第十二話 月の光に導かれ
「いつまで寝ているつもりだ! さっさと起きろ! このメスブタが!」
いきなり、お腹を踏みつけられた!
驚いて目を開けると、誰かのスカートの中から、見慣れた青いボーイズレッグが丸見え。
……なに、この状況は?
「キサマ! どこを見ておるのだ! このハレンチなメスブタめ!」
スカートの中を見せつけてくれている誰かが、何度もあたしのお腹を踏みまくる。
あたしの上に乗ってるんだから、見上げたら丸見えになるに決まってるじゃん!
、あたしのインナーつけて、声があたしってことは、【邪気眼】かよ!
「誰がメスブタなのよ! あんたが自分からインナーを見せてるんでしょ!」
【邪気眼】が、思い切りあたしのお腹を踏みつけているので、身動きが取れない!
コイツ、いったいどーゆーつもりなのよ!
「おーい、ヌトスちゃんやー。いつまでも朔ちゃんを足蹴にしたままじゃ、話が進まないよー」
「邪悪な堕天使が! オレの名前を気安く呼ぶな!」
もう一人、あたしと同じ声でしゃべる誰かがいる!
あっちにいるのが【邪気眼】なら、あたしを踏んでるのは誰なのよ!
相手の足首を狙い、殴りつけようとしたら、するりと避けられてしまった。
こちらも追撃のために素早くベッドから起き上がり、相手に向き直る。
やはり、あたしと同じ姿をしたのが二人いる!
一人は、卓袱台の前に座り、あたしをニヤニヤと見てる【邪気眼】。
もう一人は、卓袱台を挟んで、【邪気眼】の前に立ち、あたしを睨みつけている。
こいつ、ムチャクチャ強そう!
睨まれているだけで、体の震えが止まらない。
蛇に睨まれた蛙ってこんな気分なんだ!
「ほらほら、朔たんが怯えてるっしょ? どらやの栗ようかんを用意したから、食べながらおしゃべりしようよ」
【邪気眼】は、どこからともなく取り出した栗ようかんを切り分けはじめる。
「ふんっ! キサマが菓子を出すなら、オレは甘露を飲ませてやろう。畏れおののけ!」
ヌトスたんとやらが、ドヤ顔を決めながら、急須から湯呑にお茶を入れ始める。
……お茶の匂いが、こんなに甘く薫り高いなんて!
殺気立った雰囲気が、どこかのどかなものになり、あたしの緊張も和らいだ。
「朔たんも、こっちに座って。どらやの栗ようかんは好物だったよね?」
状況がよくわからないけれど、【邪気眼】に勧められるままに、大人しく卓袱台の前に正座する。
「では、朔たんにご紹介~。彼女は月の女神さまだよ~。スゴイよね~」
「スゴイよね~って! あたしの夢の中に、どーして女神が出てくるのよ!」
スゴイパンチで殴り倒された!
痛い!
まったく反応できなかった!
「オレを呼びだしたのは、キサマだろう! 信仰心がないメスブタが、気安く【月光加持】を乱用しおってからに!」
鼻をさすりながら、起き上がる。
夢の中だから、鼻血が出ないらしい。
【月光加持】?
すると、この失礼な女が、月の女神さまなのか!
「……あの、女神さま。メスブタは止めて頂けないでしょうか」
火に油を注ぎたくないので、低姿勢で。
「メスブタが、ナマイキにもオレに指図するな! いいか、キサマはオレの言葉の前には平伏して、『はい、喜んで』とだけ答えろ!」
メスブタなんて呼ばれて、誰が嬉しいのよ!
救いを求めて、【邪気眼】の方に視線を送ると、ニヤニヤと嬉しそう。
コワいのと、キモイの。
どちらもケンカして勝てる相手じゃないので、従うしかないか。
自分に負けなければ、いつかコイツラにリベンジできる日がきっと来る!
異世界は、女神も堕天使も、あたしにやさしくありません!
「……はい、喜んで」
あたしを屈服させて当然! とばかりに胸を張る女神さま。
……なんで、この世界の女神が、前世のあたしと同じ顔で、日本の中学校のセーラー服着てるのかしら?
「いいか、よく聞け! 神通力は、信心なき者が使ってはならんのだ! オレが創りあげたシステムをぶっ壊す気か!」
ダメだ、こりゃ。
質問できる空気じゃないよ。
大人しく、女神さまの怒りが通り過ぎるのを待つあたし。
「オレの神鏡は、信心なきブタを見逃さない! メスブタ、キサマは正しい選択をしたぞ。あの時、【月光の癒し手】を使わなければ、キサマは死んでいた」
正しい選択をしたはずなのに、メスブタ呼ばわりされるあたしは、どうしたらいいの?
この女神さま、理不尽すぎてついていけそうにない。
「あの鏡で、信心なきブタの選別を選別する。【月光の癒し手】を使わないザコブタは殺し、時間制限内に鏡を修復したメスブタは、こうしてオレサマが品定めしてやるわけだ」
何、それ!
あの鏡、とんでもない地雷じゃない!
「まあまあ、女神さま。リラックス、リラックス。ようかんを食べなよ。美味しいよ~」
「……甘露も冷めてしまうな。よかろう。メスブタも食って飲んでいいぞ」
「……はい、喜んで」
女神さまのオユルシが出たので、湯呑に注がれた、甘露とやらに口をつけてみる。
……!
なにこれ!
一口飲んだだけで、メスブタ呼ばわりされてたまったストレスが癒されていく。
こんなおいしいもの、飲んだことがない!
「ムチの次に、アメを与える。女神さまは、メスブタの扱い方をよくわかってるねえ」
フンスッと息を吐いて、女神さまも甘露を飲みはじめる。
「メスブタは信心が足りないが、災いを避けようとしたところだけは認めてやる。供物をオレに捧げれば、これからもオレサマの【月光加持】を使わせてやる」
「……はい、喜んで」
あたしが大人しいので、女神さまのゴキゲンがよくなってきたみたいだけど。
供物って何を差し出せばいいのかしら。
「左腕はケガレているな。では、供物として、キサマの右腕を捧げよ」
あたしの返事も待たずに、女神さまが、あたしの右腕をひっこぬく!?
……あれ、痛くないぞ。
むしろ、右肩があたたかくなってきた。
驚いて右肩を見てみると、ちゃんとあたしの右腕はついてる!
あれ?
じゃあ、目の前で、女神さまが持ってる腕は?
呆然としていると、引き抜かれた腕が、光の粒子のように、周囲に溶け込むように霧散してしまう。
「捧げられた右腕のかわりに、オレのわけ御霊を、キサマの右腕に降神した。これがオレとキサマの契約のアカシだ。朝と晩は、右腕をオレと思って祈りを捧げよ」
新しい右腕を動かしてみるけれど。
元の右腕と、何が変わったのかしら?
まったく、違和感がないんですけど。
「キサマの腐った性根は、オレサマが叩き直してやる。オレのパシリに使うには、キサマは弱すぎるからな。泣いたり笑ったりできないようにしてやる! 楽しみにしておけ!」
女神さまは獰猛な笑みを浮かべて、あたしを威嚇する。
「やったね、朔ちゃん! 光と闇が両方そなわり、最強に見えるよん」
【邪気眼】が、おバカな合いの手を入れるけど、スルーする。
「……はい、喜んで」
「いい返事だ。キサマには、世界最強の武術、九頭龍を伝授してやろう」
こうしてあたしは、夢の中で、女神さまに弟子入りした。