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初めて聞いたママの小さい頃

*お話は2011年春当時に書かれたものです。戦争の終った1945年を始め、

 いろいろな「何年前」などの表記が2015年から考えるとおかしな事になって

 きてしまうので、ご注意ください。

 もう、「読んでいる今は2011年なのよ~」とかいう気持ちで読んでいくのが

 bestです。



2011年―――



 突然、可菜に、ママの方のおじいちゃんが出来た。

「ママには、実家なんてない」っていうのが、ママの口癖だったのに。

いったい、全体、どういうこと!?


朝、まだ暗いうちに、可菜を起こして吉子ママは言った。

「可菜。少し学校を休んでついて来てね。おじいちゃんが、亡くなりそうだって連絡をもらったの。

2,3日になるのか、1週間になるのかわからないけど、学校を休んで、いっしょにママの実家に行く

のよ。」

豊司パパはもう、荷物をトランクに積んで、車にエンジンをかけて待っていた。

「え?・・・ おじいちゃんって?」

まだ眠くて、可菜はよくわからないまま、車に乗せられて、一度も行った事のない、日本海に面した

I県へと出発した。

道中、吉子は、今まで話したことのない小さい頃からの話を、順を追って話した。

今まで一度も話したことがないということは、話すのがつらかったからだった。

可菜は、ママが泣くのを見たことはなかった。

そのママが、時に涙を流して話すのだ。

長いドライブ中、ずっと。

それは、可菜には衝撃的だった。

ママのお父さんが再婚をして、ママが7才の時に妹が生まれた事。

お継母さんになった絹さんは、年を追うごとに実の娘の萌子ちゃんとママを、ひどく差別するようになった事。

ママなりにかわいがってあげた萌子ちゃんも、ママの味方になってくれず、とうとう13才で家を飛び出してしまった事。

一番味方になってくれるべきお父さんに守ってもらえず、憎んできた事、許せなかった事。

だからずっと、ママには実家なんてないと、今まで話してくれなかった事。

を、教えてくれた。

ママが泣きながら話す、ママの昔の話は、どこか遠いドラマの中の話のように、可菜は聞いていた・・・。


ある時は、着る物を萌子の半分も買ってもらえず、萌子はいつもかわいい新しい服を着ているのに、吉子は、きゅんきゅんの肩幅がきゅうくつな服や、パンツが見えてしまうくらい丈の短くみっともないスカートを、長いこと着せられていて、写真を撮ったりする時は、恥ずかしくてカメラから逃げていた。

ある時は、食べる物を、萌子のおやつしか絹は用意せず、半分くれようとする萌子に、

「お姉ちゃんが太ったり、早く大きくなっちゃうと、ますますお洋服がきゅうくつになってかわいそうよ  ね。」

などと言いくるめて、吉子だけ「おやつなし」が当たり前みたいになっていった。

貧乏でもないのに、近所の友達の子からお下がりを絹がもらって来て、お礼を言わされた時が、一番悲しかった。と、ママは言った。

この間まで友達が着ていた服を、自分がどのくらい長くこれから着なくちゃいけないのかと考えると、

みじめすぎた。と。

「かわいそう・・・。」

そう思った。でも、ママの本当に痛かった気持ちは、この時の私には、わかってなかったんだと思う。

パパもママも、私を叱るけど、おかしい!と思うようなことは、私にした事なんてない。

ちゃんと、わかるまで話してくれる。

兄弟がいないから、私は誰かと差別された事もない。

でも、妹や弟がいたとしても、パパとママならきっと、私を傷つけるような差別はしないだろうと、思う。

泣いて、昔の思い出が止まらなくなった吉子の背中を、なでてあげているうちに、可菜はいつの間にか、眠ってしまった。・・・


おじいちゃんの入院している病院に着く頃には、吉子も泣き止んで、いつものママに戻っていて、

「可菜、起きて。着いたわよ。」

そう言って、やさしく可菜を起こした。

病院に入って行くと、いろんな機械をつけられたおじいちゃんが、ベッドに横になっていて、そのベッドの脇には、萌子が座っていた。

萌子ちゃんだ。

別れた時、7才だった萌子ちゃんは、大人になっていて、もう萌子さんだね。

もちろん、パパも私も初めて会う人だけど。

萌子は立ちあがって、3人を出迎えた。

「よく、来てくださいました。」

深々と頭をさげて・・・。気のせいか、とても長い時間頭をさげていた・・・ように思う。

ママは、おじいちゃんの死に、間に合った。

私も、初めておじいちゃんに会って、手を握って、最期のお別れをした。

会ったことがないからか、死んでしまったと聞いても、悲しくなかった。

薄情な孫で、ごめんなさい。

元気な時に出会って、いろんな話をしてみたかったな。

遊んでももらいたかったかも。

あ、でも、ママがいじめられてても、守ってくれなかったおじいちゃんだから、子どもの私なんか、嫌いかもしれないな。

私が寄って行ったら、うるさがってどこかへ逃げてっちゃう人だったかもしれないんだ。

ママを見ると、泣いていた。

ママは、もう、おじいちゃんのために泣いてあげられるんだね。

いくらもう、最後だからって、やさしいよね。

パパがその方がいいって言うからだって、ママは言う。

パパも、許してあげるの?

おじいちゃんがママにしたことを・・・?

私だけが、おじいちゃんの死についていけない。

置いてきぼりな気がする。

知らない人のお通夜、知らない人のお葬式、って感じで。

私だけ、おじいちゃんを許してあげないのは、ママが許してるのに、おかしいかな。

でも、小さかったママをいっぱい傷つけた人を、私は許したくない。と思う。

私が、まだ子どもの立場の小学生・・・だからかな?

それに、萌子さんも、あんまり好意的には思えないなぁ。

ひいきされて、ふふん。って得意がってた小さな女の子が、目に見えるようなんだもん。

ママをかばって、実のお母さんに、

「お姉ちゃんにも、あげて。」

って、頼んでくれればいいじゃんか。

実の娘にそう言われたら、もしかしておばさんも、聞いてくれたかもしれないもん。

ママに言ってみたら、

「やさしい子ねぇ やっぱり、萌子ちゃんは。」

って、うっとりするだけで、ママに何も与えてはくれなかったそう。

なんだ、言ってみてくれたんだ。

実の娘の萌子ちゃんから、どんなに頼んだとしても、なんだかんだ言いくるめられちゃったなんて・・・

ひどすぎ。

それでも味方してあげてほしかったな。


お通夜の夜、ろうそくやお線香の番をするのに、全員で起きていた。

萌子は、豊司、吉子、可菜を前に、話し始めた。

「この度は、わざわざ父のために、会いに来てくださって、ありがとうございました。」

と。

「いいえ。よく知らせてくれました。知らせてもらって、よかった。

でも、よく私の住まいがわかりましたね。」

吉子が、思いがけなかったと言うと、萌子は言った。

「父が・・・。母が亡くなってから、何年もお姉さんのことを後悔して、

お酒を飲むと泣き出して、 すまなかった。って、壁に向かってわびる

んです。」

「・・・・・・」

「私には、よく意味がわからなくて、とつとつと話すところを聞いていると、

 私の母が、お姉さんにつらく当たっていた・・・と。守ってやれなかった。

 と、言うんです。 私はずっと、母に、お姉さんは勝手をして家を出た、

 恩知らずだ。とか、一人で町でぜいたくをしている んだ。とか・・・」

「え!?」

吉子は思わず聞き返してしまって、それから先を促して萌子の話を聞く態勢にもどった。

「あんな人間にだけはならないでくれ。おまえにはありったけの愛情を注ぐ

 から、やさしい子になって、それから勉強もできるんだから、女でもえらく

 なりなさい。とか、母からそう言われ続けて育ってきたので、なかなか父

 の話が信じられなくて・・・。母が亡くなるまで、信じて疑わなかったん

 です。」

「ひどい・・・」

「ごめんなさい。みんな母のうそだったって、父から、何年もかけて聞き出

 して・・・。母が、お姉さんを・・・継子いじめしてたんだって、知った

 んです。」

「・・・・・・。」

誰も、しゃべらなかった。萌子だけが告白を続けた。

「父は、私に言いました。おまえは両親から一身に愛情を受けてきた側の

 人間だ。本当は吉子と半分こしな ければいけなかった愛情を、独り占め

 した人間だ。と。 そして、ゆがんだ、事実でない話で守られてきた。

 今こそ、本当の事を知らなければならん。 知った上で、自分を再構築せね

 ばならん。と。ごめんなさい。ちょっと話がずれちゃいました。

 それで、父は、体が悪くなるまでに、何度か興信所を使って、お姉さんの

 行方を捜していたようでした。 父が動けなくなってから、私が父の荷物

 から、お姉さんの今の住まいの住所を見つけて、連絡をしたんです。

 本当は、父が謝るために、住まいを探し当てたんだと思うんですが、勇気が

 なかったのか、先に病に 倒れて、それが果たせなかったのか・・・。

 せっかく調べた住所は、しまい込まれていたっていうわけです。」

「そうですか・・・。」

みんなが、シーンとした。

うずまき線香の灰が、ポトッと落ちる音まで聞こえる気がした。

すると、

「ごめんなさい!」

萌子が、畳に頭をこすりつけるようにして、吉子の方に頭をさげた。

「父に代わって、謝ります。それから・・・母に代わっても・・・!

 ごめんなさい!」

「萌子さん・・・」

えー・・・大人になっても、謝る時ってあるんだぁ。と、可菜はおどろいていた。

大人はよく子どもに、「ごめんなさいは?」って謝罪を促すけど、大人が子どもの前で、ちゃんと謝ったところを、見たことがなかったから、本当にびっくりしたんだもん。

ママは、萌子さんの頭をあげさせて、

「ありがとう。」

と、言った。

「小さい頃の自分が、今、許されたみたいに、やさしい気持ちに包まれたわ。

 ずっと許せないでいる自分が、いやでいやで、たまらなかったの・・・。

 もう、すんだこと。なのに・・・。 もう、切り換えなくちゃ・・・。」


お葬式も何もかもすんで帰る時、萌子は言った。

「今は、実家を離れてM県に住んでいるんです。父が悪くなって、こちらに

 帰っていたんですが、この家を 処分したら、M県に戻るので、また、会い

 に来てください。」

と、住所を書いたメモを渡した。

私は、ふ―ん・・・と軽く、聞き流してたんだけど、後になって、その太平洋側のM県が、私にどーんっとのしかかってくることになるとは、その時は思いもしなかった。・・・


夏休みが近づいてきて、吉子は可菜に言った。

二人で涼んで、ジュースを飲んでいる時だった。

「萌子さんの家に、行ってほしいの。」

と。

へ!? それ、どういうこと!?

「なんで、私が!?」




                                      つづく

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