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*お話は2011年春当時に書かれたものです。戦争の終った1945年を始め、

 いろいろな「何年前」などの表記が2015年から考えるとおかしな事になって

 きてしまうので、ご注意ください。

 もう、「読んでいる今は2011年なのよ~」とかいう気持ちで読んでいくのが

 bestです。

1944年―――


 和子が、急なめまいから立ち直ると、目の前によねがいた。

「もし?・・・大丈夫? 貧血かい? 真っ青だよ・・・・・か、和子!?」

「母さん! ・・・母さん!? 本当に!? ああ!・・・」

「いったい、どうなって・・・今、石田可菜と名乗ってた・・・確かに別の女

 の子だったのに、おまえ、どこから・・・・?」

和子は、まわりを見渡して、確かになつかしいもとの時代の人々だと、確認すると、はっと我に返った。

「そうだ! えと・・・まだ夏よね? 1944年の夏よね、今!?」

「ええ? そうだけど、和子・・・本当に大丈夫?」

「あのね、12月になると、アメリカが・・・」

和子は、周りを気にして、声を落として、言い直した。

「本格的な空襲が、始まるの。・・・だから、秋までには、みねおばさんの

 家へ、来て。姉ちゃんもつれて、よ。 それから、陣平のおばちゃんも!」

「・・・可菜ちゃんという子も、同じような事言ってたけれど・・・いった

 い、何だっていうの?あなた達、悪ふざけがすぎますよ。こっちでできたお

 友達なの?」

「だからねっ・・・」

その時、列車はトンネルを出た。

とたんに、ダダダダダ・・・!という轟音と、チュンチュンと弾がそこらにはじける音がした。

みんながいっせいに、悲鳴をあげて、伏せる。

ブ――ン・・・と、飛行機の遠ざかるうなり声が聞こえて、地獄のような一瞬が過ぎると、そこには、ぐったりと動かない和子の体が、あった。

よねは、顔をあげると、信じられない・・・という顔で、和子を抱きあげた。

「和子・・・和子!!」

背中の勝が、火のついたように泣き出した。

列車が止まり、点検のために乗客がぱらぱらと降り立った。

狂ったように泣き叫ぶよねは、背負いひもをほどいて、勝をおろすと、代わりに和子をおぶった。しっかりとひもで自分の体にくくりつけ、腕には勝を抱いて、誰の言葉も耳に入らず、線路伝いに歩き始めた。

降りるはずだったS駅に向かって。

「こんなことなら、和子の言う事を聴いてあげればよかった・・・!

 あんなに怖がっていたのに・・・同じ歩くなら、和子と歩いて、・・・ゆっ

 くり話をして・・・姉さんちまで、歩けばよかったんだ・・・!・・・私が

 横着したばっかりに・・・和子・・・和子ぉ。」


近所の人が、畑のみねを呼びに走ってくれて、よねは一人、留守の家の中に、和子を横たえて、涙にくれていた。

こと切れている和子を見下ろしていても、また起きあがってしゃべってくれるんじゃないかと、目を離すことができないで、時間だけが遅々と進んだ。

「いったい全体、どうしてこんな!」

血相を変えて、二人の子供を連れて駆け戻って来たみねは、変わり果てた和子を見ても、まだ現実のこととは、思えなかった。

「和子ちゃんが来た日、同じ事があったんだ。それで、ずいぶん和子ちゃんおび

 えて・・・」

「私にも何度も言ったんだよ。乗り換えはしたくない。危ないから歩いて行

 こう。って、何度も、何度も。それなのに私ったら・・・。私が悪いんだ。

 あんなにいやがる和子を列車に乗せたりして・・・!」

「よねが悪いことなんてないよ! 悪いのは、人を的にして撃って来たアメリ

 カだろう!? トンネルから出てきたところを狙うなんてお遊びくらいにしか

 考えずに撃ってきやがったんだ。ちくしょう・・・ひきょうものが!!」

「うぅ・・・・・どうして・・・・。」

「虫が知らせたのかねぇ。どうしてもあんたをこっちに呼び寄せるんだ

 って・・・まるで、ここで死ぬのがわかってたみたいじゃないか。空襲か

 ら逃げて、こんな ところにたった一人で疎開してきたっていうのに・・・

 あんたを呼んだその日に死んでしまうなんて! なんで、こんな事になっち

 まうんだい・・・!」

「うわ―――っ・・・」

よねは、和子にとりすがって泣いた。

涙が流れても流れても、果てはないように、涙は流れ続けた。

と、

首にかかる和子のお守り袋に、目がとまった。

疎開する日、汽車に乗る和子の首にかけてやった物だった。

手に取ると、ずっしりと重たかった。

不思議に思って、中身を開けてみると、中からお金ともちがう、金ピカに光る丸い物が、出てきた。

ローマ字の表もいっしょに。

「何でこんな物が・・・どこでこんな物。」

それでも、今のよねにはただ憎いアメリカの文字など、どうでもよかった。

メダルを放り出すと、また和子の顔のそばに顔をうずめて、泣くのだった。

兵作が、放り出されたメダルを拾って、数字を読んだ。

その後が、わからず、いっしょに入っていたローマ字の表を広げる。

穴があいて、ボロボロになった暗号のようなそれを、読み解いてゆくと、兵作は、ぼそりと言った。

「よねさん・・・和子ちゃんは、どこかへ行っていたのかねぇ・・・外国のよ

 うな、見た事もない国にでも・・・?」

「え・・・・・・」

「この2011・07・28 というのは、年号だろうか? それに、このローマ字と

 いうもので、川島和子とも書いてあるんだ。・・・面白半分に架空の年号

 を打ったんだろうか。・・・でも、いったい どこで? 今朝も和子ちゃ

 んは、うちから学校へ行ったはずだ。・・・それから、これ・・・弾が、

 当たってるね。後ろから体を突き抜けた弾が、この金属に当たっても、止ま

 らないで、 はじいたんだね・・・。

 ひどいことする国だね・・・いくら敵国とはいえ、戦闘員でもない、少国民

 の子供に・・・!」

よねは、もう一度、兵作からメダルを受け取ると、裏のへこみを見つめた。

表に返す。

「・・・N城だ。」

「え! 本当かい?」

みねは、よねの方へにじり寄って、メダルをいっしょに覗き込んだ。

「N城で、こんな物売ってるのかい?」

「聞いたこともない・・・。」

「ねぇ、よね。もう1度、こっちへ来ること考えたらどう?・・・和子ちゃん

 が命をかけてまで、あんたを生きのびさせたがったんだよ。

 あんた達まで死んでしまったら・・・たまらないよ。」

「2011年から・・・来たって、あの子言ってた・・・。」

「え? 何?」

「2011年・・・2011年に、N城がこうして建っているなら、あそこは安全だ。

 という事ではないかしら。」

「・・・そうなの? でも、あんなにここに逃げて来させたかったのよ、あの

 子。」

「それは、可菜ちゃんの方でしょ?」

「可菜?・・・よね、何を言ってるの?」

「列車に乗り換えるまでは、あの子は和子じゃなかったのよ。石田可菜とい

 う女の子だった。2011年の・・・ 世界からやって来て、和子と入れ替わった

 って・・・ 。今朝までこの家に疎開していたのは、可菜ちゃん。ここにみん

 なを疎開させたがっていたのが、可菜ちゃんだわ。・・・その後、和子と入れ

 替わって、和子は何と言ったっけ? 

 ・・・ともかく、和子は、お守りに入れてこれを持ち帰ってきた。」

「よね・・・大丈夫? だいぶ混乱してるね。」

「そうね・・・だいぶ混乱してるみたい。和子を骨にしたら、帰らなきゃ。

 あそこには、つや1人を残して来てしまったから・・・。つやにまで、何か

 あったら・・・!」

「よね・・・」

みねは、兵作を見た。

「あんた、どう思う? 2011年まで、N城が無事建ってるって、そういう

 メッセージと思うかい? これが・・・?」

「・・・・・。わからねぇ。和子ちゃんはもう、口がきけなくなっちまった。

 本当の事を知りたくても、もう・・・推量してやるしかないってことなんだ

 ・・・。」

「・・・・・・。」





2011年―――


 可菜は、萌子の運転する車で、つい昨日まで疎開していた感覚のS町を、走っ

てもらっていた。

景色で、見覚えのあるなつかしい物は、なかなか見つからず、友作の住所が、あ

の時の水谷家のあった辺りなのかも、確信がなかった。

「よねさんから手紙見せてもらったけど・・・住所見てなかったなぁ。全然覚

 えてない。」

車を止めて、歩いてみた。

ただ、玄関へと続く石垣が、似ている気がした。

でも、何度も汲んで往復した井戸もないし、住居自体建て替えたのだろう。

当時の土間のあるような家ではなかった。

牛もいないし、玄関の位置も、東に変わっているのだ。

可菜は、萌子と顔を見合わすと、インターホーンに手をのばした。

「はーい。あら、こんにちは。」

「おじゃまします。」

「お待ちかねですよ、おじいちゃん。じゃあ、私はちょっと、英郎さんを呼ん

 で来ようかね。」

「あ、すみません。」

「あがって奥へね。この間の部屋だでね。」

女の人が、そのまま出ていってしまったので、二人は困った。

和子は、前に案内されているらしい。可菜には、わからない。

ずんずん奥へ入って、すぐわかる部屋なのかどうかも・・・。

「どうしよう・・・萌子さん。」

「一応、入っとこう。ああ言われた以上、玄関でつっ立ってるわけにもいかな

 いし。わからなかったら、少し戻って、今あがって来たところ。みたいに、

 ごまかすとか・・・しよ?」

「うん・・・・」

ろうかを進むと、ふすまの開けてある部屋が、右側に見えた。

のぞいてみると、人が座っている。ここで間違いないようだった。

「こ、こんにちは。」

「ああ。よく来てくれたね。さ、入って。」

「あの、おじゃまいたします。保護者の石田うそ萌子です。今日はいっしょ

 におじゃまいたします。」

「ああ。どうぞ。今、揃いますからな。」

友作くん・・・面影ある! ある!

硬い炒り豆を、いつまででも口の中で転がして、「うま。うま。」言ってた顔だ!

「今回は、大変面倒なことを、お願いいたしまして・・・」

「いやいや。なかなか戦中戦後の話をする機会も、まじめに聞こうとする若

 者も、おりませんでなぁ。久々にいろんな事を思い出しました。夢に見た

 りね。もう、ずいぶんそんな夢、見てなかったんじゃがねぇ・・・。

 なつかしかったです。」

「怖い・・・夢も見ましたか?」

サイレンが鳴って、防空壕に急いで入る日々を、思い出して、可菜は聞いた。

「わしは、2つか3つのちんまい子じゃったから、怖い思いをしたのを、あん

 まり覚えとらんのさな。兄はよく、怖かった。言うてましたけど。」

「・・・・・。」

耕作くんだ。

夜中の警報だと、友作くんはみねおばさんが抱いて走ったけど、耕作君は、5才だったから、私が手を引いて、走らせたもんなぁ。よく、つまづいて転んじゃって。泣くと敵に見つかるって叱られて、必死で息止めて泣くのガマンして・・・。

転びそうになると、私、だんだん転ぶ前にわかるようになって、ぐっと手を引き直してあげた。そうすると、転びかけた体が少しあがって、転ばずにすんで、また走り始められたんだ。

「かっちゃん、ありがとう。」

って、小さく笑って。

・・・耕作くんはどうしてるのか、なんて聞けないよね。元気かなぁ。


「お待たせしました。」

と言って、隣りの英郎さんが入って来た。

「ああ、英ちゃん。こちらへ。お茶もらえるかい。」

後の言葉をお嫁さんに言って、友作は、自分の隣りの席に、英郎を座らせた。

「こんにちは。よろしくお願いします。」

可菜は、英郎にも名乗って、頭を下げた。

よく、慶子ちゃんがおぶってあげてた英郎くんだ。学校にもいっしょに行ってたなぁ。

萌子は、可菜が、よく大人が大きくなった親せきの子どもを見るように、目を細めて遠くの世界に行っているのに気がついて、軽い咳払いをした。

はっと我に返る可菜。

おっとっと。

「それで、えと。わざわざ連絡をいただいて、申しわけありませんでした。

 疎開のこととか、和子ちゃんって女の子のこと、何かわかりましたか?」

「ああ・・・・。」

友作と英郎は顔を見合わすと、どちらが話し始めるか、ゆずり合うように、話すのをためらった。

「和子ちゃんは、汽車の中で撃たれて、亡くなったそうです。」

「えっ」

「機銃掃射と言うてね。偵察に来たちんまい飛行機が、海岸線を北上し

 てね・・・帰り道に、トンネルから出る列車にちょうど出くわすと、撃って

 行くことが、ちょいちょいあったらしくて・・・何人か、それで亡くなら

 れて、コモをかぶせられて、よく駅や線路端に並べられていたんじゃが・・・

 ある夏の日に、和子ちゃんは・・・そいつに遭遇してしまったんだ。

 誰を狙ったんでもない弾に、和子ちゃんが犠牲になった。ひどい話だった。」

「そんな・・・・」

「お母さんが、お骨になった和子ちゃんを抱いて、帰って行ったそうだけれ

 どね」

「・・・・・。和子ちゃんのご家族は、その後、一家で疎開・・・して来たん

 ですよね?」

「いや。空襲がひどくなって、心配になってね。私の父や母が、よねさんの

 住んでた町に、行った時には、一面焼け野原で・・・消息がつかめなかった。

 そういえば、N城が燃え落ちたって、ずいぶん2人で怒ってたな。N城どこ

 ろか、妹一家の家も何も、跡形もなかったってのに、「引き止めりゃよか

 った。」「城が焼け落ちてしまうくらいひどいなら。」って、何度も後悔して

 たらしい。夫婦してね。」

「・・・・・。」

「まあ、食糧事情は、戦後の方が大変になったらしくて、いつまでも嘆いて

 ばかりいられなかったろうけど・・・。ああ、疎開中の話が聞きたいんだ

 ったね。・・・・何を食べてたかなぁ・・・。」

「さつまいもは、よく食べたなぁ・・・」

「いものつるも、食ったぞ。」

それから、戦時中の食べ物の話、遊んだおもちゃ代わりの木や小石の使い方の話など、比較的明るい話題を選んで、二人は話をしてくれた。

可菜は、この間まで、自分も関わった遊びや食べ物を、ノートにメモして、それでも、和子の身の上に起きた数々の出来事が生々しくて、もう質問ができなかった。

どうして疎開を考えてくれなかったの。

と、考えてしまいそうになって・・・ただ2人が話してくれる内容を、必死でメモしていくので精一杯だった。

その時、

「おじゃましまーす。なんか、集まってるって、ここで?」

と言って、明るく入って来たのは、隣りに住んでいた、慶子だった。

可菜の目と、慶子の目が、合った。

「慶子ちゃん・・・」

「・・・かっちゃん?」

わ――――――――っんっっ

いきなり泣き出して、慶子に抱きついた可菜を、一同ぼうぜんと見守る中、慶子が一番おどろいて、いやそんなはずはない。と、可菜の背中をやさしくなでて、落ち着かせようとしてくれていた。

「す、すみません。・・・ちょっとこの子、興奮してしまったようで。」

萌子が保護者らしく、謝罪して、ごまかしてみた。

「ううん。きっと、繊細なんやね。戦争中の怖い話を聞いて、かわいそう。

 って、思ってくれたんだよね。ありがとうね。・・・今の世は、平和にな

 ったんだから。楽しいものも、たくさんあるしね。戦争の話も大事で、忘れ

 てほしくないけど、今の楽しい世を十分楽しんでほしいと、慶子おばあちゃ

 んは思うよ。可菜ちゃんなら、昔話にそんなに敏感に感じてくれるあなた

 なら、この平和な世に、感謝してくれると思える。いろんな犠牲はあった

 けど、その犠牲があったからこそ、平和な世が迎えられたって、わかってく

 れると信じられるんよ。・・・泣いてくれて、ありがとうね。」

友作と英郎も、ほほえんで、慶子になぐさめられ、抱きしめられる可菜を、見つめていた。

「ありがとう・・・」と言って。

もう、萌子が何か言って、とりつくろおうとしなくても、良さそうだった。

不思議な、連帯感のような、ほんわりとした空気が、一同を包んでいた。

みんなに見送られて、萌子と可菜は帰路についた。

「慶子ちゃんは・・・生きてた。おばあちゃんになって。慶子ちゃんは、何に

 もわかんない私に、いろんな事教えてくれたの。井戸に野菜を冷やすつるし

 方や、学校の帰りに燃えつけに使う松葉を集めて帰る事を教えてくれたり。

 いじめがあるんだよ、昔にも! 私、疎開っ子って一人だったから、仲間

 はずれにされてた。1人で髪の毛洗ってると、いっつも慶子ちゃん、川にそ

 っと入って来て、帰るの待っててくれたの。隣りのおうちだからいっしょに

 帰ろう。って。」

「そう。・・・やさしくしてもらったのね。なのに、可菜がお世話になりま

 した。って、お礼も言えないなんてね。」

「うん・・・・」

「吉子さんも、可菜ちゃんのこんな話全部聞いたら、ぜったいお礼言いたが

 るよ、きっと。」

「うん、そう思う。」

「長い話になりそうね・・・」

「うん・・・・」

萌子は、車を道の端に寄せると、話を続けるように、話題を変えた。

「和子ちゃんと、お互いに調べよう、昔の事。どんなにつらい話が出てきても。

 って、約束したの。」

「え」

「私が、ずっと母にうそを教えられてきて、ずっと吉子さんを傷つけてきた

 って、最近知ったこと打ち明けて、ね。」

「ああ、うん。」

「和子ちゃんは、図書館に通って、いろいろ調べてた。たぶん、戦争の結果が、

 どういうことをもたらしたのかってことを。だと思うけど。・・・

 それで、私はというと、吉子さんの実母のお姉さんに当たる人に行きあた

 って、・・・連絡をもらって・・・当時の話を聴いたわ。

 やっぱり吉子さんをいじめてたのは母の方で、かわいそうだった。って。

 家出というより、追い出されたようなもんだった。って・・・。」

「・・・・・・・・」

「今さら、・・・本当のことがわかったところで、なんにもなりはしないのか

 もしれない。けど、私は、母といっしょになって、吉子さんを憎んでた。何

 されたってわけじゃないのに、いっしょになって悪口を言ってたの。

 ・・・もう、みんな死んじゃって、誰も身寄りがなくなってから、ずるい

 よね。でも、他に身寄りがないから謝りたいんじゃないの。

 もう、許してもらえなくて、ひとりぼっちになっても、まちがってたのは、

 私の方だから。それを認めてしまいたいのね。・・・吉子さんが許してくれ

 るかなんて、わかんないけど・・・可菜ちゃん、助けてくれる? 

 ママに謝る時に、そばにいてくれるだけでいいの。・・・私が悪かったのを

 認めて、謝ったって証人になってほしい。・・・ああ、これもずるいわよね。

 私が確かに謝ったとこを見ててほしいなんて・・・何て、言ったらいいのか

 しら。」

やっと口ごもってしゃべるのをやめた萌子を見て、可菜はくすりと笑った。

「証人、なるよ。大人が謝るとこ、しっかりこの目で見てやる! 

 大人はずるいから、ぜったい謝ったりしない。って、いっつも頭に来てたん

 だよね。萌子さんはそうじゃないってとこ、見せてもらおうじゃありませ

んか!」

「可菜ちゃん・・・! よろしくお願いします。」

「はい。」

萌子は、まるでつっかえていたものが取れて、すっきりしたような顔をして、運転を再開した。可菜は、うれしかった。

和子ちゃんと、萌子さんが、どんな話をして、そんなことになったのか、想像してみた。

和子ちゃんは、見た事もない未来の世界に、突然放り出されて、私みたいに、その時代の誰かになりすますなんて、考えつきもしなかったんだ・・・・。

だって、何一つ、自分の知識からは出来はしないくらい、文明が発達しちゃってるんだもの。

電子レンジから、鍋で煮る方法に変えることはできても、鍋で煮る方法しか知らないのに、電子レンジなんてキーを押して使うことなんて、思いつくわけないもん。

仕組みさえわからない物が、いっぱいあふれてる。

私だって、しくみなんて知らないけど、生まれた時から、順に使い方を覚えてきたから出来るだけ。

携帯だって、パソコンだって、掃除機や湯沸し器だって、どう動かすのか教えてもらわない限り、わからないと思う。

それで、早々に、萌子さんに打ち明けた。・・・

全部をさらけ出す和子ちゃんに、萌子さんは自分の身の上話をするはめに、なっちゃった・・・とかね。

萌子さん・・・私には、こんなに早く、心開いてくれたかどうか。

赤子のような無防備な和子ちゃんだからこそ、出来たこと。だったんじゃないかな。

私は・・・? 

和子ちゃんのために、何がしてあげられた?

結局、この私たちの入れ替わりって、なんだったんだろう・・・。

戦争なんて知らない私が、アメリカの攻撃におびえたり、戦争の結果なんて知るはずのなかった和子ちゃんが、戦争の被害を調べたり。・・・・

入れ替わり直して、死んだはずの人が、生きられてハッピーエンドなら、意味があったのに・・・。和子ちゃんは、家族を結局守れなかったなんて・・・

私が、水汲みしたり、火をつけられるようになったり、少したくましくなっただけじゃん。

うん。私が、和子ちゃんのためにしてあげられたことは、疎開先で、役に立つ良い子だった。とかいう評判を、保てたことくらいだ。

結局疎開先で、和子ちゃんが働いたことはなかったわけだから、評判は全部、私の行いの結果だもん。

川島和子ちゃんの評判を落としたりは、しなかったぞ。

ま、優秀ってほどでは、なかったけどさ。

これだけ手がガサガサに荒れちゃうくらいは、がんばった。


こっちの世界は、平和で、便利で、清潔で、快適だ。

なんだって、あっちよりはましかも! って、思える。

これから、どんな事が待ち構えてても、なんだってあっちよりまし!って思える。

だって死んじゃうわけじゃないじゃん!って、がんばれる気がするなぁ。

あそこでは、いつも隣りに死がくっついていて、怖かった。

機銃掃射は、めっちゃ怖かったし!

おなかが空いて、つばさえ胃にしみるくらいカラカラの空っぽなんて経験したことなくて、死ぬかもって、怖かったし。

しらみがうつったら・・・って怖かった。

今なら、アメリカに空から撃たれたりはしない。

おなかもあそこまで空くことはないだろう。

しらみやダニなんて、薬でやっつけられる。

慶子おばあちゃんが言ってた、「感謝!」・・・だ。

何もかもに、感謝したくなる。

年寄りがよく、あんた達の時代はいい時代だよ。って、言う意味がわかった。

前は、そうかなぁ。なんて思ってたけど、本当だ。

全然いい!よ。


車が萌子の住む市の中心街を走り、にぎやかな人や車があふれていた。

そして、ママとの約束の2週間は、とうに過ぎて、3週間になろうとしていた。

ママに電話しよう。

萌子さんと、仲直りしよう。って。

それが終わったら、私の長い戦時中の苦労話を、聞いてもらおう。

どんなに疑わしそうな目をされても、パパにも聞いて信じてもらうんだから!

だって、本当の本当に、私が体験した、お話なんかじゃない。体験談!なんだから!

・・・夏休みの後半の旅行は、どこを考えてくれてるのかなぁ。

火をおこして、パパとママに、ごはん炊いてあげようかな。

食べられる草や木の実を、教えてあげようか。

・・・それとも脱自然!で、思いっきりテーマパークや添加物三昧でもいい。

やっと、パパとママに、会えるんだ!

胸をはって、会える! 

ただいま! パパ! ママ!                 




                                (完)

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