第九話 帰郷
あたしたちが、天城の領内に入ると、田んぼしかないのどかな田舎道でも、駕籠と騎馬を見かけた人達が、声をかけ、手を振ってくれるようだ。
天城家の人達は、住人たちに信頼されてるんだなあ。
天城の城下町に入ると、お祭り騒ぎになっていた。
「天城の姫様たちのお戻りだ!」
「泉姫さま! 響さま! お二人の御子のお披露目をお願いいたします!」
駕籠の隙間から、周囲の様子を窺うと、大道芸人がパフォーマンスしてるし、屋台も並んでる。
……なんで、ここまで大騒ぎしてるの?
町中から歓声が鳴り響き、花をまく人、万歳三唱する人がいたりと、皆が浮かれている。
泉母上は、城下の人達には姫さまって呼ばれてるんだ。
すると暁姉上とあたしも、みんなからお姫さま扱いしてもらえるのかしら?
前世では、【百人殺し】という不名誉な二つ名で呼ばれていた、あたしがお姫さま!
あたしみたいな脳筋でも、お姫さま扱いされたら有頂天になってしまいそう!
赤城城に居た時は、皆から子供扱いされてたけど、御膝元だと反応が断然違う!
「朔、民に声をかけてあげたいところだけど、あたし達はまだ幼く、万が一の事態に対処できないわ。護衛の者に迷惑をかけないよう、城につくまでは大人しくしていなさい」
暁姉上は、今日も平常運転。
細かい気配りができる五歳の姉って、頼り甲斐があるわあ。
駕籠の引き戸が閉まっているから、外が見えないけど、駕籠者たちに指示する泉母上の声を察するに、どうやら天城城の門をくぐったらしい。
などと考えていると、駕籠が下ろされ、跪いた伊吹が引き戸を開けてくれる。
「城内に到着いたしました。さぞやお疲れの事でしょうが、今しばらくご辛抱いただきたく」
「伊吹、貴方こそ護衛の努め、ご苦労であった」
暁姉上が伊吹に、ねぎらいの声をかけながら駕籠から降りるので、あたし達もついて行く。
泉母上はまだ部下たちに指示を出しているためか、響母上があたし達の元にやってくる。
「皆、お疲れ様。私たちの居室に案内するから、もうちょっと頑張ろうね。お風呂に入って一休みしたら、夕餉の席で義父上と会えるよ」
あたしたちの祖父である天城青嵐は、多忙を極めるため、あたしたちが寝てしまった時間に顔を見に来ていたと聞かされている。
まだ実際に会って話したことが無いのよね。
どんな人なのかしら?
などと考えながら、周りを見回してるんだけど。
赤城城よりは、ちょっと小さいかもしれないけど、立派なお城だ!
ちなみに、この世界のお城も、本丸以外にも様々な建物がある。
年中行事や儀式を行う三の丸、
城主の居住空間である二ノ丸。
そしてあたし達が赤城城で滞在していた下屋敷。
泉母上が次期当主なので、天城城でも下屋敷で過ごす事になるのでしょうね。
と想像した通り、響母上に案内されたのは、やはり下屋敷だったみたい。
日本のお城との違いをどう説明したらいいのかしら?
文化財扱いされる前のお城を知らないので、どこまで違うのかよく分からないのよねえ。
合流した泉母上たちと一緒に、下屋敷に近づくと、入り口前に陣列が組まれているのが見える。
「泉姫様! 響様! 暁姫様! 朔姫様! お帰りをお待ち申し上げておりました。どうぞ、ご友人の皆さまも一緒にお入り下さい。万事整えましてございます」
陣列の先頭にいた、猫獣人の女性が、恭しく頭を下げると、陣列も一斉に頭を下げる。
扶桑人だけでなく、獣人などの先住の民もいるみたい。
赤城城内では、殆ど先住の民は見かけなかったんだけどなあ。
「出迎えご苦労。桔梗、子供たちは疲れている。先に中に案内して休ませてやってくれ。私たちは雑事を済ませてから、改めて居室に帰る。頼んだぞ」
猫獣人の女性は桔梗さんかあ。
一番先頭に居たって事は、御殿女中の中では偉い人なのかも。
「俺様もお子様達と一緒に休ませて貰うぜぃ。暁ちゃん達の事は任せておきな」
日向博士の申し出に、泉母上は微苦笑で応じる。
「では、日向先生。娘たちの事をお願いいたします」
泉母上が、桔梗さんに視線を送ると、以心伝心なのか、桔梗さんが笑顔であたし達を迎えてくれる。
「お初にお目にかかります。わたくしは下屋敷の管理を任されております、桔梗と申し上げます。ささ、姫さま。どうぞ中でおくつろぎ下さいませ。歓待させていただきます」
下屋敷の入り口に入り、奥へ上がる前に靴を脱ぐ。
草鞋や下駄もあるけど、革靴が存在するのよ!
オシャレなブーツもあれば、ゴツイ長靴を見た事もある。
やはり、色々な意味で異世界だわ。
桔梗さんに中を案内される間も、すれ違う皆が、あたし達に暖かい声をかけてくれる。
天城家は、家中の人心をしっかりまとめてるみたいね。
あたしと五十鈴ちゃんは興味深そうにキョロキョロ視線を動かしてるけど、暁姉上は威風堂々(いふうどうどう)! という感じでのし歩いてる。
本当に五歳児なのかしら?
下屋敷の中は、きれいに掃除されている。
建物はちょっと古いみたいだけど、手入れがしっかりされてるのね。
「やれやれ。やっとゆっくりとくつろげるぜぃ」
暁姉上とあたしの為に用意された部屋なのに、日向博士は、我関せずと机の上の茶菓子を食べ始める。
日向博士には、一々ツッコミを入れたらキリがないので、誰も何も言わない。
疲れてしまったのか、暁姉上は、別室で寝てしまっている。
つまり、この部屋には地球からの転生者が三人いるだけ。
どうしよう、前世の知人だから正体を明かしてもいいかしら。
思い切って、日本語で話しかけてみよう。
「お久しぶりって言えばいいのかしら? まさか異世界で、五十鈴ちゃんと日向博士と再会するとはね」
さりげなさを装ってあたしが二人に声をかけると、途端に凍り付いたように動かなくなる!
あれ?
ちょっと!
どうしたのよ!
日向博士の隣に座って、揺すぶってみようかしらと腰を上げたところで、二人の顔に感情が戻って来たのが分かる。
日向博士は、大きなあくびを一つしてから、あたしに向き直る。
「やれやれだぜぃ。やっと朔ちゃんが声をかけてくれたのか」
日本語だ!
「……何度くり返しても、急に記憶が戻って来ると、頭がパンクしそう」
五十鈴ちゃんも日本語で、頭を抱えながら独り言ちる。
……どういう事なのかしら?
記憶が戻ったって、どういう意味なの?
「朔ちゃんが気が付いたように、俺様と五十鈴は、前世からの君の知人だ。家族ぐるみの付き合いのね。俺様たちは何度も何度も、この世界で人生をやり直しているけど、朔ちゃんが日本語で話しかけてくれないと、この事を思い出せないのさ」
「何ですって? 人生をやり直す? あたしも二人と同じように、転生を繰り返してるの?」
唐突な急展開に、理解が追いつかない。
調息して、心の中に月を観じると、ようやく落ち着いた。
「朔ちゃんが、私たちと一緒なのか分からないの。何故なら、あたし達が出会った朔ちゃんは全員、転生をくり返してるって自覚が無かったみたいだし」
五十鈴ちゃんは、やけに大人びた顔になる。
「朔ちゃんと違い、記憶を持ち越して転生をくり返している俺様たちは、未来がどうなるのか、ある程度わかっているぜぃ。ただし、未来について朔ちゃんに詳しく語ると駄目みたいなんだにゃー」
……なぜ駄目なのかしら?
どう質問したら良いのか分からないので、視線で日向博士に解説の続きをうながす。
「未来について知ってしまった朔ちゃんは、必ず独身のまま死んでしまうんだにゃー。教えられるのは三つだけ。朔ちゃんが死んだらアウト。結婚しなくてもアウト。多分、朔ちゃんが俺たちに日本語で話しかけなかった展開もアウトだったんだろうにゃー」
独女のまま過ごす未来の可能性もあるのか!
名家のお姫さまに生まれても、結婚できないなんて、そのあたしには何が起こったんだろう!
生唾をごくりと飲み込んでから、おずおずと日向博士に質問する。
「アウトってどうなるの? それと、あたしたちは日本でどのような死を迎えたのかしら? それと、教頭先生もこっちの世界に来てるの?」
教頭先生と言うのは、日向博士の奥さんで、五十鈴ちゃんの母親であり、あたしの学校の教頭先生でもある、日向彩さんだ。
室内の空気が変わる。
日向博士だけでなく、五十鈴ちゃんも強張った表情になる。
「この世界が滅亡して、また俺達は、朔ちゃんに日本語で話しかけられるまで、記憶を失ったまま転生を繰り返す。俺達一家は、飛行機が撃墜されて死んだらしい。俺達は朔ちゃんより先に死んだようだから、朔ちゃんの死因については分からない」
あたしより先に、日向博士が死んでいたですって?
しかも、飛行機が撃墜って何があったのよ!
心に月を観じたあたしは、動揺しないはずなのに、手に汗が滲むのが分かる。
「そして、彩さんは、五十鈴をこの世界で産んだ後、必ず行方不明になってしまう。何度転生をくり返しても、彩さんには二度と会えなかった! 転生をくり返してる事を忘れている時期だから、彩さんに注意を促すことも、ただの一度も出来なかった!」
何時もヘラヘラしてる、日向先生が、頭をかきむしって慟哭する。
「朔ちゃんだけが、私たちの希望なの。きっとお母さんが見つからなかったのも、失敗の原因だったと思うの。私たちが、お母さんと再会するまでの間、朔ちゃんは死なないで、幸せな結婚をして欲しいの」
五十鈴ちゃんが、あたしの手を両手で握りながら、大粒の涙を流しだす。
前世の五十鈴ちゃんが、ここまで大泣きした事なんて見た事が無かったはず。
胸が苦しくなる。
あたしの結婚の成否で、世界の運命が変わってしまうなんて!
【邪気眼】は、こんな事、何一つ説明しなかったじゃない!
あたしの左腕に同化してから、黙り込んだままだし!
きっと、【邪気眼】も、運命の鍵を握っているに違いない!
【邪気眼】が、お喋りをしないといけなくなるような状況を作り出してやる!
幸せな結婚生活は、あたしとしても望むところよ!
女としての幸せと、武道家としての鍛錬を必ず両立させてやるんだから!
恋愛も知らずに、独身のまま死んでしまうなんて、絶対に嫌だ!
そして教頭先生は、前世で凄くお世話になった、あたしが一番尊敬してる女性。
探すぞ。
見つけるぞ。
必ず、教頭先生と五十鈴ちゃん達を再会させる!
前世から、あたしは逆境に追い詰められるほど、闘志が燃える、熱血ファイターだったのだ!
誰があたしたちの運命をねじ曲げているのか、このあたしが黒幕を見つけ出して、倍返ししてやるんだから!