ズザザザザザザァ
しばらくすると伝令の少年がやって来て、機関車を動かすように言われた。
「また移動か」
「荷下ろしですよ」
この荷物、既に売った物だからな。納品しないといけない。
少年の指示に従って低速で列車を走らせる。いくつもの線路を超えて、カーブを曲がり、複雑なルートを通って目的の線路に入る。
一本道のトンネル、少し上り坂になっているような気がする。
坂を上りきってトンネルを抜けた先は、一段階登った高台だった。
数本の線路が引かれた小規模な操車場のようになっている場所。
そのうちの一路線で止まる。
「ここでいいのか?」
「あと少しです。ポイント変わったらゆっくりバックしてください」
後ろのポイントとか見えないんだが、と思っていると、少年は運転席から下に降りて、赤と白の旗を取り出し、どこかに向けて振った。
どうやら、後ろの方にも旗を持った誰かがいるらしい。手旗信号で連絡取ってるのかな?
少し待っていると、少年は運転席に戻ってくる。
「はい、いいですよ。ゆっくり動かしてくださいね」
ゆっくりってどれぐらいだろう、と思いながら俺は列車をバックさせる。
この少年が運転席に陣取ってるって事は、たぶん、遠からず停車を求められるんだろうけど。
ゴトゴトと、数百メートルを下がった頃に、少年から停車を求められた。
「ここから微調整です。気をつけてくださいね」
少年は運転席から飛び降りると、後ろの方にいる誰かに手旗信号で連絡を取り、
「下がってください。およそ五マルキーです」
は? マルキーって何だよ!
長さの単位? メートルと同じぐらいの感覚でいいのか?
予想外のタイミングでナチュラルに異世界用語を挟んでこられると心臓に悪い。
それでも、こっちは指示に従うしかない。スロットルを低めに入れて、動いたらすぐ一メモリまで落とす。
「はい止めて。いいって言うまで絶対動かさないでくださいよ」
ブレーキを最大まで掛ける。それで? これからどうするんだ?
ゴン、ガコン、ガリガリガリ、ズザザザザザザァ
おい、今、後ろで何があった? なんか、大量の石を落っことすような音がしたぞ?
振り向いても、よく見えない。
ガコン、ガリガリガリ、ガコン
「はい。貨車二両分だけバックしてください」
何これ、何が起こっているのかわからなくて凄く怖いんだけど。
こっちは言われたとおりにするしかない。
旗を振り回す少年の指示に従いながら、少しずつバックしては停車、そしてズザァの繰り返し。
「なあ。これ、後ろの方、どうなってるんだ?」
キュウナに聞くと、
「鉱石を降ろしている所ですよ」
「いや、そういうことじゃなくて」
石炭とか鉄鉱石の荷降ろしって、パイプみたいな機械で吸い上げるものだと思ってた。
だけどよく考えたら、それって船で運ぶ時だよな。貨車に一台一台パイプを下ろして吸っていくのも面倒くさいか。
じゃあ、どうするんだ?
「あのさ、キュウナ。俺、よく知らないんだけど、どうやって荷降ろししてるんだ?」
「知らないんですか? カーダンパー」
知らん。何それ。
その間にもズザザザザザザァと響く音。
カーダンパーについて詳しく聞いてみようかと思ったけれど、やめた。
だって、重力落下させない限り、あんな音が出るとは思えないし。
そうこうしているうちに、積み下ろしも終わりが近づいて来る。
最後、というか、一番機関車に近いところの貨車が荷物を降ろす番だ。
ブレーキを掛けてから後ろを見ると、見えたのは巨大な円盤だった。
真ん中あたりに貨車が通れるぐらいの大きさの穴が開いていて、線路がそこを貫いている。
俺達の乗っている機関車に繋がっている貨車が、ちょうどその穴の中にある。
「なんだこれ」
まさか? と思っていると、貨車が両側からピストンのような物で押し挟まれた。
ゴン、と鈍い音。
そして円盤が回転。ガコン、ガリガリガリ……
当然、円盤を貫いている線路も、その上に乗っている貨車もいっしょに回転する。
何この貨車、回転させても、問題ないの?
貨車がひっくり返されているのにこっちの機関車はピクリとも動かないんだけど、回転しても平気なの? 連結機ってそういう構造だっけ?
ズザザザザザザァ、と音を立てて鉱石が放り出される。
線路の下には鉱石の受け口があるようだ。そっちがどうなっているのかはここからは見えない。
貨車の回転は、百八十度の少し手前ぐらいで止まった。
数秒と待った後、ガコン、ガリガリガリ、と音がして貨車が元の通りに回転する。
なんか凄い物を見せられてしまったような気がする。
俺がまだショックが抜けきらないでいると、指示を出していた少年が運転席に上ってくる。
「これで全部ですよ。終わりです」
「あ、ああ」
「列車動かしてください。間違えてバックしないでくださいね」
その後、列車を引っ張り出し、下の操車場まで戻したのだった。
機関車の火を落とし、起動装置をロックしてから、俺とキュウナは機関車を降りた。
一時間前まで荷物を満載していた貨車も、今は空っぽだ。
「あの鉱石って、あのあとどうなるんだ?」
俺が聞くと、キュウナは山頂を指差す。
「あとで別の貨車に積み替えて、上まで運ぶんですよ」
そして、燃やすか何かするのか。
いったい何をするのやら。
「前にも聞いた名前だけど、その魔陣炉って、何をするための設備なんだ?」
「そうですねぇ。簡単に言うなら、ボイオニア鉱石を魔力に変換するための装置ですよ」
魔力?
確かにこの世界にはそういう物があると言えばあるのかもしれないけど。
霧の湖でキュウナが出した竜巻もその一つなのだろう。
あ。
「あのさ、キュウナ。あまりにも普通にやられたから聞きそびれちゃったんだけど。結局なんだったんだよ、あの竜巻」
「……」
キュウナはむっとしたような顔で俺を睨むと、俺を置いて歩き出す。
「え? なんで? 何か悪い事聞いた?」
何で急に機嫌が悪くなるんだ?
あれは、聞いちゃいけない事だったのか?
いや、ちょっと待てよ?
もしかすると、この世界の住人全てがあんな力を使えるわけじゃないのかもしれない。
だって、誰もが竜巻で霧を晴らせるなら、あの湖を通り抜けるのはそんなに難しい事じゃなかったはずだ。
つまり、他の人々はそんな事ができない。そしてキュウナだけがあの力を使える。
だとすると、キュウナはその力を周囲に隠しているのかも知れない?
その一方で、霧の谷で船に乗っていた少女のような人はキュウナの力を知っている。いや、あんな所に住んでいるという事は、あの少女も何か力を使えるのかもしれない。
それで一応のつじつまは合う、のかな?
俺はキュウナを追いかける。
「わかった、わかったよ。あの話はしないから。それでいいんだろ」
キュウナは振り向くと、胸の前で手を組みながら微笑む。
「うふふ、話が分かる人で何よりです」
面倒くさいなぁ。先に言ってくれれば秘密ぐらい守るのに。
「魔陣炉の方の説明はおねだりしてもいいんだよな?」
「そうですね、歩きながら説明しましょう」
俺達は山に向かって歩く。
ふと見上げると、山を取り巻くレールを上がって行く機関車が見える。
「あれで、鉱石を運んでるのか?」
「ええ。一緒に水もね」
水も?
「山頂にある穴に、ボイオニア鉱石と水を投入しているんです。ボイオニア鉱石は発熱しながら魔力を発して分解されていきます」
「へぇ? 水は何になるんだ?」
「水は発せられた魔力を吸収します。一番下のボイオニア鉱石が消滅すると、その分全体が下がる。それを補うべく上から鉱石を入れる。それの繰り返しです。水は鉱石の隙間を少しずつ下へと流れていくようになっています」
「それで? 魔力を吸収した水はどうするんだ?」
「ポンプで地下に送り込みます」
地下?
「この下にも何かあるのか?」
何か、凄い工場とかが! と期待したのだが、キュウナは首を振る。
「特に機械のような物はありませんよ。竜脈が流れていますけど」
竜脈?
「魔力を得た水を竜脈に注ぎ込んで、エネルギーを与えて活性化させているんです。竜脈が滞ったら、大災害が起きると言われていますから」
「災害って……」
あやふや過ぎじゃね?
地震を防げるとかなら凄いけど。山に燃料を放り込んだところでどうにかなるとも思えない。
「次元超えをする鉄道網の維持にも必要なんですよ」
「それで? ここの人達は、鉄道網を維持するために自分の身銭を切ってくれてるわけ?」
俺達の儲け話のために? あるいは、鉄道会社がバックについてるのかな?
「どうなんでしょう? 王国から補助金が出ているらしいですけど」
「公共事業ってわけか?」
この世界の仕組みがよく分からなくなってきた。
こんな謎事業、いつか打ち切られちゃうんじゃないか?
俺は山を見上げる。中ほどから下、いくつも白い煙が上がっているのが見える。
「あそこから、湯気が上がってるけど」
「冷却装置ですよ。加熱しすぎると水が蒸発してしまうでしょう? 水は液体のまま、下まで流さないといけないんです」
そういうもんか?
「湯気が出てるところの近くにあるのは?」
普通に考えると炉を維持するために必要な施設なんだろうけど。機械室とか倉庫とか作業員の休息所とかにしては大きいと言うか、豪華と言うか……
「あれはホテルですよ」
キュウナは良くわからない事を言い出す。
「あんな所にか?」
「ええ。カーラスは保養地としても有名なんですよ」
保養地?
確かに、あの高い所にあるホテルからなら見晴らしはよさそうだけれど。
「名物でもあるのか?」
「温泉がありますからね」
「は?」
温泉だと?
何言ってんだこいつ?
「あれ? 厳密にはあーいうのは温泉とは言わないんでしょうか? ただこう、お湯があって、暖まれる感じの」
「風呂が?」
保養地って、そういう事か。
「今夜はあそこに泊まるのか?」
俺が聞くとキュウナは驚いたように
「……」
「あれ? 違うの?」
「あ、いえ。リョウさんがいいと言うなら、私は構いませんよ。行きましょうか」