おでんと美少年
どうも期間が空きがちです。生活を圧迫しないぐらいの執筆なので時期によって投稿期間はバラつきますが長い目でよろしくお願いにします
ハルクスエは柳達よりも少し遅めに風呂を出た為か顔も体も赤く茹でられている。本来湯上り女子とは魅力度+10ぐらいのステータス補正がかかるものだが上下ジャージにTシャツでむしろマイナス補正がかかってる。
「この後どうするの」
紙パックのフルーツジュースを吸いながら荒木が皆んなに問いかける。
「上にカフェテラスがあったと思うし、そこでしばらくのんびりしときましょ」
「賛成でーす」「右に同じ」
ハルクスエの意見に全員賛同し上のカフェテラスに移動する。四人以外は誰もいないので強制貸切状態である。
店員さんに各自注文を伝える。ハルクスエはカフェモカとアイスクリームで、荒木はクラブハウスサンドとコーヒー。弘はジャスミンティーとクロワッサン、柳はハニートーストと烏龍茶だ。
ハルクスエから事務的な話がはじまる。
「明日から30日間の訓練が始まりますけど何か質問はありますか?」
真っ先に弘が質問する、
「具体的なメニューや方針はどうなってるんだ?」
「メニューですね、だいたいは朝八時半から夜七時間で、休憩ら一時間に十分ずつの休憩と昼休憩四十分ですね」
「スポーツ名門校の練習時間みたいだな」
「午後の訓練は各自別々のものが用意されていますが午前中は山岳や崖、森林などの過酷な環境でも対応する為の走破訓練。精神と肉体を鍛える為の体力訓練と、あとは応急処置の練習ですね」
「聞くだけで疲れるな」
弘はまだ余裕がありそうだが、荒木はとてもそんな感じではない。
「無理っす!走破訓練とかレンジャー部隊か!」
「いやいや素人の皆さんにいきなり軍人並みの訓練はありえませんよ。ちゃんと軽くしてますって」
「なーんか信用できないような気がする」
結構大きかったハニートーストと格闘しながら柳も会話に加わる。しかしナイフの使い方が絶望的に下手な柳の手によってハニートーストが徐々に粉砕されていっているが。
「一ヶ月間しか無いのか……そんな短い期間でマトモに戦えるようになるの?」
「それは大丈夫ですよ。柳さん達なら十分戦えるぐらいにはなれます。特に弘さんはもう基本が出来てますし」
「そんな大したもんじゃないよ。不意を突かれて簡単に負けたしな」
「そうですか?全然本気じゃ無かったんですよね?」
クロワッサンを食べている弘は少し驚いたような顔をする。
「その根拠は?」
「簡単ですよ。足の動きと挙動から判別出来ました。本来は蹴りが得意なんでしょ?隙があるとすぐに蹴りを打ち込もうとするのを抑えていました」
「……素人にいきなり蹴りをブチかますのはフェアじゃ無いと思いましてね。まぁ予想以上に強かった場合はすぐに使う予定で。結局予想通りくらいの強さだったんで押し切れるかと思ったらダブルノックアウトになったんですが」
割と本気でかかったのに手加減されていたと知り柳は軽く驚く。いい勝負していたと思っていたがどうやら二人の実力差は大きいようだ。
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そろそろ暗くなってくる中、飛行船を目指して歩く四人。不思議な話だが夜空に薄っすらと浮かぶ月はどちらの世界も変わらず輝いている。
「あれなんだろ?ヤケにデカい星だな」
荒木が指を指したのは月の左側に輝く星だ。夜中に普通に見える星よりもかなりくっきりとした円形だ。
「宵の明星、つまり金星ですね。でもこんな時間帯にくっきりと見えるなんて珍しい……」
「よく見ただけでわかるな」
「まぁ一部の魔術では天体の動きが重要になるんです。私の使う魔術にはてんで関係ないんですが魔術学院の試験に出題されるんですよ」
飛行船が着陸していた場所につき、飛行機の横腹にある小型ハッチの中のレバーを引くことで飛行船の旅を開ける。中から階段も自動で降りてきた。
着いて早々、柳が寝るための準備を始めようとする。
「あのさ、俺たちはどこで寝れば良いんだ?俺って変な時間にこっちに来たから明日に備えて時差ボケ?をなんとかしておきたくてさ」
「あ〜、ならこの飛行船は寝室は狭いけど四部屋ありますんで適当な部屋を選んで、奥のクローゼットから布団を出して良い塩梅の所に引いて寝て下さい。明日に備えてしっかり休んで下さい」
「ありがとう。えっと……こっちか?」
コクピットの反対の方向に向かう。倉庫やシャワールーム、トイレよりも更に奥にど二つずつの部屋が向かい合う形で並んでいる。
一番奥にはクローゼットもあり、中にはしっかり全員分の布団が用意されていた。
取り敢えずクローゼットからみて手前側の左の部屋を選ぶ。中は結構広く、天窓からの明かりで確認する限り三畳間ほどある。
照明のスイッチを付ける。床は新品の畳のように見えるが、畳とは別の匂いがするため、恐らく別の植物を使っているのだろう。
「この船って見た目よりも広いな。四部屋ちゃんとあるならかなり贅沢だぜ」
とっとと布団を敷き寝る準備を整えようとすると、荒木がやって来た。
「どうしたんだよ荒木?」
「忘れ物だってさ、ハルクスエがコレを」
そう言って装備が入ったケースや着替えを入れていたスポーツバッグ、そして何かの資料と思わしき紙の束が渡された。
「じゃあおやすみ。明日からもよろしくな」
「おうっ!互いに頑張ろうぜ」
荒木が部屋から出ると照明をおとし、寝る準備に入る。天窓から夜空を眺めていると宵の明星が輝いている。
(なんか……凄い事になっちまったな)
そのまま瞼を閉じ、徐々に意識を温かな闇に溶かしていった。
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柳が眠った後、キッチンにはコトコトと鍋を煮込む音がする。どうやら大小二つの鍋を煮ているようで、大きな鍋はおでんを、小さな鍋はとっくりを温めている。
「こっちの世界でも食い物や建物がほとんど同じって不思議だよな。醤油に味醂に酢に料理酒、味噌まであるんだな」
「多分俺たちの前にいた守護人が伝えたんじゃないか?」
なるほどー、と荒木が呟く。
「まぁまぁ二人とも、今日は一杯ひっかけましょうよ〜」
熱燗片手にご機嫌なハルクスエがフラフラ現れる。お猪口もしっかり三つ持ってる。
「俺ら未成年……てか明日から大変なのに酔っちまうと大変だよ」
「私には関係ありませ〜ぇん。ゲヒヒヒヒヒッヒ」
おでん鍋をつつきながら熱燗をチビチビ飲み始める。酒はだめなので二人は麦茶片手におでんをいただいてる。
「明日大丈夫なのか二日酔い」
「一晩抜けばぎりぎり抜けますよ酒ぐらい」
との事だが、どう考えても抜けないだろう。
「他の奴らも明日から訓練だよな。北霧や刈谷なんか大変だよな。体力無いしビビりだし」
「刈谷は大丈夫だろ。アイツは適応力の高さが桁違いだからな。問題は北霧だな、気も弱いし……だいたい目が死んでる」
ハルクスエが酔いかけながら話に参加する。
「まぁ差はあるけど他の連中も大変らしいっすねぇ。聖典教会はまだ楽らしいけど近衛の所属はキッツイらしいですねぇ〜」
「聖典教会には……浜崎さんとか修斗とか、あと一慶だったかな」
「考えてみたら所属先の法則性がわからないよな。まずどう言う基準で陣営が選んで所属してんだ?性別とか加護とかどこも一貫性無いし」
すると弘がいくつかあった紙の束からその答えと思わしきものを発見した。
「荒木これだよ。『各守護人の保護及び育成に適するかの資産確認』ようは四つの陣営が召喚される守護人にどれだけの金をかけられるかを示してるんだ。オークション形式で守護人を一人一人競り落としてく」
「オークションで育成にかけられる経費を示させて、一番金をかけられる陣営が保護……か。まるで人身売買だな」
「一番人気は天崎か。帝国軍近衛兵団が5000億ロンで落札か」
「高いなオイ!ついでに俺やお前は?」
「俺は下から8番目で18億3000ロンで、お前は下から4番目で3億2000万。柳は下から2番目で5000万ロンらしいな」
「ワーオ格差社会。てか柳安っ!」
5000億で霞んでいるが、5000万ロンあればこの世界ではそこそこの家が買える金額だ。
「でも俺らの世界じゃ戦略爆撃機が2000億円ぐらいするらしいし、日本の戦車だって製造に一台9億円ぐらいかかってるんだ。人気上位の守護人は戦略兵器を買う感覚で、下位は通常兵器を買う感覚じゃないか?」
「実際上位者は安い買い物かもしへませんよぉ?自由に動かせる兵器以上に名声や宣伝効果、上手く活躍させる事ができれば権力も上昇〜まぁうちの民間企業側は貧乏なんで上位を落札するなんて無理でしたけど〜」
「単に防衛目的じゃなく、そんな効果があるのか。守護人……とは何とも言えないネーミングだな」
よくある「勇者様!世界をお守り下さい」ではなく結構生々しい話だ。だがファンタジーのような善意では無く利益や欲望の方がある意味信頼できるのかも知れない。
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柳が目を覚ますと、朝日が輝き始めている。外からは物音も聞こえずただただ静かに時が過ぎていく。
「寝たなぁ……あ……今は六時くらいか」
部屋を出るとやはり他の部屋も静まり帰っている。暇つぶしの為に外に出ようと階段を下ろす。
夜露が草を濡らし、澄んだ空気が満ち溢れている。
草原を散歩していると、遠くから見知らぬ人が近づいてくる。
言ってしまえば圧巻だった。その人間の容姿は……いや人間と呼ぶのも馬鹿馬鹿しい程の美しさを備えた人間の様な『者』だった。
黄金色に輝く頭髪は星の様に輝き、その透き通る様な肌には傷一つ無くその顔や体型には至る神話に現れる美少年のように麗姿を備えている。
「へぇ君が次の『蛇』か。なかなかの男の子だね」
「あの?すいませんが誰ですか?いきなり何が」
柳が言い終わる前に『者』が急に顔を近づけてくる。瞬間移動をしたように顔の前に現れ、さらに話を続ける。
「まだ君の『リリス』は現れて無いか。まぁ不十分だけどなかなか影響が濃く現れてるようで安心したよ。これなら僕が干渉しなくても良いかな?」
「だから何が何だか?一体誰ですか」
するといきなり『者』が跪き、柳の右手を掴む。
「嗚呼!我が主人よ!我らの王よ!その身を刻まれようとその輝きは失われず未だ私達を魅了している!空に満ちる星々が船乗りの道を示す様に私達を導く。私達は貴方が目覚める為に千年の時を二度過ごした。今度こそその肉から解き放つ事をここに誓いたい!」
何か、ヤバイ
そう感じた柳はすぐさまその『者』から離れ、臨戦体系を取る。顔に冷や汗が垂れ奥歯が震えている。目の前の『者』はまさしく非の打ち所がない美少年だが、それすら人ならざる存在とかけ離れた存在と強調するようだ。
まさしく蛇に睨まれた蛙。シャチに弄ばれるイルカ。
言い知れない恐怖に震える柳だが『者』は寧ろ微笑みながら語りかける。
「ふふっ、そんなに怖がらなくて良いよ。『霊的体質』だとそろそろ体が崩壊してくるからね。やっぱり受肉しないと身体は保たないか」
柳が飛びかかる。捕食者に狙われた被食者の様に、圧倒的な恐怖を誤魔化すかのように必死に。
柳は右目を狙う為に爪を立て、豹の様に飛びかかる。
しかしその攻撃に対して『者』はただ右手を虫を叩くように振るうだけ。しかし右手が振るわれた瞬間に柳は巨大な何かで後ろに吹き飛ばされる。
柳はバットで打たれたボールの様に地面をバウンドし、地面を抉りながら三十メートル程で停止する。全身を打ち付けられたはずだが、身体には何の痛みも無い。
「あらら、力を使っちゃたからもう崩壊し始めてるよ」
すると光の粒子となりながら『者』が消滅していく。その様すら一枚の宗教画のように荘厳かつ可憐だ。
「また会おうよ。君とは長く付き合う事になるからよろしくね」
消えていく『者』に対しな恐怖と違和感に押しつぶされた柳は、ただ佇んでいるだけだった。
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