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一ソネンの価値


 キュウナと名乗る少女は、俺の手を掴むとひっぱるように立ち上がらせる。

 それから首をかしげた。

「えーと、あなたの名前は?」

「リョウだ。野沢リョウ」

 俺が名乗ると、キュウナは微笑む。

「リョウ。いい名前ですね。じゃ、行きましょうか」

「え? どこへ?」

「どこって、機関車のところですよ。それともまだ用事は終わっていないんですか?」

「あ、いや。それならいいんだ、うん」

 よかった。これで機関車の場所が分かる。


 いや待てよ? 俺はこの少女と初対面だよな? なんでそんな事知ってるんだ?

「ちょっと待て。機関車って、どの機関車だよ」

「私が行くべき機関車は一つしかありませんけど。……あなた、ラーズリーの代理ですよね?」

「代理? いや、俺は……」

 言いかけてから気付いた。

 謎の事務所から放り出された後から、ずっと握り締めていた封筒。その中身に何か手がかりがあるのでは?

「ちょっと、待っててくれ」

 俺はキュウナにストップをかけると、封筒の中身を開いた。


 封筒の中身は借金の証書だ。

 相変わらず何語か分からない文字の羅列を読んでいくと、あった。

「えーと、これか? ラーズリ・ルフィレ・ゾロ?」

 発音があってるか分からないけど、たぶんそんな読み方だろう。

 機関車を担保に、借金をした人物の名前だった。

 これが、俺が目覚める一瞬前までそこにいた人物の名前、という事になりそうだ。


 ちなみに、さっきのオッサンの名前は『ファゾ・イシギ』というらしい。

 言いづらそうな名前だ。

 本当は読み方違うのかもね。


 俺は書類を封筒に仕舞ってから、キュウナの方に向き直る。

「この文面だと、代理って言うのとは違うかもしれないけど。本人が帰ってくるまで機関車を預かる事になっているというか、つまりそういう事だ」

「それを代理って言うんだと思いますよ」

 キュウナは口元を手で隠しながらくすくす笑う。

「それもそうか」

 俺は思わず苦笑いした。

 代理、か。

 いいなあ、本物のラーズリーは。こんな美少女に慕われてて。


 それはさておき、少しは借金の事も考えておいたほうがいいのだろうか?

「ところで質問なんだけど、百万ソネンていくらぐらい?」

「何を言ってるんですか? 百万ソネンは百万ソネンですよ」

 そりゃそうだ。

「いや、円に換算するとどれぐらいか、って話」

「円?」

 知らないか。なんか格好が和風っぽいから通じるかと思ったんだけどなぁ。

「何か俺、一ソネンの単位がうまくイメージできなくてさ」

「だったら、買い物してみればいいじゃないですか。あ、ほら。あれとかどうです?」

 キュウナは何かを指差す。

 カートを押すお婆さんだ。カートはかなり大きめで、雑多な品物が満載されている。

 車内販売の人か何かだろうか? ここはホームだからホーム販売……キヨスクみたいな物かな?

 キュウナはおばあさんを呼び止めて品物を一つを手に取る。

「これ、いくらですか?」

「一ソネンじゃよ」

「それはちょうどいい。ほら、どうぞ」

 俺に差し出してくる。

「これが一個、一ソネンですよ」

 紙袋に包まれた何かを指差す。それが置いてあった場所の札には『マラドラ焼き』と書かれている。なんだこれ。

 車内販売なら、食べ物かな? 何かの焼き菓子とか?

「ちょいと、お金払ってくれよ」

 お婆さんが金の催促。

 俺がキュウナの方を見ると、キュウナは首を傾げる。

「私はお金とか持ってませんよ?」

「えー、ちょっと待てよ、おい……」

 日本のお金は通用するんだろうか、と思いながらポケットからサイフを引っ張り出す。

 ダメだったら商品は返して謝ろう。


 だが、サイフを開けてみて驚いた。

 なぜか日本円が見当たらないのだ。代わりなのか知らないが、見た事のない硬貨が入っていた。

「銀貨と、うわ? これ金貨か?」

 百円玉ぐらいの大きさしかないが、金色でずっしり重い。

 価値はありそうだったので、差し出してみると、おばあさんは嫌そうな顔になった。

「百ソネンとかやめてくれよ。もうちょっと細かいのないのかい?」

 これじゃぁダメか。百円ショップで万札使うようなもんだよな。いや、日本なら使えるけど。

 というか、これがソネンか。

 なんでサイフの中身がこっちの世界のお金に変わっているのやら。転生サービスかな?


 とりあえず支払いを済ませないといけない。

 サイフの中には五百円玉より大きい銀貨が何枚か。これも違うような気がする。できれば一ソネンで払ってみたい。

 じゃあ、一回り小さい奴。これか?


「はい」

 差し出す。お婆さんはその硬貨を、受け取ると、から別のをとりだす。

 四枚の、さらに小さい硬貨。

「ほい、釣りだよ」

 どうやら、さっきのが五ソネンで、お釣りが一枚一ソネンらしい。 

 ということは、こっちの五百円玉より大きい奴が十ソネンかな。

 これで買い物には困らないな。


 で、肝心のマラドラ焼きだが、見た目は角が生えたゴリラを横から描写した物、と言った感じ。

 タイヤキのような物だろうか?

 マラドラっていう生き物なのかな? よくわからない。

 これ。日本だったら百円ぐらいかなぁ。という事は、百万ソネンは、一億円ぐらいか。

 返済の道は長そうだ。


 お婆さんはカートを押して去っていこうとするが、俺は気付いて、それを呼び止める。

「あ、待って。もう一個くれ」

 さっきの一ソネンを支払って、二つ目のマラドラ焼きを買う。

 それをキュウナに差し出した。

「ほら」

「あら、私の分ですか? うふふ、ありがとうございますね」

 キュウナは嬉しそうに包み紙を開き、もぐもぐと食べる。

「お腹すいてたのか?」

「いえ、それほどでもないですよ」

 焦って言い訳している様が、ちょっとかわいかった。

 俺もマラドラ焼きを齧ってみる。中に入っていたのは、アンコではなくカスタードクリームのような物だった。


 その後、キュウナの案内にしたがって、ホームの中ほどの階段を下りる。

 やっぱり有ったんだな、安全な移動通路。

 階段を下りた先は横に伸びる通路。果てが見えない。天井近くに等間隔でつるされたランプの炎が揺れていて薄暗い。

 壁には百メートル間隔で謎の扉がある。両開きの自動ドアみたいな感じの扉だ。

 その扉の一つに入った。二メートル四方の狭い個室で、壁にはボタンが一杯のパネルがある。エレベーターかな?

 キュウナがパネルの数字をいくつか押すと、部屋の扉が閉まり、すぐに開いた。


「つきましたよ」

「えっ?」

 おかしくね? エレベーターだとしても、もうちょっと動くのに時間かかるものなんじゃないのか。


 俺は半信半疑で廊下に顔を出してみた。

 そこは、さっきの廊下ではなかった。

 どこかの事務所のような部屋。

「どうなってるんだ?」

 一瞬で移動した? テレポーターのような物なんだろうか?

 まあ異世界だし、それぐらいあってもおかしくないか。

 いや、おかしいのか? テレポーターがあるなら鉄道輸送の必要性ってなんだよ。コスト?


 ともかく、事務所の中を通り過ぎて、安っぽい扉を開けて外に出る。

 そこは地上、五メートルぐらいの高さに作られた細長い橋のような所だった。

 下を見ると、何十組もの線路が並んでいる。いくつかの線路には蒸気機関車が止まっていた。

 客車や、貨車が繋がっている車両もある。

 ここが操車場というやつだろうか?


 プォーファーッ


 どこかから蒸気が噴き出すような音が響いた。

 そちらを見ると、何十両もの貨車を繋げた蒸気機関車が、動き出すところだった。貨車には青い石のような物が大量に乗せられている。

「すごいなぁ……」

 と、後ろから服を引っ張られる。

「こっちですよ」

 少し名残惜しかったけれど、今はキュウナに従う事にする。

 遅かれ早かれ、自分で動かす事になるわけだし。


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