ダメージは与えているが、致命傷にはほど遠い。
「……倒せないわね…」
と、こめかみに汗を滴すサルマ。
動きの止まっているデススコーピオンを見て次の手立てを考える二人。
と、その時マハムードの魔法が完成する。
「━━━真の剣と一つとなりて 紅き光のもとに全てを灰塵と化せ━━火焔剣」
深紅の炎が迸り1本の剣が顕現する。
切ったもの全てを焼きつくす熱量を帯びたそれは、炎系統を極めんとするマハムードの十八番だ。
「待たせたな」
マハムードはカッと目を開き、デススコーピオンへと向かった。
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「なんでデススコーピオンが街中にいるんだよ!くそっ、被害が酷いことになってるな。先遣隊も3人以外即退場かよ! あの3人にデススコーピオンは任せるとして、こっちは……ピンドーラとドクターでいけるか?」
煌はデススコーピオンが現れ、辺りが騒がしくなったタイミングで声を掛けてきたマハムードから隠れるように市民に紛れ、その場から離れた。
避難市民は遠巻きに戦闘が行われているを見ており、煌だけは街の被害を確認し、どうすべきが悩んでいた。
マハムード、ダニヤ、サルマ以外のメンバーが倒れた時点で新たな被害者は出ていない。幸いにして死人も未だ0であるのだが、致命傷を負っている者はあまりに多くこのままでは死人がでるのは時間の問題である。家族なのか、倒れている者に寄り添い叫ぶ声や泣き声が聞こえてくる。
(…15…16…17…ここから見えるだけでも重軽傷合わせて17人か。見えないとこも合わせると被害者はその倍か……? で、重症の中でも特にあの尾っぽに刺された2人はドクターでもキツいか…?)
医者━━
上級職。魔力により針、メス、注射器を具現化する。魔力がある限り生成可能。また魔力から魔力糸の生成も可能となる。
医療の知識、技術が脳にインプットされる。スキルにより手のひらからハンドスキャンを行い、ヴリュードへレントゲンや輪切り映像を投影できる。
調合された薬剤に魔力を込め、効果を飛躍的に高めドーピングも可能。
薬師━━
基本職。薬の調合知識と技術が脳へインプットされる。薬草等を薬へ生成する時、効果を飛躍的に高めることができる。スキルは薬生成方法や毒薬生成方法等、生成知識を高めるものがほとんどである。
ワールドオブファンタジーにおいて、回復系職業はこの2つしかないのである。物語によくあるような瞬時に傷を治す回復アイテムに回復魔法、回復スキルが存在しないのである。
だからこそ煌は悩んでいた。このまま彼らに任せ、煌でしか救えない者、煌なら救える者を見過ごすのか。
それともこの力を使い救うことで、周りにバレるリスクを負うのか。
(避難しないで残ってる奴が多すぎるな。でも顔を隠してすぐ逃げれば大丈夫か? 尾に貫かれた二人はヒールだけじゃダメか? ……くそ、悩んでる時間がない)
残ってる市民には煌と同じような白装束の者が多数いた。
皆、目元しか出ていないため見分けがつくことはない。
(……とりあえずやるか)
煌は身を隠していた人混みを抜け、前列へと躍り出た。
視界に入る全ての怪我人を見やる。先ほど人で隠れて確認できなった被害者も含めると、煌の予想通り40人は倒れていた。
煌は言葉を紡ぐ━━━。
「天使之息吹」
煌の周りの空間が揺らぎ、金色のオーラが発現。金色の輝きは煌の背後へ収束し、瞼を下ろした巨大な天使の顔が顕現した。
同時に「うわぁー」という驚きと恐怖の声が上がり、煌の周りからサーっと人気がなくなる。
光の粒子が宙に舞い、目を閉じたまま天使は口を開き息を吐く。優しい癒しの吐息が広場を包み込む。
すると、「うぉぉぉー!治った!奇跡だー!」「神様ぁー!ありがとうございます!」と、至る所から空まで届くような歓声が上がった。
デススコーピオンによって倒れたものは一人も欠かすことなく傷を塞いだ。
中には信じられないと、自分の体をペタペタと触り確かめている者も見える。先遣隊の薬師と医者はこの事実に驚愕し動きを止めていた。
煌はほっと一息をつくが、重症の2人元へ走り出そうとした。その2人は傷は塞がっているが貫かれた臓器が欠損したおり、このままでは生きられない。
すると、後ろから肩を掴まれる。
「おい、あんた」
「は、はい?」
突然のことにどきっとして声が上ずる煌だが、振り返りはしない。
「ありがとな」
一言だけそう言って手を離した老人。
煌は胸を熱くした。やはりやって良かったと心からそう想えた。しかし、まだ終わっていない。
一刻の猶予もないのである。
無言で頷くと煌は走り出した。




