第十一話 異世界の七五三
「私にまで、新しい着物を用意していただいて、ありがとうございます。本当に嬉しいです」
赤紫色を基調に、花灯籠が刺繍された三つみの着物の上から、淡いピンク色の被布を着た五十鈴ちゃんは、青嵐おじいさまの前で、はにかんで見せる。
今日はこれから、七五三参りにお出かけするために、暁姉上とあたしだけでなく五十鈴ちゃんも着飾っている。
「日向先生には、朔がお世話になったからな。暁と朔の良き友人である、五十鈴は、我が孫同然よ。子供が細かいことを気にするでないぞ」
孫とその友人たちの晴れ姿を見て、青嵐おじいさまはゴキゲンね。
五十鈴ちゃんが着飾るなら、当然あたしたち姉妹にも、新しい着物が用意されている。
淡いピンク色に金糸で百合の花が刺繍された三つみの着物と、やはり淡いピンク色の被布。
着物は暁姉上とあたしがお揃い。
被布は三人ともお揃い。
……百合の花には、特に意味は無いんですよね?
深読みしなくても、いいんですよね?
「朔も五十鈴もよく似合っているわ。朔とお揃いの着物を着るのは今日がはじめてなのよね。心がおどるわ」
今日の暁姉上は、何時ものツインテールではなく、上品な三つ編みに髪をまとめている。
髪型も実は、全員お揃いだったりする。
生まれ変わってから、ここまでオシャレしたのは、はじめてかも!
脳筋なあたしでも、オシャレできるのはのは嬉しいぞ。
「暁の三歳の七五三は、赤城城下の神社街だったけれど、今回は天城に戻って来てるからね 賑やかにお祝いできるよ」
神社街というのは、神社ばかり集められた街の一角の事。
商店街の商店のように、神社ばかりが並んでるのよ。
神々の御利益が、日々の生活に多大な影響を与えているため、大きな街には神社街があるものなんだとか。
泉母上と響母上は、お揃いの色留袖を着ている。
二人は何時も右手に手袋をしているのに、今日はちょっと違う。
中指を覆い隠すアーマーリングのようなアクセサリーを身につけている。
お揃いって事は、結婚指輪みたいなものなのかしら?
「今日の泉母上と響母上は、中指が素敵ですね」
よく考えてみたら、両親の右手をまともに見るのは、今日が初めてのような気がする。
一緒にお風呂に入るときは、包帯のようなものを中指に巻いているし。
ここまで徹底的に、中指を隠されると気になる。
……中指に何か、深い意味があるのかしら?
「これは私たちの結婚指輪なのさ。女性同士の場合はこうして中指に嵌めるんだよ」
「女性同士の場合? 他にも結婚指輪があるのですか?」
響母上は、中指の指輪を見せてくれる。
中指の第一関節から爪までガチガチにガードされてるみたい。
金属製に見えるのに、響母上が中指を曲げると、指輪も指の動きに合わせて収縮する。
「そうだよ。男性同士、女性同士、異性とそれぞれの夫婦の性別で結婚の証が違うんだよ」
「男女の夫婦の場合は、左手の薬指に水色の結婚指輪だぜぃ。ほら、この通り」
日向博士が見せてくれた結婚指輪は、水色の光沢を放つ金属でつくられたシンプルなデザイン。
なるほど、あたしは男性と結婚するわけだから、未来の旦那さまとは、お揃いの水色の指輪をはめることになるのね。
「男同士の純愛の証は、この赤い指輪を人差し指にはめるッス」
突然しゃしゃり出てきた、長身のイケメン。
朱門おばあさまなのかと思いきや、浅黒い肌は似ていても、容姿が違う。
イケメンは総髪にした黒髪が美しく、黒い瞳は知性的な光を宿している。
紋付き袴姿が、さわやかで凛々(りり)しい。
筋肉ダルマではなくて、ソフトマッチョ。
これまで出会った男性の中では、一番のイケメンかも。
でも、今日は身内だけで七五三に出かける予定だったはず。
護衛の武士は、あたし達とつかず離れずの距離を保ち、陰に徹するって聞いていたんだけどなあ。
じゃあ、このイケメンは誰なのかしら?
「流石の朱門も身内の祝いごとには正装で臨むか。相変わらずの男振りだな。惚れ直したぞ」
え゛?
今、青嵐おじいさまは、イケメンの事を朱門って……。
マジマジと、イケメンを見上げてみるけれど、朱門おばあさまには、少しも似てないじゃない!
「朔たん、どうしたッスか? 婆やに見とれてしまったッスか? 我ながら罪作りな男ッスね」
脳内が拒絶してたけど、声は朱門おばあさまと全く一緒だ!
でも、あの筋肉ダルマが、ナニをどうすると、こんなイケメンに変身するわけ?
「ええと、朱門おばあさまなのですか? いつもとお姿が違うようですが。それに髪の毛もかつらには見えませんし」
「普段は、ハゲヅラをしてるッスよ! 俺の筋肉は伸縮自在ッスから、紋付き袴を着る時は、筋肉をキュッと縮めてるッス」
朱門おばあさまが、何を言っているのか、全然わからないんですけど。
伸縮自在の筋肉?
……もう、おばああまに関しては、深く考えるのは止めておこう。
神社街は、まるでお祭りのように屋台が並んでいた。
……いや、お祭りなのかしら。
青嵐おじいさまを見た人々は、あたしたちにそれとなく道を譲ってくれる。
すれ違う人々は、口々にあたしたちの七五三を祝福してくれるのが嬉しいわね。
このお祭りの出し物は、あたしたちなのかな
。
屋台をのぞいてみたいけれど、守護神の選択は今後の一生に深く関わるそうだから真剣にいきたい。
扶桑人の守護神は、初宮参りの時に最初の一柱が判明するけれど、三歳、五歳、七歳の時に神社参りすると、そこで祀られている神様の御加護を新たに一柱ずつ授かる。
日本の七五三とは、全然違うわね。
大人になってから新しい神様の守護を授かるためには、厳しい修行やら試練が待ち構えてるらしい。
初宮参りで判明した、あたしの最初の守護神は【月の女神】。
今日は三歳の守護神を選ぶことになるんだけど。
婚活戦士となってしまった以上は、恋愛に御利益がある神様の加護が欲しい!
武術はどうするのかですって?
扶桑人は戦闘民族。
故に、あたし達の神様は全て武神としての側面を持っているそうだから、恋愛の神様でいいのよ!
恋愛に御利益があると信仰されている、神々の主なラインナップはこちら。
【美の神】
女神ではなく、男神なんだとか。
女神の中で誰が一番美しいのか、神代に激しく争ったため、妥協案として美を司る女神は存在しないことになったとか。
【愛の女神】
恋愛成就を祈願するなら、ど真ん中ストライクの女神様よね。
【豊穣の女神】
大地に恵みをもたらす女神様なんだけど、子宝に恵まれる御利益もあるとか。
恋愛できない事には子宝にも縁が無いわけで、恋愛祈願をする人も多いらしい。
朝陽さまの最初の守護神と聞いている。
【星の女神】
夜空で一際強く輝き、迷える人々に方角を指し示す女神さま。
恋の迷いにも御利益があるとか。
月の女神がこの世界に現れるまでは、彼女が主祭神だったそうな。
陽月さまの最初の守護神と聞いている。
この世界の魔術に該当する神通は、守護神の力を借り受けるものなので、ご利益ではなく神通力の使い勝手で守護神を選ぶ人たちもいるとか。
あたしは【月の女神の力】を借りる【月光加持】という神通力を習得しているけれど、その効果はどちらかと言うと回復と防御などの支援系に偏っている。
ファンタジーRPGに例えると、僧侶の魔法みたいな感じね。
ちなみに、同じようにファンタジーRPGに例えると、魔法使いっぽいのは【学問の神】の神通力だと、日向博士から教えられている。
まず最初に、美の神さまの神社にお参りに行くことになった。
朱門おばあさまの守護神が、美の神さまだと聞かされると、ご利益に疑問がわいてくる。
でも、素顔? はイケメンなのよねえ。
青嵐おじいさまとは、孫がいる年齢になっても仲睦まじいようだし、神様の御利益なのかなあ。
美の神さまの神社の境内は、神官や巫女だけでなく、参拝客も美男美女が多い。
おおう、これはご利益に期待してもいいのかしら?
脳筋のあたしであっても、自分がきれいになりたいという気持ちはあるのよ。
「ようこそ、我らが神社にお越しくださいました。七五三のお参りでしたら、わたくしが祭祀を執り行います」
長身痩躯、金髪碧眼の王子さまみたいなイケメン禰宜が名乗り出る。
扶桑人の容姿は、肌や髪、目の色に全く統一性がないのよねえ。
地球の欧米風、アジア風、中東風、アフリカ風と、同一人種とは思えないぐらい、容姿がバラバラなのよ。
狩衣に金髪碧眼って微妙な取り合わせだなあ。
イケメン禰宜の案内で、社殿の一つ通されて、並べられた縁台に腰かける。
目の前の祭壇には、大きな鏡が中央に置かれており、幣帛と神饌が規則正しく並べられている。
ちなみに、神饌とは、飲食物などの神さまへの御供物。
幣帛と言うのは神饌以外の御供え物で、衣服や武具など祀る神さまによって内容が異なるとか。
イケメン禰宜があたしの前までやってきて、玉串を差し出す。
「美の神さまは、美しい方はより美しく。そうでない方は、それなりになる加護を授けて下さいます。朔姫さまでしたら、それなりの恩寵を受ける事が出来ましょう」
おい、今なんて言った!
それなりの恩寵って事は、遠回しにあたしが可愛くないってディスってるの?
日向博士が爆笑する。
「わははっ! 相手が権力者の孫であっても、御世辞一つ言わないなんてロックな神社だねぃ。朔ちゃん、面白いから玉串奉奠して、ご加護を貰うといいにゃー」
皆の手前、ヒステリックに騒ぎ立てるわけにもいかず、噛み砕きそうな力を込めて歯を食いしばる。
玉串を神前に捧げて拝礼することを、玉串奉奠というのよ。
七五三で玉串奉奠を行うと、対象の神さまからのご加護を賜ることになるの。
そうだ、こういう時こそ、心に月を観じねば。
目を閉じて、心の中に満月を観じていると、神職たちが騒ぎ出す。
うるさいなあ。
大声を出したいのは、あたしの方だっての!
目を開くと、祭壇の大鏡が黄金色に強く輝いてる。
大鏡の輝きを見て、皆が感嘆の声を上げ、中には拝みだす人もいるんですけど。
「美の神さまは、朔さまに興味を示しておられます。さぞかし、それなりの恩寵を授かる事でしょう。さあ、こちらで玉串奉奠をどうぞ」
……期待を持たせて、あくまでも、それなりなのかよ!
悔しくて涙目で、青嵐おじいさまを見上げると、あたしの目尻を指で拭ってくれる。
「他にも沢山の神さまがいらっしゃるのだ。無理にここに決める必要はあるまい。次に行こうぞ」
青嵐おじい様の鶴の一声で、次は愛の女神さまの神社へ向かうこととなった。
愛の女神さまの神社の境内は、カップルと思しき二人連れが沢山!
中には男性二人組、女性二人組もちらほらいるけど、きっと友達同士で、お互いに、彼氏彼女が出来ますように、と仲良く御参りに来たんでしょうね。
この神社における七五三を担当する禰宜は、浅黒い肌の肉感的な美女だった。
……神職が無駄にお色気を醸し出すのはどうなのかしら?
幼女のあたしから見ても、匂い立つような妖艶さ。
「七五三でしたら、愛の女神さまの加護を願うと宜しいかと思いますわ。私事で恐縮ですが、大人になってから修業を経て神職となってから、恋人に困ったことはありませんの。こんな事なら、七五三の時に加護を得るべきだったと後悔さえしてますの」
蠱惑的な微笑みを見せる禰宜のお姉さん。
神職が「恋人に困った事が無い」って発言はどうなのかしら?
……恋人をとっかえひっかえしてるってこと?
あたしは、大多数の男性にモテたいわけじゃなく、あたしのことだけを見てくれる、一途な彼氏が一人だけ出来れば、必要十分なんですけど。
「愛の女神さまがもたらす恩寵により、朔姫さまの未来は、百合色に染まること間違いなし、と断言できますわ。是非、玉串奉奠をどうぞ」
「薔薇色の未来ではなくて、百合色の未来なんですか? はじめて耳にする表現なのですが、どのような未来が開けるのでしょうか?」
あたしの未来が未知の色に染まるのはスゴく嫌なので、要点は確認しておきたい。
「男性には薔薇色の未来。女性には百合色の未来が開けるのが、一般的な愛の女神さまの御加護ですのよ」
お色気満点の禰宜お姉さんが、何を言ってるのか理解できないんですけど。
男女で、なぜ色が違うのかしら?
男女間で恋愛観が違うとか、そういうことが言いたいのかしら?
「百聞は一見に如かずと申しますわね。この拝殿に控える巫女たちは、全て私の恋人ですの」
お色気満点の禰宜お姉さんは、傍に控えていた美少女巫女を抱き寄せると、情熱的なキスをって、神前で何してんのよ!
「愛の女神さまの御加護は絶大ッスよ! 男同士の純愛、女同士の絶愛を願うなら、ここしかないッス! 俺も七五三で愛の女神さまの御加護を受けたその日に、青嵐さまとの運命的な出会いをしたッス!」
「朱門おばあさま。愛の女神さまは、男女間の恋愛が成就する御加護を下さらないのでしょうか?」
朱門おばあ様は、コイツわかってないなーと言いたげな呆れ顔になる。
「朔たん、男女間の恋愛なんて、ありふれていて面白くないッス! 愛の女神さまは、同性愛を全力で応援してるッスよ! でも恋愛観を押し付ける気はないッスから、男性との出会いが欲しいなら、他の神さまに御参りした方が良いッスよ!」
そういう、大事なことは境内に入る前に教えてほしかったんですけど。
……でも、あたしのために付き合ってくれてるわけで、家族に文句を言う筋合いではないのよね。
「青嵐おじいさま、あたしは少し頭を冷やしたいので、暁姉上と五十鈴ちゃんの七五三を先にお願いいたします」
暁姉上と五十鈴ちゃんの体は、まだ五歳。
あたしのわがままに黙って付き合ってくれているけれど、疲れてるはずよね。
「私も三歳の七五三の時は、朝陽さまと同じ、豊穣の女神さまにお参りしたの。守護神が同じなら、一緒に同じ神社に参拝できるでしょう? 朔も陽月さまの御側役になるなら、星の女神さまを守護神にという選択肢もあるのよ」
「姉上、ありがとうございます。では、あたしは星の女神さまを新たな守護神と致します」
御側役として侍るなら、主と同じ守護神でも良いわよね。
星の女神さまも、恋愛の御利益があるみたいだし、貴重な時間をこれ以上無駄遣いできない。
暁姉上は、五歳の守護神に学問の神さまを選んだ。
姉上は既に幼年学校に入学しているけれど、向学心に目覚めたんだとか。
これで、暁姉上の守護神は、【火焔の神】、【豊穣の女神】、【学問の神】の三柱となった。
五十鈴ちゃんの五歳の守護神は、【蜘蛛神】さま。
彼女の守護神は、【学問の神】、【商売の神】、【蜘蛛神】の三柱。
【蜘蛛神】の加護を得ると、【蜘蛛神天網】に関わる恩寵があるとか。
【蜘蛛神天網】が、インターネット的な何かであるなら、教頭先生の捜索に役立つ日が来るかもしれない。
星の女神さまの神社では、粛々(しゅくしゅく)と祭祀が執り行われたので、あたしも大人しく玉串を奉納した。
七五三では、既に守護神とした神さまにもお参りしないと駄目なんだとか。
今日は朝から、【美の神】、【愛の女神】、【学問の神】、【蜘蛛神】、【商売の神】、【火焔の神】、【豊穣の女神】、【星の女神】と九つも神社詣でをしたので、もう夕方になっている。
途中で何度か休憩して、残るはあと一つ。
あたしの最初の守護神、【月の女神】に詣でたら、今日の七五三はやっと終わりになる。
……姉上の言う通り、星の女神さまを選んでよかったような気がする。
朝陽さま、陽月さま、暁姉上、あたしの守護神がある程度ダブらないと、御参りするのが大変だ!
神社街の奥にある、一番大きな神社に、月の女神さまは祀られている。
青嵐おじい様を先頭に境内に入ると、神職だけでなく、一般の参拝客もあたし達を待っていたのがわかる。
参拝客たちは、あたし達の通り道を開けるようにて、御座敷いて宴会してるのよ!
「ハハハッ! 最後に月の女神さまに御参りする事は、民にも周知していたからな。皆、朔の初めての七五三を祝うために集まってくれたのだぞ」
今日の七五三は、色々な意味で心身ともに疲れてしまったけれど。
家族の思いやりと、城下の皆さまのありがたいお気持ちを目の当たりにして、目頭が熱くなる。
こんな素敵な人たちの未来を護る為にも、あたしは幸せな結婚をしないとね!
既に守護神とした神さっまへの七五三の御参りは、守護神によって大きく異なるとか。
月の女神さまの場合は、壁が全面鏡張りの大広間へと通された。
あたしたち家族全員と、神職たちが並んでも余裕があるくらいの大広間。
見渡す限り全ての壁が鏡ってのは凄いなあ。
大広間の中央に設けられた、祭壇の前で禰宜から玉串を受け取ったあたしは、玉串を捧げる為に祭壇の前へ進み、軽く一礼。
玉串の葉先を神前に向け、左手に玉串の根元に持ち替えて、ステキな男の子との恋愛が成就しますように! とお祈りする。
あとは、二礼二拍手一礼して、席に戻ればいいんだっけ。
あたしが祭壇に背を向けると、鏡が全て黄金色に輝きはじめる。
床と天井以外の全方向が強く光ってるから、眩しくて目がくらむ。
ギチギチと耳障りな音が、壁全面から聞こえてくるんですけど。
音と光がようやく止まったと思いきや、鏡が全て粉々に砕け散り、床にばら撒かれる。
「な、なんという事だ! 神代から伝わる神鏡にこの様な凶事が!」
血の気が失せた真っ白な顔で、禰宜達は愕然としている。
凶事って、今日はあたしの七五三なのよね。
「皆の者、怪我はしておらぬか?」
青嵐おじいさまの問いに、あたしも慌てて家族の様子を窺う。
どうも、鏡はすぐ真下の床に落ちたみたいで、誰も破片で怪我をしたりはしていないらしい。
「父上、幸い誰も怪我はしていないようです。……しかし、一体何が起こったのでしょうか。禰宜殿、状況の説明をお願いする。我ら武士には、何が起こったのか理解できない」
泉母上の問いに、禰宜は咳払いをしてから何かを畏れるように、緊張した声色で語りだす。
「古来より、我が神社には次のような言い伝えがございます」
神鏡が割れた時は、直ちに『月光の癒し手』で修復すべし。さもなくば、災い有らん。
「では、禰宜殿、災いを回避するために、直ちに修復をお願いします」
「も、申し訳ございません! まさか、このような事態になるとは想定外だったため、『月光の癒し手』を使える神職は、出払っております!」
「何と不用心な! すぐに呼び戻せ!」
温厚な青嵐おじいさまがガチでお怒りになるぐらい、事態はマズイみたいね。
仕方がない。
直ちに修復しないと、災いとやらがあるのなら。
目立ちたくなかったけれど、あたしが何とかするしかない。
心の中に、満月を観じる。
「掛けまくも畏き、搴刀須珂鞍武流大神に恐み恐も白さく。御身の慈光にて、諸諸の禍事罪穢有らば、祓へ給ひ清め給へ」
加持は、祝詞を唱えた方が、効果と精度が高まる。
内心に輝く満月から、あたしを通じて、女神の御威光が顕現する。
「【月光の癒し手】!
あたしの全身から、黄金に輝く腕が無数にのびて床へ向かう。
輝く腕は次々に鏡の破片を集めると、するすると器用に壁へと埋め込んでいく。
「な、なんと!」
神職たちが狼狽する声が聞こえるけど、役に立たないなら、黙ってあたしの集中を乱さないでほしい。
満月からのもたらされる神通力の供給は十分すぎるけれど。
水道管は大きくても、「蛇口」に該当するあたしの体は、まだ三歳児のもの。
両手の毛細血管が破裂したのか、血まみれになるけれど、【月光の癒し手】は、あたしの傷も瞬時に癒していく。
傷が治るのは良いけれど、何度も傷つき、幾度も癒されると、全身の神経が悲鳴を上げる!
「朔、しっかりして!」
母上たちに抱きかかえられる温もりを感じながら、あたしの意識はブレーカーが落ちたようにプツンといってしまった。