ラーズリーは死にました
地平線の向こう、はるか遠く。尖塔のような岩山が見えた。
なんだあの地形。
あの山、平地からいきなり生えている。しかも斜面が垂直すぎて物凄く不自然な光景に見える。
どうやら、この線路はあの山に向かっているようだが。
キュウナが遠い目をしながら言う。
「あれがカーラスの町ですよ」
「あれが?」
よく見ると、山の垂直な岩肌に張り付くように無数の建物が建てられている。
しかも、螺旋状の道が山を何重にも囲んでいて、それぞれの建物を繋いでいる。線路も敷かれているのか、機関車が走っているのも見えた。あんな所を鉄道が通っているのか。
バベルの塔を、鋼鉄が使えるようになった時代に再デザインしたらあんな感じかな、という印象を受ける。
あの山のような物それ自体がカーラスの町なのか。
山の山頂からは白煙が上がっている。
「火山なのか?」
「いいえ。あれは魔陣炉の煙ですよ」
「魔陣炉?」
「岩山をくりぬいて、そのまま高炉として使っているんです」
そりゃまたスケールの大きな話で。
名前からは何をする施設なのか想像もつかないが。
「今運んでるこれ燃料って言ってたけど、その炉で使うものなのか?」
「ええ」
キュウナはやや浮かない顔で言う。何か良くない事情でもあったのか?
「採掘地で落盤事故があって、最近は供給が滞っていたらしいんですよ。それで、別の採掘地から引っ張ってきた方が早いというような話になって」
「それが、この荷物って事か?」
「そうなんですよねぇ」
キュウナの態度。なんかおかしいような気がする。
「おまえ、実は何か隠してないか?」
俺が聞くと、キュウナは首を傾げて可愛い笑顔を作ってみせる。
「何の心配も要りません。とりあえず、私に任せてください」
「俺が言ってるのはそういう事じゃなくて……」
状況説明を求めてるんだけど。
だがキュウナは、穏やかな表情で静かに首を振る。
「いいんですよ。人生なんて、なるようにしかなりませんからね」
大丈夫かなぁ?
というか、そもそも何を任せるのかがよくわからないんだけど。
やっぱり、何か隠してないか?
山の麓に、数十両分の列車を止めれる操車場があった。
その操車場に列車は入る。予定より三十分ほど早かったが、ちょうど時間が空いていたのか、文句も言わずに誘導してくれた。
何の変哲もない線路に列車を止めて、機関停止。
「荷下ろしはしなくていいのか?」
「これから卸す相手を決めるんですよ」
なにそれ。文字通りの見切り発車だったって事かよ?
少し待っていると、中央駅の時と同じように誰かがやって来た。今度は、キックボードに乗ったおっさんだった。
変な麦わら帽子を被り、白いタンクトップのシャツを着て、青いジーパンを穿いている。
本当に鉄道関係者か? なんか畑仕事の途中でこっちに来たようなオーラが漂ってるぞ?
機関車の隣で止まり、棒のような物でがんがんと扉を叩いてくる。
「おい、ちょっと? ちょっとぉ?」
普通にノックしろよ、と思いながら俺は扉を開ける。
「何の用だ?」
「なにじゃないやろ! おまえら、その荷物どうする気やねん? 積んで止めたままとか困るんやで?」
この喋り方はどこかの方言だろうか? 意味は通じるけど、俺の知らない否定形とかが混じってたりしそうでちょっと怖い。
「売り先は決まってないけど、どっか紹介してくれよ」
「そういうわけにはいかないやろ。おまえら、協定知らないわけじゃないやろな?」
「協定?」
何か、取り決めでもあるのか? 勝手に売り買いしたらいけないとか?
「あのな、ラーズリー出してくれる? あんたらじゃ話にならんやもし!」
「そんな人、ここにはいませんよ?」
キュウナが俺の後ろから言う。
「はぁ? 何言うて……あれ?」
男は俺とキュウナの顔を見比べた後。
「あれ? よく見たら、あんた、誰すか?」
「気付かないで話してたのかよ」
いや、この人がここに来る人全員の顔を覚えてる事を期待してたわけじゃないけどさ。微妙におかしいだろ、そのリアクション。
「ラーズリーが来たと思ったんでしょう。この機関車で乗り付ければ、みんなそう思いますよ。で、あなたをラーズリーの新しい部下か何かと思ったけれど、まだ私がいるのを見て考え直した、というところでしょうか」
キュウナが解説してくれてるみたいだけど、それがどういう意味なのかよけいに分かんない。何か凄い大事な情報を省略されてる気がするんだけど。
「まあいいか。俺はリョウだ」
名乗っておこう。
「あんた、ラーズリーの代理人って事なの?」
「ああ、だいたいそんな感じだ」
と答えたとたんに、キュウナに押しのけられた。
「いいえ、全然違います。ラーズリーなら死にました」
「はぁ?」
男は驚いて、キュウナの方を見る。
ちょっと待て。死んだって何? 話が違くね?
「どうしてそうなったんや? 何がどうなってるのか説明しいや!」
「難しいですね。ただ、彼がこの世界に戻ってくる事は永久にないかもしれない。と言っておきましょうか」
「お、おう」
男は何か困ったように頭をかいていたが、
「帰ってこないって証拠はあるんか?」
「ありません。ただ、リョウさんは、ラーズリーと一度も顔を合わせた事がない。これだけは確かですよ。ねっ?」
急に俺に振るなよ。
「え? ああ。確かに俺は会った事ないけど……」
いいのかそれ?
なんだかまるで、俺がラーズリーを亡き者にして機関車を強奪したみたいに聞こえるんだけど?
いや、違うか。俺はラーズリーと会っていないのだから、そんな事はできない。
ん? という事は? あれ?
「ちょっと待ちや! つまりだ? つまりだな?」
男は慌てて聞く。
「我々が君達と取引しても、ラーズリーと取引した事にはならない。そういう事になるって言ってるんか?」
「そういう事になりますね」
何か不自然な会話。もしかして、ラーズリーと取引したらいけないなんてルールがあったりするの? 何それ、イジメ?
男は貨物車を指差す。
「このボイオニア鉱石、誰に売るつもりや?」
「まだ決まってませんよ。誰かいい相手を紹介してくれませんか」
「わかった。ちょっと、待っとき!」
男はキックボードに足を乗せると、物凄い勢いで走り去ってしまった。
「あいつ、どうする気なんだ?」
「商人を連れてくるんでしょう。待ちましょうか」
なるほど。
ライバルに先んじて到着し、商談の準備が整った。状況は良い方向に転がりつつあるらしい。それはいいんだけど。
「なあ。もしかしてラーズリーってここでは嫌われてるの?」
「どうなんでしょうね」
キュウナが何か隠しているような気がする。大丈夫かな?
数分ほど待つと、小型のトラクターのような物がやってきた。さっきの男が運転していて、老人が一人と、作業員らしき少年が数人、乗っている。
トラクターは機関車の真横で止まった。
「降りてきなさい。商談の時間だ」
老人の一人が言う。
その間にも、小さなテーブルのような物と椅子が二つ、トラクターの後ろから引っ張り出され、並べられた。
座席の一つには老人が、もう一つにはキュウナが座る。
俺はとりあえずキュウナの後ろに立った。
白紙の書が置かれ、老人はそこにサラサラと何か書き始める。
「それで、値段はいくらにする?」
この老人、人のよさそうなおじいさんにしか見えないが、ふけ顔に見えて、足腰はしっかりしているし、手が書き出す文字もきれいだ。
何より目。風雨に耐え抜いてきた大木のような雰囲気が、どこからともなく漂ってくる。
しかしキュウナは全く気圧されない。むしろ、机に頬杖を突いてみせる余裕すらある。
「そちらがいくら出せるかにもよりますけど。相場は七十万ソネンぐらいでしょう」
一ソネン百円で換算すると、七千万円。凄い金額だ。俺は相場とか知らないからキュウナにまかせっきりになっちゃうけど、大丈夫かな?
「高すぎるな。四十万ソネンで手を打たないか?」
老人は、冷静に却下する。
どちらの価格が正しいのか知らないけど、ほぼ半額を要求するのは無茶だ。
キュウナは威圧感のある笑顔を浮かべる。
「あんまり値切られても困りますよ。これ、七十万ソネンで買ってもらわないと、採算取れないんですよねぇ」
「立場を考えろ。四十五万」
「原価割れですよ。さすがにそれはちょっと」
「五十万ソネン」
「急ぐために危険を冒してるし、ここまでの燃料代とかもありますから。最低でも七十万はないとお話にならないというか。本音を言うと、もっと欲しいというか……」
キュウナはあえて七十万から動かないつもりらしい。
逆にじりじりと値を上げていく老人。
この勝負、どう考えてもキュウナが勝ってるな。
「危険と言うが、それはそっちの都合だろう? そんな理由で勝手に値を吊り上げられちゃ困るな。五十万だよ」
老人の方も値を固定し始めた。この辺りが限界っぽい。
「だから減価割れしてます。仕方ないですね。六十五万なら、考えても良いですよ」
「こっちだって、出せるもんなら出してやりたいけどね。下請けどもから預かった大切な金だよ。情にほだされてばら撒いちまうわけには行かないんだ。五十五万で手を打ってくれないかね?」
「六十五万からは動けませんね」
日本円に換算すると数千万単位の金額が飛び交っている事になる。恐ろしくてとても口を挟めない。
と、その考えを読んだかのように老人は俺の方を見る。
「君は、どう思うかね?」
「え? えーと、俺はそのあたりよく分からないんだよな」
本音で言うと、五十五万と六十五万の間で揺れてるなら、六十万で手を打てば良いんじゃないだろうか?
老人は俺に向かって言う。
「間を取って六十万なら手を打ってもいいぞ? なあ?」
「ああ、それなら……」
俺がうっかり同意しかかった時、バン、と音がした。
キュウナが机を叩いたのだ。
「燃料代と機関車の減価償却分も考えてくださいね。六十三万」
「お嬢ちゃん、あんたねぇ……」
粘るなぁ。
「六十三万です」
「六十一万なら」
「六十二万」
「いや、六十一万だ、譲れん」
「分かりました。六十一万」
結局、六十一万に決まったようだ。
その後、キュウナと老人は書類のような物を何枚も書いて、契約は締結されたようだ。
老人はトラクターに乗り込み、作業員の少年はテーブル車に積み込んで、再び去っていく。
「あー疲れた」
キュウナはよろよろと運転席に上がってきてから、床に座り込んだ。
「お疲れ様」
「うふふ。あのおじいさん、敵にまわすと怖いから嫌なんですよねぇ」
「そのわりには、いい勝負だったじゃないか」
「そう見えましたか? 私から見ると、最初から、向こうに決められた額に誘導されただけのような気もするんですけどね」
「それでもちゃんと利益は出ているんだよな?」
「もちろんです」
キュウナはにやりと笑う。
「最初から五十五万から六十万の間で売る予定でした。購入費が五十三万で、燃料費は二千ソネンぐらいだと思いますけど」
「つまり大成功じゃないか」
儲けは七万八千ソネン。いい感じだ。これをあと十三回ほど繰り返せば、借金の返済も夢ではない。
……今のを十三回って、結構難易度高いよな。
「この後の予定は?」
「荷物の引渡しをしないといけません。少し待てば、指示が来るはずです」