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勝利を求めて。

作者: RC


「ちょっと教室に忘れ物しちまったよ。先行っててくれ。」


「おう!この後6時から駅前のカラオケに集合だからな!」


そう話したのはそこそこに仲の良かったクラスメートだ。それに二つ返事で了承し、玄関に革靴を乱雑に脱ぎ捨てて靴下のまま教室に向かう。



階段を昇り、一年生の廊下をゆっくりと歩く。しばらく歩いてからふと見上げると1-Dの文字が見えた。





入学前、中学まであまり友人と呼べる友人が居なかった俺には一つだけ目標があった。


クラスで認められた存在になる。それが目標だった。


別に一番の人気者になりたかったわけじゃない。そんなのはクラスの真ん中にいるサッカー部にやらせておけばよかった。

俺は三年間を過ごすこの高校で、確固たる居場所が欲しくて。居心地のいい場所が欲しくて。


そのために誰にも話せない一つの目標を立てた。



入学式を済ませた後の最初の登校日、同じ中学のやつがいた。正直微妙な顔見知りのそいつは扱いにくかったけど次のそいつの一言を今でも覚えてる。


「俺、仲のいいやつとクラスはぐれちまった。はぐれ者同士仲良くしねぇ?」



それから俺たち、『はぐれ者の会』はほかのはぐれ者を取り込んでいき、最終的に6~7人の人数でまとまった。一度仲良くなってから部活なんかのグループに移ったやつもいたけど、そういうやつとは個人的にその後も付き合いが続くことになる。結果として俺の目標は達成され、一年のころは女っ気こそないものの楽しく一年を過ごせた。




また部活関連でも一つだけ思い出があった。


「そこ!!もっと声出せ!!」


騒ぐ顧問。気だるそうな練習風景。陰鬱な雰囲気。


正直その空間は最悪だった。後にそう呼ばれなくなるものの、強豪の練習風景とは思えない。



詳しく話を聞いてみると、去年までいた優秀な顧問が他校に引き抜かれた結果がいまだそうだ。来年度の推薦枠も貰えなくなることが確定しつつある、沈む船のような状態がこの部活の現状だった。



俺は見学を続けながら中学から続いたこの競技とこの場所を天秤にかけ、葛藤していた。


そんなとき、同じ中学出身の話したこともないやつが俺に声を掛けてくる。


「一緒に別のとこいかね?新聞部とか楽そうだぜ。」



結果として俺たち二人は『新聞部』に所属することになる。活動は週1。ノルマは学期間に一枚の新聞を作ることだ。正直4回集まれば新聞の作成は可能で、ほとんど帰宅部に近い状態だった。


後に俺の入ろうとした卓球部は推薦で入ったやつが辞めたことと他校の補強の活発化によって強豪の名を失なった。俺たち二人は一年後、じゃんけんに負けたことによって部長と副部長を押し付けられながらもそれなりに自由な日々を過ごすことになる。


このときできた部活仲間との仲も長く続き、特に俺を誘ったやつとはいろんな面で関わっていくこととなる。


俺はクラス、部活の両方で友達と居場所を手に入れた。一年生の場で、俺が得た戦果はそんなもんだった。





一年生の廊下を抜けて階段を昇り、渡り廊下を歩く。青く晴れた晴天の下、涼しげな風を浴びながら歩く。下ではスーツと学生服が体育館前に集まり、人だかりができている。涙ながらに抱き合う女子と、友人の下手な結びのネクタイを大笑いする男子。見知った顔もちらほら見えるそこを横目に渡り廊下を抜けていく。



二年の廊下へとたどりつく。そこを進んだ最奥、一番奥についてから上を見上げると2-Fの文字が見えた。






友人もそこそこに出来てそこそこの青春時代を謳歌していた時、可愛い女の子を見つけた。同じクラスで学内模試一位の天才女子。そんな女の子に目を奪われた。


人気者で高嶺の花。そんな彼女に俺は一目ぼれをした。花の高校生活最初で最後の一大恋愛の始まりだった。



『お疲れさま、今日のテストどうだった?』


こんな適当な一文を送るのにも一時間近く頭を悩ませた。一年のころそれなりにクラス内で認められていたため連絡先の入手には苦労しなかったが、慣れない異性へのメールにガチガチだった。


『ぼちぼちかな。○○君は?』


おそらく彼女のぼちぼちはクラスでは間違いなく一位、学年で一桁は固いであろう。そんな俺は赤点を回避したって意味で『ぼちぼちかなー。』と返事をした。恥ずかしいと思いながら。そんな中でも返事が来たことに喜びながら。


できるだけ相手が楽しめるように工夫し、安っぽい恋愛用のメールマナーの本なんかを参考にしながらメールを続ける日々がしばらく続いた。


そのあとしばらくしてから安っぽい恋愛本を参考にしながら食事に誘った。高校生らしい安いファミレスだったけどどうにかやりくりした小遣いで奢って、奢ったことに妙な自信を持ちながらその日は別れた。



「今更でごめんね。好きです。付き合ってください。」


そんな日々がしばらく続いたある日、俺は彼女に告白することになった。その日を選んだ理由は成り行きで、ただその日なら確実に捕れる自信があって。


「はい。これからよろしくお願いします。」




そうして彼女を狙うという二年生の俺の目標は大成功に終わった。策を練って、慎重にミスなく行動して。相当な苦労をして得た彼女を、俺は一生大事にできると思った。







その二週間後、俺たちはあっさりと別れることになる。ちなみに俺は振られた側だ。


一応理由を聞いてみると『付き合う前よりそっけなくなった。』からだそうだ。


そんなつもりは無かったが、きっとそうなのだろう。


付き合う前は興味すら湧かなかったゲームにはまった。漫画にもはまった。普段なら読まない活字の本にも心奪われた。きっとそうなのだろう。そんなものだったのだ。


鯛の魚拓よりも釣り針に掛かった鯉を求めた。きっとそうだったのだろう。



今では後悔するが、当時の俺はくだらないゲームと漫画と本を取ってしまった。その中にある仮想の戦いを望んでしまった。それが振られた理由なのだと今なら分かった。





もう一度先ほどの渡り廊下に戻り、風の中を歩く。抱き合った女子はそれぞれが別のグループの女子に抱きついていた。きっと彼女らなりの処世術なのだろう。


先ほどネクタイを笑った男子達はみんなが額にネクタイを巻き付けて酔っぱらいのふりをして遊んでいた。その最後の時を楽しむように、悲しさを押し隠すように。



大人びた女子とガキじみた男子、先ほどよりも数の減った彼らを見ながら俺は渡り廊下を歩く。右手の円筒が少し重く感じたが、俺は気にせず肩で風を切り、歩いた。


渡り廊下を抜けてから階段を昇り、最後の廊下である三年の廊下にたどり着く。



俺が目指すのは理系の最奥、一応進学クラスと呼ばれていた教室だ。



途中で目を向けると3-E、彼女の最後のクラスはここだったらしい。噂によると文系の奴と付き合ったって聞いた。今はどうなのかはわからない。



次に見えたのは3-F。高校で最初に俺に話しかけてきたあいつが最後に過ごした教室だ。


結局他愛もないことで喧嘩して、その後も連絡はずっととらないまま今日になった。


きっと明日あったら仲直りできるだろう。ただその機会が向こう数年は来ないであろうことを俺はなぜだか知っている。






そうしてたどり着いた3-G。俺が昨日まで過ごした教室だ。


語弊があるか。

昨日以前は受験期間で登校してなかったら実際は1月くらいまで俺が過ごしていた教室だ。


俺の受験戦争の場。高校時代最後の戦場がここだった。


高校三年の初期、成績の悪い俺は周りからバカにされていた。なんで進学クラスに来たのだと。お前はこのクラスにはふさわしくないと。


俺は屈辱を隠し、笑顔で接しながら対策を練った。決して勉強のではない。


こいつらの平均を推し量り、そのうえでこいつらに負けを認めさせるギリギリのラインを定めた。その上でその大学に確実に入れることを模試で確認し続けた。

周りには受験のことなんて何一つ考えていないバカを演じ続け、周りの緊張をほぐしてやった。


高校最後にして直接的な戦争だった。隣の奴を泣かせる未来を脳内で描きながら、受験の対策を脳内でシミュレートし続けた。






結局大学受験期間、学校教師のバカな高望みにつき合わされた進学クラスの連中のほとんどが第一志望に落ちた。俺はそんな連中を嘲笑いながらクラスの平均くらいの大学に悠々と合格し、「大学受験なんてお遊びだよ。」と笑顔で語ってやった。


俺をバカにしたやつは黙り続け、俺は笑顔で最後の日を迎えることになった。それが俺がこの教室で迎えたラストだ。そのはずだった。




右手に握る円筒。中の卒業証書。


俺はこれをこの教室のごみ箱にぶち込むつもりでここに来た。忘れ物なんてない。強いて言うならこの右手のものを捨てることこそが忘れていたことだ。





俺は笑顔で勝利の余韻に浸り、高笑いを続けるはずだった。実際にその材料は出そろって、俺は自他ともに認める確実な勝利を手に入れた。


ただ結果的に、得たものは虚しさだけだった。理由は俺の動機の不純さか?それとも目標設定が原因か?はたまた俺が願っていたことは大学受験の成功では無かったのか?


俺はそんな理由もわからない虚しさを抱え、その虚しさを生み出したこの高校に唾を吐くつもりで右手のこいつを捨てるつもりだった。





ただ俺は教室を歩き、過去の教室を見て、回想して、その答えを得たように感じる。そもそも一年と二年の廊下を通らなくてもここには来れる。それでもその二つを通った理由は、きっとこの答えを見つけるためだったのだろう。もしくは知っていても認めていなかったそれを無理やりにでも自分に認めさせるために、俺は無駄に二回も渡り廊下を抜けることになったのだろう。




きっと人は戦いを求めてる。勝利をではない。戦いこそを求めている。




勝利の余韻は三日で終わり、後には戦いを失った虚しさが残る。忙しいと毒づきながらもそれを失うと次の何かを知らぬ間に求める、きっとそれが人なのだろう。


『ずっと追いかけていたいんだよ。』


好きな歌のフレーズに毒されたのか、もしくはそこに誘導されたのか。


どうでもいい。これが俺が得た答えだ。それだけは誰が何と言おうと揺るがない。



俺のこの三年間の戦いは一区切りを終え、次の戦いの目途は何一つない。ただ俺は予感している。次の戦いは新天地ですぐ起こるのだろうと。

なぜなら人は戦いを求めている。それは俺だけじゃない。人が戦いを求めれば喧嘩が起こり、それが集団になれば戦争になる。それが間近で待っているのだ。


俺は右手の円筒を握りしめた。捨てようと思ったこいつは俺の唯一の戦果だ。そして俺が三年間戦い抜いた証拠でもある。


この円筒こそが。この三年間の経験こそが俺の武器で。


その武器を強く握りしめる。この武器はナイフかミサイルか。

どちらかはわからないが俺にできることはこの武器を信じて前に進むことだけなのだろう。


新天地での戦い。その武器を握りしめながら、俺は新たな戦場へ歩を進めた。めんどくさいと毒づきながら。内心では新しいゲームを買ってもらったガキのようにワクワクしながら。












音量が大きめの洋楽で目を覚ます。

慌てて携帯を見ると時間はまだ七時を回ったところだ。要約すれば全然余裕。早めに掛けた目覚ましが功を奏したようだ。


俺は二度寝したい気持ちを抑えてシャワーを浴びて、着慣れないワイシャツとスーツに袖を通す。その後首を絞められる犬を連想させるネクタイを巻き、一服してから家を出る。



なぜ4年も前の夢を見たのかはわからない。ただあの時の武器はこの四年間を戦い抜くのに役に立ってくれた。全然十分ではなかったが。


ただ俺はこの四年でも次の武器を手に入れたように感じる。そして今からその証明を取りに行く。


来年からはまた地元での戦いだ。きっと勝っても負けても虚しいだけだろう。ここでの戦いもそうだった。


でも俺は戦い続ける。いや、戦うこと自体を求めている人間にはこうするしかないのだろう。それを悲しくも嬉しくも思わない。腹が減ったら食う、眠けりゃ寝る。ヤリたきゃ風俗にでもいく。それが人間だ。きっとその四つ目が闘争本能ってだけだ。

だからこそ俺は次の戦場のための武器の証明を得る。そして次も勝つ。勝ち続ける。


俺は残雪を踏みしめる。履き慣れない固い革靴で。


俺は桜を頭に被る。久々に整えた髪に。



新たな桜と古い雪は俺の門出を祝っているようだ。勝手にそう感じた、感じてやった。


だからこそ俺は笑顔で歩ける。戦いを楽しみに。未来へ向かって。










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