モブ女、メールする
「はぁ、疲れた」
あの後、春輝と一緒に母に怒られながらリビングの掃除をして、春輝が作ったオムライス(もどき)を食べた。
本当に何をどうやったらあんな味になるのやら。
そして春輝は隣の自宅へと帰って行った。
そうそう、私と姫宮兄弟の家はお隣同士だったりする。
だから幼馴染なんだけどね。
「舌がまだ痛いよ・・・あの子は何を入れたんだろう?」
今、階下のリビングでは父が割られたワインボトルを見て悲鳴を上げているところだ。
それには巻き込まれたくないので、私はさっさと自分の部屋に上がってきてしまった。
ベッドにわきにある窓から私は月を見上げる。
よく昔からこうやって月を見てたっけ。
そうすると必ず。
「成実」
そうそう、夏輝がこうやって向かいの窓から声をかけてきてくれるんだ。
・・って!?
「・・・なんだ、春輝か」
「うん、ごめんね。驚いた?」
「驚くよ、そこ夏輝の部屋でしょ?なんであんたがそこにいるの」
「成実が寂しがってるんじゃないかと思って。兄貴がいないのなんて初めてでしょ?」
向かいの窓には見慣れた春輝の顔があって。
一瞬、本当に夏輝と間違えてしまった。
それくらいこの兄弟は声が似てるんだ。
普段は「成実」なんて呼び捨てにしないくせに。
こういう時だけ卑怯だよね。
夏輝に似てるってわかっててやるんだから。
「夏輝に怒られるよ?勝手に部屋に入ったって」
「そこはなるちゃんが黙ってくれればばれないんじゃない?」
共犯者のような言葉に、お互い顔を見合わせてくすくすと笑いあう。
「あ、なるちゃん。兄貴からのメール見た?返信が来ないって心配してるんだけど」
「・・・え?」
春輝の言葉に、私は机の脇にかけてあったカバンから携帯を取り出す。
そこにはたくさんのメールと着信があって。
「やば・・・」
春輝にごめんとだけ言って別れを告げ、携帯を開く。
そこには夏輝からの心配メールが山のように入っていた。
あの騒動で、全然携帯なんか見てなかったよ・・・。
とりあえず最新のメールに返信をすることにする。
『ごめんね、ちゃんと家に着いたよ。今寝るとこ』
よしよし、これで大丈夫だろう。
そう思い、携帯を充電器にかけようとした瞬間だった。
『ブーッ、ブーッ、ブーッ』
マナーモードにしてあった携帯が大きく震えたのは。
これって明らかに着信だよね?
着信主を見ると、そこにはやっぱりというか『夏輝』の文字があって。
今、夜の22時を回ってるんだけど平気なのかな?
恐る恐る私は着信に出ることにする。
『あ、成実!!!やっとつながった!!!』
「・・な、夏輝、声が大きいよ!」
『仕方ないだろ!電話に出ない成実が悪い!!』
うん、そこは悪かったと思ってるよ。
夏輝が心配性なのは今に始まったことじゃないし。
だから私を同じ高校にどうしてもあげたかったのも知ってる。
自分の目に届くところに私を置いておきたかったのだ。
「電話なんてあんまり見ないの知ってるでしょ?そもそも今まであんまり携帯に・・・」
携帯にかけてきたことなんかなかったくせに、と続けようとして気づいてしまった。
だって今までは必要なかった。
それくらいいつも一緒にいて、携帯で連絡を取り合うよりすぐ話したほうが早い。
そんな距離にいたから。
『そうだね、今までは必要なかったんだよ。・・・こんなにお前にメールしたの生まれて初めてだ』
私が何を言いたいのかわかったのだろう。
夏輝が寂しそうに言葉をつづけた。
「うん、なんか新鮮だね。夏輝と機械越しに喋るのって」
『成実の声がなんか遠くて・・・寂しいよ』
・・・うっ。
ふ、不覚にもときめいてしまった。
寂しいなんて今まであんまりはっきり言わなかったくせに。
そして同時に嬉しいと思う自分もいて。
嬉しいなんて思っちゃいけない。
これは私が選んだんだから。
夏輝から離れる。
私が選んだ、夏輝を私から解放してあげられる、唯一の方法なんだから。
「ねえ、夏輝。電話して大丈夫なの?」
『大丈夫だよ、同室のやつも許して・・・』
(許してねーぞ!寝るから静かにしろーー!!)
うん、ダメみたいだね。
夏輝の後ろでかすかに怒鳴り声が聞こえた。
私はくすくすと笑うと「寝るからね」と言って夏輝の電話を強引に切ったのだった。
そして。
窓の外を見るとそこにはまだ私を見つめている春輝の姿があって。
なんか寂しげな表情をしている。
「・・・なに?」
「いや、なるちゃんは何をそんなに我慢してるのかなと思って」
「・・・・・」
「いいんだけどね、そんな努力はきっと無駄に終わるから」
兄貴がなるちゃんを手放すわけないじゃない。
春輝はそう告げるとおやすみと言って、窓を閉めてしまった。
ねえ、春輝。
夏輝はきっと私のことなんかそのうち構えなくなるよ。
だって。
ここでの私はたんなるモブにしか過ぎないんだから・・・・。
夏樹のキャラがいまだにつかめてない、作者だったりする←