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第十話 宴

 「あかつきさく。しばらく見ないうちに大きくなったな。今日は堅苦しい話などはせぬし、誰にもさせん! ここがお前達の我が家なのだ。構えず楽にせよ」


 呵々(かか)と笑って見せる青嵐せいらんおじいさま。


 ……おじいさまなのよね?

 見た目は、いずみ母上にそっくりなんだけど、声が低いから男性なんだろうなあ。


 あたしと日向ひゅうが博士たちとのやり取りの間、あかつき姉上は起きてこなかった。

 くたくたに疲れていたんでしょうね。


 あの後、家族でお風呂に入ってから、大広間に通されて、大宴会の始まり始まり。

 上座には、天城あまぎ家当主、青嵐せいらんおじいさまがデデンと座り、両脇にあたしたち姉妹、更に隣には母上たちが、周囲を囲む親族一同と談笑している。


 ……人数が多すぎて、親戚だと言われても、全員の名前と顔を覚えきれる自信が無いわ。

 うん、無理。

 あかつき姉上は如才にょさいなく、親戚たちと挨拶を交わしている。

 やはり、あかつき姉上が、五歳にして次期当主のうつわだわ。


 【邪気眼】からは、出世払いするよう契約させられたけれど、あたしは政治ではなく武術で立身りっしんするつもりだ。

 何処かの流派で免許皆伝を目指し、更なる高みへ。

 あたしが新しい流派の開祖にでもなれば、【邪気眼】も出世したと認めざるを得まい。


 ところで、朱門しゅもんおばあさまらしき人物が見当たらないんですけど?

 朱門しゅもんおばあさまは、あたしたちが赤城あかぎ城に滞在中、ずっとこの天城あまぎ城にいたらしく、一度も顔を合わせてないのよね。

 

 あたしがキョロキョロしているのに気が付いた青嵐せいらんおじいさまが、あたしの肩をやさしく抱いてくれる。


 「さくや。見てばかりいないで、しっかり食べるのだぞ。何か苦手な料理でもあったか?」


 体格差から、横に並んでいるあたしは、おじいさまを見上げる形になる。


 「ありがとうございます。美味しそうなものばかりなので、目移りしてしまいました。ところで、朱門しゅもんおばあさまはどちらにいらっしゃるのですか?」


【鬼青嵐】との武名をとどろかせるおじいさまも、幼い孫は可愛いくて仕方がないといった風情で、目じりがたれている。

 やだ、おじいさまったら、可愛い。


 「ハハハッ。朱門しゅもんの奴はな。留守居役を任せた間に体が鈍ってしまったと山籠もりに入ってしまったわ。孫との対面の時は、満足できるまで鍛えぬいた肉体美を見せたいらしいぞ」


 山籠もりはともかく、肉体美?

 あたしが怪訝そうな顔をしていると。


 「儂も朱門しゅもんもまだ四十にもなっておらんぞ。まだまだいずみには当主の座は譲れん」


 アラフォーどころか、JKなんですと言われても納得してしまいそうなぐらい、青嵐せいらんおじいさまは若々しい。

 と言いますか、男性だからバストが無いのと、声以外はいずみ母上そっくりなんですけど。


 「流石、おじいさまもおばあさまもお若いですね。……扶桑ふそう人で老いた方を見かけないのですが、扶桑ふそう人秘伝の健康法でもあるのでしょうか?」


 先住の民にも長寿の種族がいるらしいけれど、お爺さんやお婆さんらしき姿は見かけている。

 扶桑ふそう人の寿命は六十年ぐらいと聞いているんだけどなあ。

 

 「さくは幼いから知らぬか。我々扶桑ふそう人は、戦闘民族だ。成熟した後は死ぬまで戦い続けられるように、生涯老いる事は無いぞ」


 なによ、それ!

 あたしは野菜人みたいなのに生まれ変わってしまったのか!

 流石に、おじい様にツッコミを入れられないので、愛想笑いでごまかす。


 「朱門しゅもんおばあさまは、奔放ほんぼうな女性のようですが、修行ばかりにかまけないで、孫にもかまっていただきたいです」


 などと、可愛くねて見せると、青嵐せいらんおじいさまの目じりが更に下がる。


 「儂も朱門しゅもんには手を焼いているのだ。許せよ、さく。それと勘違いしているようだが、朱門しゅもんは儂の妻に相応ふさわしき、筋骨隆々の偉丈夫いじょうふだぞ」


 ……。

 ……。

 理解が追いつかない。

 偉丈夫いじょうふって、男性を形容する言葉よね。

 しかも、筋骨隆々?


 改めて青嵐せいらんおじいさまの顔を見上げると、いずみ母上そっくりな、限りなく女性的な美貌。


 そっかあ。

 おばあさまは男性なんだ。

 しかも、筋骨隆々?

 両親は二人とも女性。

 祖父母は二人とも男性。


 ……天城あまぎ家は、同性愛の家系なの?

 前世のあたしの両親も、女性同士だったけれど!

 あたしは、女性には興味ないし!

 ……それとも、天城あまぎ家独特の慣習なのかしら?

 おずおずと、青嵐せいらんおじいさまに尋ねてみる。


 「おじいさま、天城あまぎには、同性と結婚しなければならない仕来しきたりでもあるのでしょうか?」


 「なんだ、さくよ。三歳でもうそんな先の事を考えているのか? 面白い奴よ。そんなおかしな仕来しきたりなどないから安心せよ。許婚いいなずけもおらぬ。結婚相手は自分で自由に探すのが天城あまぎの生き方ぞ」


 変な仕来しきたりが無いのは良かったけど。

 そうか、許婚いいなずけがあり得ないなら、あたしが独力で結婚相手を探さないといけないんだ。

 世界と、日向ひゅうが家の命運をたくされし婚活戦士となってしまった以上、今から精一杯、女子力を磨いて、ステキな男の子と恋愛するんだ!

 もしも遺伝子に、同性愛的な情報が刻まれていても!

 あたしは、運命だけでなく遺伝子にも、あらがってみせる!

 

 しかし、困ったなあ。

 身内に同性愛者しかいないなら、あたしは恋愛の相談を誰にしたらいいのかしら?

 五十鈴いすずちゃんは、前世では同性愛者ではなかったはずだし、五十鈴いすずちゃんが良いのかなあ。

 転生をくり返してるなら、人生経験も豊富なんだろうし。


 五十鈴いすずちゃんの姿を視線で追いかけると、宴会芸を始めようとする日向ひゅうが博士を必死になって止めている。

 ……ついさっきまで重い話をしてたのに、二人とも気持ちの切り替えが早いなあ。


 気が付くと、青嵐せいらんおじいさまだけでなく、母上二人とあかつき姉上もあたしの顔を見て笑っている。


 「さくは愛い奴よのう。表情が豊かで飽きさせん。やはり孫は可愛いものだな」


 あたしって、気を抜いてると笑われるほど、面白い顔になってしまうのかしら?

 ……そうね、思い出したわ。

 前世でも、あたしの百面相は身内に笑われていた。

 あたしは剣道の試合で負けた事は無くても、ポーカーとか、ババ抜きではさっぱり勝てないのよ!

 変よね?

 防具つけてなくても、面を被らずに素顔で対戦しても、剣道では同世代に負け知らずなのに!

 武道では勝てて、遊びには勝てないなんてどうなっているのかしら。

 まあ、いいわよ。

 あたしは、自分が選んだ道を突き進むだけよ。

 賭け事はしない事にしますよ。



 暫くの間、家族だんらんの時間を過ごす。

 世界がどのように破滅してしまうのか分からないけれど、あたしが結婚するかどうかがトリガーになっているのなら。

 まだ時間的猶予はあるのよね。

 たとえ今だけであっても、この温もりに心を委ねよう。


 あれ?

 急に、廊下の方が騒がしくなってきて。

 しかも、音がどんどん近づいてくる!

 まさか、お城の宴会に賊でも?

 この体ではまともに戦えないけれど、せめて足手まといにならないようにしないと!


 あれ?

 あたしが覚悟を決めているのに、何事もなかったように宴会が続いてるって事は安心してもいいのかしら?


 気を緩めて、食事を続けると、やっぱり誰かが宴会場に走りこんできたらしい。

 でも、誰も騒がないってことは大丈夫なのよね?

 ここにはあたしより強い武士が沢山いるんだものね。


 周囲の喧騒を無視して食事をしていると、突然誰かに後ろから抱きかかえられる!

 あたしが、いとも簡単に背中をとられた!

 明らかにタダモノじゃないけど、騒ぎにならないということは不審者ふしんしゃじゃないのよね。


 「朱門しゅもんうたげには間に合わせたか。お前の帰りを心待ちにしていたぞ」


 朱門しゅもん

 あたしを抱きかかえているのは、朱門しゅもんおばあさまなの?

 背中にはゴツゴツとした筋肉が当たってるって事は、上半身裸なのかよ!


 「さくたん、会いたかったッス! さあ、さくたんの婆やの肉体美、その眼に刻み付けてほしいッス!」


 朱門しゅもんおばあさまは、あたしから体を離し、いつの間に前に回り込んでいる。


 速い!

 全然、反応できてない!


 恐る恐る見上げると、下半身ははかまだけど、上半身は全裸。

 無駄に健康的な浅黒い上半身は、見事なまでに筋肉隆々。

 禿頭とくとうの大男が、白い歯を輝かせながら、何やらポーズを決めている。


 すごく暑苦しいし、キモイです。

 でも、抱きかかえられた時、柑橘系かんきつけいさわやかな香りがして、汗臭さがなかったとこだけは評価してあげていい。


 ……。

 あたしは、何も見なかった!

 そう、あたしにおばあさまなんていないのよ!


 ……。

 周囲のだれも、大男にツッコミを入れないどころか、一族郎党は腰を低く相対あいたいしてる。

 いずみ母上たちだけでなく、あかつき姉上も、楽しそうに大男と談笑している。

 大男は、見かけとは裏腹に、家中の人気者みたい。

 あたしには理解できない良さがあるのかしら?

 

 楽しげな笑い声が絶えない宴会を、あたしは心中で血の涙を流しながら、やり過ごした。

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