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この時代で自分のできる事って?

*お話は2011年春当時に書かれたものです。戦争の終った1945年を始め、

 いろいろな「何年前」などの表記が2015年から考えるとおかしな事になって

 きてしまうので、ご注意ください。

 もう、「読んでいる今は2011年なのよ~」とかいう気持ちで読んでいくのが

 bestです。

1944年―――


 慶子は、学校の帰り道に、可菜を寄り道に誘った。

「こういう草、牛が好きなんよ。かっちゃんちの牛にも、持って帰ってあげ

 な。本当は、牛を飼っている農家では、この草、朝の暗いうちから取り合っ

 たりする大事な草なんよ。この場所は、学校行く途中で、偶然見つけた場所

 だから、うちらの近所の大人は誰も知らないの。ふふ。」

「そんな大事なこと・・・教えてくれるの、慶子ちゃん?」

「うん。でも、大人に聞かれても場所は教えちゃだめよ。私とかっちゃんだけ

 の内緒。」

「わかった。」

草が、松の枯葉集めになることもあった。火をおこすのに使うから、いくらあ

っても助かるのだ。

それから、小枝に、まきにと、火を移して大きくしていくのだ。その小枝を集めて寄り道する日もあった。

時間が余ったときには、石けりをしたり、ゴム飛びをして、少しだけ遊んだ。

お互い、早く帰って、畑仕事から帰る家族のために、夕ごはんの仕度をしてあげたかったから、長くは遊んでいられなかったけど。遊べる時は、本当に楽しかった。

ひととき、平和な心を取り戻せるようで。


また、小川で可菜が髪を洗っていた時だった。

学校帰りの日課になっていて、それが終わるのを、慶子は花をつんで待っていてくれて、それから2人で家に向かって帰るつもりだった。

すると、いつもならとっくに帰っていったはずのクラスの男の子達が、何か言い争いながら、やって来た。

「負けるはずない!」

「そうだよ。新聞でもラジオでも、また勇ましくアメリカの空母を撃沈した

 って、言ってたぞ。」

「でも、特攻隊っていうのが、募集されるんだ!」

「空からも、アメリカをやっつけるんだ!すげー!!」

「B29は、でかいんだってさ。ゼロ戦よりも、うんと。」

「だから撃ち落せないのかなぁ。」

「でも、体当たりなら、逃しようがないぜ。」

「あーっ、早く大きくなって、飛行機乗りになりたいなぁ・・・!」

「おれ達を撃ってくるアメリカみたいに、今度はおれが撃ちに、基地にでも、

 アメリカ本土にでも行ってやるんだ!」

可菜は、聞いていられなくなって、言った。

「戦争なんてするより、平和な方がいいじゃないの! 戦争が早く終わった

 ら、もうあんな飛行機にもおびえなくてすむし、サイレンが鳴るたんびに、

 防空壕に飛び込まなくても、すむんだよ!」

「そ、そりゃ、そうだけどさ。」

「疎開っ子も、母ちゃんのとこに帰れるしな。けけけ。」

「でもよー、戦争終わるって、どうやって? 

 アメリカが上陸してきても、降参しちゃだめだって、大人は言ってるぞ。」

「勝って終わらせなきゃ。」

「そうだな! 勝って終わらせなきゃな!」

「負けたって、終わればいいじゃん。」

可菜のそのひと言で、みんながシーンとした。

「ま・・・負けるって言っちゃいけないんだぞ。」

「あんただって、さっき言ったじゃん。」

「非国民! 疎開っ子は非国民って、母ちゃんに言いつけるぞ!」

「負けたって、日本のずっと未来は、けっこう楽しいよ。

 ディズニーランドもマクドナルドもできるから。平和ボケしてるっていわれ

 るくらい平和で、犯罪さえなきゃ、けっこう幸せなんだよ。」

「な・・・何言ってんだ? 敵性語? 分かる言葉しゃべれよ!」

「だから! 飛行機は、いきなり撃ってくるものじゃなくて、旅行をする安全

 な乗物になるの! あんたたちが大きくなる頃には、兵隊さんなんて仕事

 は、なくなってるってこと!」

「わ―――――――っ」

「ばか!」

「非国民!」

男の子達は、可菜に石を投げつけて、行ってしまった。

慶子が、真っ青な顔をして、言う。

「かっちゃん。負けてもいいなんて、ぜったい大人の前で言っちゃだめだよ。

 かばえなくなるよ! 憲兵に連れて行かれちゃうよ! 子どもだって容赦

 しないっていうよ。」

たった一人の味方の慶子ちゃんが、怒ってる・・・。

本当のことなのに! 

可菜は、石が当たって、血の出たおでこを押さえて、慶子が駆けて行ってしまうのを、見送った。

本当のこと、言っちゃいけないの!?

戦時中だから!?

未来が変わっちゃうかもしれないから!?

本当のことを知ってるのに、秘密みたいに、ひとりで抱えてるのは、苦しいよ・・・!

ただでさえ、言えない秘密がいっぱいあるのに! 

今まで生きてきて、こんなに口に出しちゃいけないことでいっぱいなんて、初めてなんだよぉ!!

みーんなママに打ち明けちゃえば。寝て起きたら、心が軽くなってたんだよ!!

・・・つらいんだよぉ!!

私はこの時代の人間じゃないの!

しらみなんて、うつりたくないし! 

ハンバーガーがなつかしいよ!

どれもこれも・・・言えない秘密だなんて・・・!

未来のこと、話しちゃいけなくて、話しても信じてもらえないなら、どうしてこの時代に、私は来たの!?

・・・そうだよ。日本は戦争に負けるじゃん。

夏になると、よくテレビでやってた。

原爆だとか、終戦記念日だとか。

いつだっけ・・・?

何年の夏なのかまで、覚えてない。

今年? 来年? もっと先なの!?

「火垂るの墓」ってアニメで、東京は空襲にあってた。

ここは、安全? 

まだ生きてる和子ちゃんのお母さん達のすむN市は?

疎開って、安全だと思うから避難する土地・・・なんだよね。

じゃあ、ここは安全なの?

・・・ここが安全なら、ここにいっしょに逃げて来ちゃった方がいいんじゃない

かな。

この時代の人に、戦争に負けるって言っちゃいけないなら、どうやってわかってもらえばいいの?

死んじゃったら、なんにもならない。

もう、家族で暮らせない。

家族で、生きて、いっしょに暮らしていくのが、一番大事なことじゃないの?

そうだ! 

和子ちゃんの家族を、助けてあげよう。

それだけでも、私がこんなところにまで、飛ばされてきた意味があるってもんじゃん!


晩ごはんを食べた後、みねの手が空いていて、じゃまにならないのを、よく確かめてから、可菜は話を切り出した。

「おばさん、お母さんや姉さんが、ここに来たら、迷惑ですか?」

「え?」

「私、もっとがんばって、働きます! 姉さんは15才だから、私よりもうんと

 役に立ちますよ! 赤ん坊の勝は、なんにもできないけど・・・ここに、置

 いてもらえませんか?」

「・・・・。私も前に、勧めたんだよ。和子ちゃんを預かってくれないかっ

 て、手紙をよこした時にね。農家だから、少しぐらいは食べられる。

 配給だけじゃないんだからって。・・・だけど、よねは、戦地から帰る勝一

 さんや太一くんを待つって。家を守るって、きかないんだ。」

「・・・・・・。 」

「非国民って言われちゃ、勝一さんに申しわけがたたないから、つやちゃんも

 勤労奉仕を続けさせなきゃ、だってさ。」

「そんなぁ。」

「このご時世じゃ、人とちがうことするのは、本当に勇気がいるんだよ。

 不可能に近いことだからね。仲間はずれにされたら、隣組からはずされて、

 即食べてもいかれなくなっちまうだろうしね。」

「そんな! 死んじゃうよッ ・・・いっぱい爆弾が落ちてきて!」

たぶん。

・・・「火垂るの墓」でも、町にいたお母さんは死んじゃったもん!

「それに、兵隊に行ったおじ・・・お父さんだって、帰ってくるのは戦争が

 終わってからでしょ!? 戦争終わってないのに、帰ってくるわけないよ!

 戦争が終わったら、N市に帰って、お父さんを待てばいいんだよ!」

「だから。・・・他人の目があるんだよ。子供にはわからないかね。」

「まあまあ。和子ちゃん、お母さんがいいと言ったら、うちはかまわないよ。

 手紙を出してごらん。前よりも戦争の色も濃くなって、別の答えを出してく

 れるかもしれないよ。」

兵作が、割って入ってくれた。

「おじさん! ありがとうございます!」

他人の目!

ばかみたい! ばかみたい! 

死ぬか、生きるか、って話のときに、世間体なんて!

どうでもいいじゃん!

大人って、すぐそれだ!

私、パパとママと、もう一度暮らせるんだったら、人に何言われたっていい!

何でもする! 

和子ちゃんだって、きっとそう言う!

なんで死んでから、動かなきゃいけないの!?

死なないですむ方法が、ここにあるのに!!

私、手紙書く!

会いたい! すぐに来て!って。 

つやさんもいっしょに連れて来て!って。

どうか、和子ちゃんのお母さんが、私の話に耳を傾けてくれますように・・・!


慶子ちゃんと、学校へ行く道々、木になっている「ゆすら」とか、「ぐみ」とかいう木の実を ちぎって食べた。

道ばたの木の実を、ちぎって口に入れるなんて、した事なかった。

誰も収穫しなくて、熟れて木の根元に、そのまま落ちてる木の実なら、何度か見た事があるけど。

道ばたの木の実が食べられるなんて実感、全然なかったなぁ。

みずみずしくて、おいしい、もっと大きな果物が、いっぱいお店に並んでるから、・・・かな。

小っちゃくて、種ばかり大きいけど、おいしい。

もし、もとの時代に帰れたら、庭に実のなる木を植えてもらおう。

そして実がついたら、ちゃんと全部食べてあげるの。


手紙を出して、住所がわからないことに気づいた時は、あせった。

自分の家なのに、住所がわからないなんて言えるわけがないのに。

どうしたらいいんだろう。

ばかなフリして笑われても、聞こう!と決心する頃、

みねさんがこの間の手紙を出してきて、返事をいっしょに入れてくれと、書き

出してくれたので、住所を盗み見て(墨の文字だから読むのが大変だった!)

なんとか暗記した。

手紙を出して、何日かすると、和子ちゃんのお母さんから返事の手紙が来た。

8月のお盆を理由に、実家に墓参りに行ってくると、隣組に話して、こちらに来ることにした事、切符がとりにくくなって来ているので、朝一番に駅に並んでみて、切符がとれたら汽車に乗るので、日にちが特定できない事、が書いてあった。

「やった!」

私に会ってさえくれれば、別人だってわかるから、未来人の私が危ないと訴えれば、わかってくれるはず。そりゃ、和子ちゃんがいなくなってて悲しむだろうけど・・・。

会って話が出来れば、一家で疎開を考えてくれるかもしれないもん。

私のこと、にせものってわかっても、ここに置いてくれるといいんだけ・・・。

その時、

トンネルを抜けた先で、機銃掃射を受けた光景が、目の前に広がった。

「あ!」

だめだ! あの列車は、危ないんだった。

乗り換えるK駅に迎えに行かなきゃ! 

その先の列車に乗っちゃだめ。

そりゃ、あれから毎日機銃掃射の被害があるってわけじゃないだろうけど、

怖い。

せっかく安全だと思うから、ここに来てもらうのに。撃たれちゃったら意味が

ない。

K駅は、S駅よりちょっと遠い。

忙しい畑仕事の合間に、汽笛が鳴るのがわかるくらいの距離のS駅とは、ちがう。いつになるのかわからない迎えを頼むのは、悪いだろうか・・・。

私が歩いて出迎えに行って、あの列車が危ないって説明したら、よねさんは、いっしょに歩いてくれるだろうか。

ママに車出してもらうのに、こんなに気を使って考えたことなんて、なかったな。

車なら、5分か10分の距離なんだけどな。

・・・みねおばさんじゃ、頼みづらい。

ママに、もっと感謝しなきゃだったんだなぁ。私。


夜になって、可菜はみねに手紙を見せながら、聞いた。

「8月のお盆って、いつですか?」

「13日から15日だけど、この手紙の感じだと、11日、12日なんかから切符買

 いに並んでみるかもしれないね。ま、うちはいつでもいいからね。ただ、い

 つ迎えに行ったらいいかねぇ・・・毎日行ってみるっていうのも・・・。」

「それなんですが、私、先生に言って、今週だけ、昼に帰らせてもらおうか

 と思って。それで、歩いて出迎えに行ってみます。いいですか?」

「そうかい? ・・・悪いねぇ。ちびたちを田んぼや畑に置いて、車走らすと

 心配でね。父ちゃんも、ずっと子どもら見てられるわけじゃないから。

 ま、放っといたって、勝手に遊んでるだろうけどさ。」

「いえ。大丈夫です。耕作くん達のそばにいてあげてください。」

「おまえ、行ってやっていいぞ。」

兵作さんが、話に加わった。

「いえ。ここには長く置いてもらうかもしれないんです。日常に支障が出る

 と、おいてもらうにも気兼ねが出てきますから、なるべく普段どおりに。

 普段どおりにしてても、まわってくようにしたいんです。お母さんにも、

 それはちゃんと頼んどきますから。本当に戦争が終わるまで、みんなを置い

 てください。それだけは、本当にお願いします。」

「・・・和子ちゃん。わかったよ。いつまでいたって、うちはいいから。

 よねさんによく頼みな。和子ちゃんの気がすむまで、な。」

「はい。ありがとうございます。」

いつになく真剣な面持ちで、深々とたたみにおでこをこすりつけて、頭をさげる可菜をみて、兵作とみねは、顔を見合わせた。


次の日から、可菜は、あいまいな日にちは今日かもしれない。と、駅への6キロの道を、往復した。

そして、とうとう12日のお昼に、列車を乗り換えようと降りてくる、よねを見つけた。

顔も知らないはずなのに、赤ちゃんを背負った女の人には、すべて声をかけてまわった成果だ。

「姉さんは? どうして連れて来てくれなかったの!?」

「だっておまえ・・・お国のためのお仕事があるから。・・・墓参りまでは来

 られなかったんだよ・・・。」

「あんなに頼んだのに・・・」

どんだけ頑固なのよ・・・。

防空ずきんをしっかりかぶって、和子の持っていたふろしき包みが、可菜のランドセル代わりになっているので、それを抱えている可菜のことを、よねは、和子以外の女の子だなんて、露ほども疑っていない様子だった。

「あの列車に、乗っちゃ、危ないの。」

と、何度も、駅の外へ手をひく可菜に、

「みねが、和子の様子がただならん風だ。と、書いてきてたよ。

 どうしたんだい。いつからそんなに心配性になったの、和子。」

ああ。どうしたら、わかってくれるの?

ずきんを取って、しっかり私の顔を見せなきゃ、だめ?

でももし、私を他人とわかったら、それこそ家までついて来てくれないかもしれないし・・・。

へたしたら、このまま帰っちゃうかもしれない。

水谷の家までは、私を和子と信じ込ませたかった・・・。

「和子、そんなにいつもいつも、アメリカに撃たれたりはしないよ。ほら、

 飛行機雲のひとつも、空にはないし。大丈夫だから、乗っていこうよ。ここ

 からは山があるから・・・。母さん、夜明け前から駅に並んで・・・ちょっ

 とつかれちまったよ。後生だから。ね。」

大丈夫だろうか・・・。

真っ青な空・・・ほんのひと駅・・・

水谷の家まで和子を通すか。

列車に乗って、にせものとバレても危険を説明するか。

「出発しまーす。」

車掌の声が、響いた。

「さ、和子。」

うん・・・大丈夫かも。

学校帰りに、一度機銃掃射を受けたけど、列車をねらった話は、あれから聞いてない。

ここで我を通してにせものとバレるより、ちゃんと話を聞いてもらえるなら、この列車に乗るって言う和子ちゃんのお母さんに合わせた方が、いいのかも。

この列車が安全なら。

・・・本当に?

可菜は、よねにやさしく背を押されて、乗り換えの列車に乗り込んだ。

なら、早く。

列車が標的にされて、危なくなる前に、全部わかってもらわなくちゃ!

怖くても、真剣なのをわかってもらうためなら。

ちゃんと説明しなきゃ。




                           つづく






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