モブ女、献上する
電車を乗換えること1時間半。
地元の駅に到着すると、すでにお昼ご飯の時間を回っていた。
ううっ、おなかすいた。
駅から徒歩10分。
ようやく我が家へと着いた。
「ただい……」
「おっかえりーーー!!!なるちゃん!!!」
「ぐはっ!!!」
家のドアを開けた瞬間、何か大きな塊が飛び出してきて私に抱き着いてきた。
いや、わかってるんだけどね。
私から見たら全部が大きな塊だということは。
「は、春輝ただいま」
「うん、おかえり!どうだった高校生活は」
抱きついてきた塊をぺりっと剥がすと、そこには満面の笑みを浮かべた美しい顔があって。
彼の名前は姫宮春輝。
夏輝の一つ下の弟であり、彼もまた攻略対象キャラである。
きらきらのアイドルスマイルは夏輝には到底できない芸当で。
年上のおねーさまを中心に、その魅力を存分に発揮している。
とりあえず後からわかることなので、報告だけしておこうか。
「入学式で貧血を起こして倒れた」
「え、嘘!?頑丈なだけが取り柄のなるちゃんが?」
失礼だな。
本当のことでも傷つくぞ、頑丈だけが取り柄って。
私の視線での文句に、怯むことなく春輝は「ふ~ん」と言いながら私の荷物をさっと取り上げるとそのままリビングへと向かう。
………ほんと、この兄弟はさりげなく女性の扱いがうまいよね。
気遣いにおいては、紳士の称号をあげてもいいかもしれない。
「で、なんで春輝がここにいるの?」
「中学はまだ春休み中だからね。兄貴がいなくて、なるちゃんが寂しいんじゃないかと思って」
「……そう」
その言葉で、私の胸に忘れかけていた寂しさがまた湧き上がる。
私と夏輝、春輝の兄弟は小さいころから一緒に過ごしてきた。
それこそいつ出会ったのか覚えてないくらい昔に。
当たり前のようにそばにいて、いつも一緒に学校に行って。
だから明日から、夏輝がそばにいないなんてまだ信じられない。
選んだのは私だけど。
寂しいと思うのは自由だ。
「今日はなるちゃんの好きなオムライスだよー!」
「……春輝が作ったの?」
「そうそう、僕お手製」
「……そ、そう」
春輝は夏輝と血が繋がっているのかと思うくらい、何においても問題ばかりを起こす人間だ。
勉強・スポーツは完璧なくせに手先が恐ろしく不器用なのである。
兄の夏輝は何でも卒なくこなすが。
でもそこが彼の人間味あふれる魅力なので、あえて私は何も言わないけどね。
逆に何でもできてしまう兄貴のほうが気持ちわる………ごほごほ。
そんなことを考えながらリビングに向かうと、そこは案の定惨憺たる姿を露呈していた。
……やっぱり、こうなるんじゃないかと思ってたよ。
キッチンはなにやらぷすぷすと音を立て、煙がもくもくとなっているし。
リビングは何をどうやったらこうなるのだろう。
父が集めていたワインやら何やらが破壊されつくしている。
そんなリビングの中央には我が母親がおろおろと突っ立っていた。
「お母さん、ただいま」
「うっ、なるちゃーん!!おかーさんどうしたらいいのかわからない!」
で、ですよねぇ……。
我が母親は年齢不詳、永遠の20歳を豪語するかわいらしい容姿をしていて。
ぶっちゃけて言えば、私よりも背が低くやっぱり巨乳。
フリルがたくさんあしらわれたエプロンがすごく似合う母親なのだ。
しかしその中身は見た目と違っておっかないのは私や姫宮兄弟共通の認識なのに……。
春輝さん、あなた本当に何をやらかしたんですか?
「さ、ちょっと部屋は荒れてるけど上手にできたんだ。食べてね、なるちゃん」
そんな母を無視しして、春輝は私にテーブルに着くよう指示するが。
甘いな、春輝。
お前の頬に浮かんだ一筋の汗を私は見逃さなかったぞ。
とりあえずお母さんの視線が怖いので。
「春輝、まず私と一緒に片づけようか?」
春輝の首根っこを摑まえて、私は母に献上したのだった。