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霧湖に風が吹く

 時間は既に真夜中を過ぎたはずだ。

 俺達は、機関車を止めて、床に置いた地図を眺めていた。

 地図に記された路線はひどい。

 何十本もの線がごちゃごちゃに書き込まれて、細かい記号が無数に記され、それを数え切れないほどの注釈が覆い尽くしている。

 読みづらい。というか、読めない。

 この世界の人間は、地図を描くセンスが足りないんじゃなかろうか?

「どっちにしろ、地図は役に立たないって事だよな」

「最新の情報が、ありませんからね」

 地図に記されていないポイントがあったら、右に行くべきか左に行くべきかわからない。

 間違えた方を進めば、さらにドツボに嵌る。

 運よく地図に記されているポイントを見つければ、そこからやり直せる可能性は残されているものの、行った先の線路が遭難列車で塞がれている事だってある。というか、あれらは正規ルートを進んでいる途中で各坐した物なわけで、正しい道こそよけいに危ない。

 いつ衝突を起こしてしまうか分からない、怖い。


 かと言って、ここで待っていても何の解決にもならないし、そもそも近道のつもりでこのルートに入ったのだから、本当は立ち往生している時間などないのだ。

 要するに、八方塞りだった。


 道に迷った時の脱出方法は、主に三通りある。

 誰かに道を聞く、何か大きな目印を探す、来た道を逆戻りする。

 とは言え、ここには誰もいないし、霧のせいで遠くは見えない。

 だとすると、逆戻りしかないわけだが。

「戻る道、分かるか?」

 キュウナに聞いてみる。

「分からなくはないけれど、微妙ですね。他の道が合流している所もあったし」

「やっぱりか」

 これが本当の五里霧中だ……と思ったけど笑える気がしなかったので口にはしない。

「そもそも機関車ですから。後進も一応可能だけど、長距離をそれで進むのはお勧めできません。向こうが見えないし、ポイント変えられないし」

「だよなぁ」

 進むどころか戻る事すらできない。絶望的な状況。

 せめて霧をどうにかできれば、話は違うのだけれど。そんな物、人の力ではどうしようもない。

 何かいい事を探すなら、借金の返済の事は考えなくて済むとか? 機関車もろともさようならだ。担保も取りはぐれる、ざまぁみろ。

「……って、いいわけないよなぁ」

 死んだと思ったら助かって、そしたらまた死にかけている。

 それとも、やっぱりこれが俺の運命だったのだろうか?


 休息室の方に行って戸棚を探したらココアのビンが見つかった。

 備え付けの簡易キッチンのような場所でお湯を沸かして、二人分のココアを作って、運転席に戻る。

 キュウナは膝を抱えて座り込み、地図のあちこちを指でなぞっては何か考え込んでいたが、困り果てたように首を振る。

「飲むか?」

 俺がカップの一つを差し出すと、キュウナは驚いたような顔になる。

「私の分もあるんですか?」

「ああ」

 自分の分だけ用意するような状況じゃないし普通だろ。

 なんでそんな驚いた顔するかね。


 カップを受け取ったキュウナは一口のみ、顔をしかめて舌を出した。

「あ、ごめん。熱かったか?」

「大丈夫ですよ」

 キュウナは微笑み、俺を見つめる。

「あなたって不思議な人ですね」

「そうかな?」

 この世界の常識とか知らないから、何がどう不思議なのか分からない。


 確かにココアは熱かった。が、疲れと眠気で途切れそうになる意識を覚ますには十分だった。

 息で冷ましながら飲み終えてから、話を戻す。

「何かいい案が浮かんだか?」

「特には何も」

「さっき、地図を見て何か距離を測ってるみたいに見えたけれど」

「歩いて脱出したら、どれぐらいかかるかと考えていただけですよ」

 なるほど。歩いて、か。

 歩くなら機関車の何倍もの時間が掛かるが、途中のレールを別の何かに塞がれていても、乗り越えて進むことができる。逆もどりも可能だ。

 湖の上という立地なので、道なき道を進むというわけには行かないが、帰る希望が断たれたわけではない。

 ただし、それは大きな決断を要する。

「機関車を、放棄するって事か」

 俺は天井を見上げる。

 これを手放すとか問題外のような気がする。

 異世界に召喚された勇者が、魔王倒すの諦めるようなもんじゃないか。それはマズイ。

「確か、これ借金の担保とか言ってなかったっけ? 借金の返済も出来なくなるし、持ち帰れなかったらマズイんじゃないのか?」

「そうでしょねぇ」

「あのにはヤクザ系のオッサンにはなんて言うんだ? 機関車は湖にあるから自力で回収してくれって?」

「それで許してはくれないでしょう。本当に湖にあるのかすら確認できませんし」

「だよなぁ」

 大量の荷物もここに置いたままだし。というか、この積荷のために借金したんじゃないだろうな?

 その借金は、誰がどうやって返すんだ?

 俺か? 俺が身体で返せと?

 でも無理だろ百万ソネン。日本円でおよそ一億。

 一生ただ働きとかじゃねーか。どうすんだよ。


「でも、よく考えるとですね」

 キュウナは俺に寄りかかってくる。何でそんなに近いんだ? やめてくれ。こっちは男子高校生だぞ。フラグと勘違いするぞ!

「これ、あなたが作った借金じゃないんですよ」

「いや、そうだけど」

「あなたは知らん振りしても問題ないんじゃないですか?」

 至近距離から悪い笑顔を浮かべるキュウナ。耳もとに息がかかってくすぐったい。しかもなんかいい匂いがする。

 誘惑されている気がする、二重の意味で。

「機関車は返さなきゃならないだろ。俺の物じゃないんだから」

「それだって、遭難したんだから仕方ないですよ」

「その言い訳が通じるかどうか、微妙な気がする」

 危険地帯だって事を知った上で進んでるからな、儲けのために。

「責任感がおありのようで」

「別にそういうわけじゃない。ただ、なんかしっくりこないって言うか……」

 なんなんだろう。上手く言い表せないけど、このままではいけないというのは分かる。


「やはり、あなたは人がいいんだと思いますよ。まあ、そんなのに付き合う私も人の事は言えませんけどね」

 キュウナは立ち上がると、大きく伸びをした。

「さてと、そろそろ出発しましょうか」

「え? 道、分かるのか?」

 列車で行くにしても、徒歩で行くにしても。現在地すら定かではないのに。

「分かるわけないでしょう。でも霧が晴れれば、なんとかなるはずです。全速力が出せれば、まだ間に合うはずだし」

 それは良かった。歩かなくて済みそうだし。

 でも、霧が晴れるのを待つのか? それで解決するなら遭難者なんかでないと思う。

「霧は、いつ晴れるんだ?」

「いつまで待っても、晴れませんよ。ここはそういう呪いがかかった土地ですから」

「呪い?」

 そう言う物なのか?

「だから私がなんとかします」

「ん?」


 キュウナは休息室の車両を通り抜けて、後ろに出る。そこには何もない。後ろに鉱石を満載した貨車が繋がっているだけだ。

 何を始める気なんだ?

「まあ見ててください。よっ、と」

 キュウナは貨車についたハシゴをよじ登り、鉱石の上に立つ。そして俺に言う。

「この鉱石、何に使う物だかご存知ですか」

「いや、知らないけど」

「でしょうね。ボイオニア鉱石は、この世界特有のものですから」

 だったら聞かないで欲しい。

 あれ? 何か今、変な言い方しなかったか? まるで俺が……

「さて問題です。この鉱石は何に使うでしょう」

「だから知らないよ」

「簡単に諦めないで、少しは考えてみてくださいよ」

「そんな事言われてもな……。鉱石なんだから、鉄とかみたいな金属か? あ、石炭も鉱石の内だっけ? じゃあ燃料もか?」

「その二つの内で言うなら、燃料に近いですね。いい線、ついてますよ」

 燃料か。

「それが何なんだよ」

「売り物ですけど、ちょっと使いますよ」

「ああ」

 何に使うつもりだろうか?

 今の状況では特に何の役にも立たないように思える。機関車の燃料は別の物を使っているはずだし。

 火でも焚いて明りにするとか?


 俺が黙って見ていると、懐から何かを引っ張り出して広げた。扇子だ。

 あの扇子はどこかで見覚えがある気がする。

 確か、最初に会った時に持っていた。

 そういえばあの時、機関車に引かれかかっていた俺は謎の横風に吹き飛ばされて事なきを得たわけだけど。あの横風は一体なんだったのか……。


 キュウナは扇子を顔に当て、手を空にあげる。

「るーる、るーる、るーるるるー」

 呪文のような、謎の歌だった。

 何がしたいのかまるでわからない。

「おい、キュウナ、ちょっと落ち着けって」

 俺が声を掛けると、キュウナは扇子を上段に構え、霧の中へと投げた。

「……?」

 扇子はブーメランのように回転して飛んでいき、戻ってきた。

 いや、戻ってはいない。ただ、風を切る音が、聞こえてくる方向を変えながらもいつまでも消えない。

 キュウナを中心に、円を描く軌道を飛んでいるようだ。

「何をしたんだ?」

「魔法というか、浄化ですよ」

 気付けば、キュウナの周囲を取り巻くように光の柱が発生していた。

 何だこの光? 空から? いや、むしろ、キュウナの足元から出ているように見える。

 光っているのは、貨車に積んだ鉱石だ。一体、何をしたんだ?

 そして、その光の周囲を風が渦を巻き始めていた。

 霧を含んだ空気が、旋回しながら上昇していく。

「竜巻か?」

 機関車を中心とした竜巻が発生している。これ、キュウナがやっているのか?

 周囲の霧が上空へと吸い上げられていく。

 この竜巻で霧を全て吹き飛ばしてしまうのか?

 だが、上手く行くわけがない。なぜなら竜巻は空気を動かすだけだから。

 ここら一帯の霧が吸い込まれた分、その周囲の霧がやって来て、空気を白く染めてしまう。霧その物を消す決定打にはなり得ない。

 あるいはまさか、この湖の上にある霧の全てが消えるまで竜巻を続けるつもりなのか?

 さすがにそんな事は不可能だと思うが。


 と、俺の額にポツリ、水滴が落ちてきた。

「雨?」

 見上げれば、空は雲に覆われていた。

 いや、そもそも空が見えるってどうなってるんだ? さっきまで霧しか見えなかったのに。

 キュウナは貨車の上から降りて来ると俺の隣に立つ。

「この谷は、呪いによって降雨を禁じられているんです」

「呪い?」

「普通の土地では、空気の中に水蒸気が満ちると雨になって降り注ぐ。けれどここでは、それが許されていません。その結果、水蒸気は細かい水滴となって空中に溜まり続ける。それがこの霧の正体なのです」

「えっ?」

「私は今、上昇気流を起こしました。これによって、湖に溜まった霧が上空に上って冷やされて、雨粒になって落ちてきているんです。もうすぐこの辺りの霧は、洗い流されてしまうはずです」

 何を言っているのかよく分からないんだけど、要するに霧を消したって事か?

 あの変な鼻歌で?


 いつの間にか、雨は豪雨になっていた。

 俺達は慌てて休息室に逃げ込んだが、ほんの一瞬でびしょ濡れになってしまった。

「凄い雨だな」

「私もびっくりしましたよ。あの鉱石、質がよかったんですね」

 そう言えば、あの鉱石を燃料にするとか言ってたけど。

「魔法の燃料なのか?」

「うーん、ある意味ではそうとも言えますね」

「ある意味では?」

「説明するのが難しいんですよぉ」

 そう言うと、キュウナは仮眠用のベッドに倒れ込んだ。

「うふふ」

「何笑ってんだよ」

「なんでもありませんよ。……今日は連続で大きな力を使ったので、ちょっと疲れました。雨がやんだら起こしてくださいね」

「出発は?」

「雨が止んでからです。あなたも一時間ぐらい仮眠を取ったらいいですよ。ここから殆ど徹夜になりますから」

 そしてキュウナは目を閉じるとすやすやと寝息を立て始めた。

 ベッドは一つしかないんだけど、俺どうするの?

「床?」

 それしかないだろう。

 俺はキュウナに毛布を掛けてやってから、もう一枚の毛布を持ってベッドの近くの床に腰を下ろした。

 何かいろいろあり過ぎて、俺も疲れていた。

 毛布に身を来るんで目を閉じると、天井を叩く雨の轟音も遠のき、心地よい眠りがやってくる。

 意識が途切れる寸前、ふと疑問に思った。


 連続で力を使ったって? 一回目はいつだ?


このままだらだら続けるとダメになりそうな気がする

ストックを溜めるために、二週間ぐらい休みます

11月10日ぐらいに戻ってきます

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