第十三話 月の光は、愛のメッセージパッシング
「オレについて来い」
女神さまは立ち上がると、スタスタと部屋の扉の前まで歩いていってしまう。
あの扉は、開かなかったはずなんだけどなあ。
仕方がないので、黙ってあたしもついていく。
女神さまは、どこからともなく大きな銀の鍵を取り出し、開かずの扉をガチャリと開けてしまう!
「いやあ、ようやく部屋から出られるねー。ほら、朔ちゃん、はやく行こうよー」
【邪気眼】が急かすので、扉から外に出ていく女神様に、やはり黙ってついていく。
「あれ? 廊下じゃない!」
あたしの部屋の外は、前世のおじいさまの道場になっていた!
道場床は、ついさっき掃除したばかりの様にぴかぴか。
嬉しくなって、靴下を脱いで、素足で歩いてみる。
赤みがちな、杉の木材でつくられた床。
適度にすべり、柔らかな感触。
懐かしい!
「このメスブタが! なにをニヤニヤしてやがる!」
モノスゴイパンチで、女神さまに殴り倒されるあたし。
でも、こんな痛みなんて、何でもない!
やっぱりあたしの居場所は、道場が一番だ!
「九頭龍は、マガツカミをブッ飛ばすために、オレが編み出した武術だ。キサマはオレのパシリとして、他の神に舐められないように、トコトン鍛えぬいてやる」
「え~。コワいなあ。ボクもいつか、朔ちゃんにブッ飛ばされるようになるのかなあ」
【邪気眼】、あんたは、ぜんぜん怖がってないし!
まあ、【邪気眼】のことはどうでもいいや。
女神さまが編み出したようなスゴイ武術を会得できるのであれば。
武術で立身することもできるはず!
「何度も言わせるな! なにをニヤニヤしてやがる!」
立ち上がったのに、また殴り倒されるあたし。
「でも、ヌトスちゃん。朔ちゃんの夢の中の体は、日本人のままなんだよ。ヌトスちゃんの武術は、扶桑人が身につけることが前提じゃないのかな~」
「気安くオレの名前を呼ぶな!」
【邪気眼】も女神さまに殴り倒され、床をすべっていって壁にぶつかる。
この道場は広いから、二人ぐらいブッ飛ばされても、問題ないわね。
「ではメスブタ! 立ち上がって、自分の膝を見てみろ!」
「……はい、喜んで」
言われるがままに立ち上がり、スカートのすそをたくし上げてみると。
……あれ?
あたしの脚が、微妙に肉付きやシルエットが変わってる。
動かしてみると、膝が少しだけ、前にも曲がる!
これ、扶桑人の脚じゃないの!
「メスブタは、オレと契約することで、魂の形も扶桑人となった! これで問題あるまい」
「でも、女神さま。それなら今のあたしは、天城朔の幼女ボディじゃないとおかしくないですか?」
また、スゴイパンチで殴り倒されるあたし。
「メスブタ風情が調子に乗るな! キサマはオレに平伏して、『はい、喜んで』とだけ答えればいいのだ!」
「でも、それだと、修行中に質問したくなった時はどうするのかな~」
邪気眼もまた、スゴイパンチで殴り倒される。
「必要なことはオレが判断して説明する。メスブタはオレに黙って従えばいいのだ! 堕天使は余計な口を挟むな!」
あたしをさんざんイジってくれた【邪気眼】がブッ飛ばされるのは、別にいいけど。
この空間で、女神さまにツッコミを入れられる存在がいないのは困った!
「修業は今晩から開始する。寝る前に右腕に祈りを捧げれば、ここに来ることができる。逃げるなよ」
そう言うと、女神さまは今までにないキレ味の超スゴイパンチで、あたしのアゴを殴りつけた。
あ、これは入ってる。
だんだん、きがとおくなる。
「月の光で編まれたネットワークが、アイを以て、魂を浄化するのだ。これ以上、ケガレが拡大しないよう、こき使ってやるからな」
女神さまの何だかよくわからないセリフを聞きながら、あたしの意識は完全に落ちた。
「朔、しっかりして!」
泉母上の声で、目が覚めた。
どうも、泉母上に抱きかかえられてるみたい。
「朔、良かった。またずっと起きてこないんじゃないかと、心配したんだから」
暁姉上が、子供らしい泣き顔で、あたしを覗きこんでいる。
周囲を見渡すと、こ壁の全面が鏡ってことは、まだ神社の境内にいたんだ。
「どうした、朔。どこか調子が悪いのかい?」
「……大丈夫です、響母上。ちょっと眩暈がしただけです」
体には異常がないようなので、自分の足で立ち上がる。
着物の袖が、あたしの血で真っ赤に汚れてしまったわね。
「本当に大丈夫か、医者の俺が確認するぜぃ」
日向博士があたしの額に左の手のひらを当てながら、右手に持った筆で空中に記号を描く。
「ふむふむ。特に異常は見つからないにゃー。ついでだから、着物のよごれも落としておいたぜぃ。俺ってば、至れり尽くせりのお医者さまだにゃー」
日向博士の言う通り、血のよごれがキレイにとれてる!
今のが、学問の神さまの神通力なのかしら。
「よかった」とつぶやきながら、泉母上と暁姉上が、あたしを抱きしめてくれる。
「可愛い孫娘を、まさか、七五三で危険にさらすとはな」
青嵐おじいさまが、険しい表情で禰宜たちに叱責目線を送る。
「青嵐さま、このようなことをくり返さぬように、【月光の癒し手】の使い手は、境内に一人は常駐させます」
禰宜たちは、流石に不味いと思ったのか、顔色が悪くなっている。
青嵐おじい様も、神社に対して命令する権限は持ってないようで、それ以上は何も言わずに、難しい顔をしたまま頷いてみせる。
「朔姫さま、先ほどの【月光の癒し手】は、素晴らしい神通力でした。姫さまは、月の女神さまに深く愛されているようですね」
何も知らない、月の女神さまに仕える神職たちが口々に褒めてくれるけど。
メスブタ呼ばわりされて、何度も殴り倒されたばかりなんですけど。
でも、そんな話は出来ないので、あたしも黙り込んでしまう。
……本当に、自分たちが仕える女神さまの性格を知らないのかしら?
「これほど月の女神さまに愛されている方は、他には考えられません。神職の道に入りませんか? 姫さまの神通力であれば、ヌトス大社の巫女王となる可能性が大いにありますぞ」
ヌトス大社のいうのは、扶桑国に三千社あるという【月の女神】を祀る神社の中で、一番大きな神社だったかな。
そこで、巫女王とやらになれるのなら、出世として【邪気眼】も認めてくれるかも。
夢の中で女神さまにいびられるなら、開き直って、現実でも女神さまに平伏する人生でもいいかも。
でも、確認しないといけない、重大な要素がある!
「禰宜さま、巫女王になった場合は、結婚は許されるのでしょうか?」
もし巫女王になると結婚できなくなるなら、巫女王になんてなっちゃダメよね。
あたしが結婚できないと、世界が破滅しちゃうみたいだし。
あたしが乗り気になったと勘違いしたのか、禰宜さまは、嬉しそうに顔をほころばせる。
「巫女王には処女性が求められますが、結婚は問題ありませんよ。女性の夫となれば良いのです」
……そうだった!
この世界は、同性愛がありふれた話だったんだ!
「わははっ! 朔ちゃーん。巫女王は、扶桑人の女の子が憧れるお仕事の一つだから、巫女王になれば、可愛い女の子がより取り見取りになるぜぃ。You、巫女王しちゃいなよ」
結婚相手に困らなくなっても、あたしは、女性の夫になる気なんてないわよ!
やはり、あたしは武術で立身するしかないわね。
どこかに、武術系イケメンとの出会いはないものかしら?