モブ女、突撃される
HRを告げる鐘の音が鳴り響く頃。
私は急いで階段を駆け上がる。
いつもならこんなにギリギリなことはないのだけど。
昨日の事件が尾を引いて、家を出るのが30分遅くなってしまったのだ。
慌てて教室に駆け込むと、まだ担任は来ていないらしい。
みんな、思い思いの場所で談笑している。
「お、おはよう…」
「あ、成実ちゃんおは…「成実ち~~~ん!!!!」」
志乃ちゃんと談笑していた光穂ちゃんが、私に気づいて声をかけてくれるけど。
その言葉を遮って鈴原くんが私に突進してきた。
うん、みなまでいうな。
聞きたいことはわかってる。
「夏輝なら今日はおやすみだよ」
「がーん!!!昨日書置きを残して家出したんだよ、あいつ!!!監督の寮母さんもカンカン!!」
「でしょうね。私もびっくりした」
「しかもその内容が退寮しますって一言だけで。朝起きたらそんなんだから俺びっくりした!」
ていうか、鈴原くんは人が出入りしたの気づかなかったのか!?
眠りが深いにも程があるだろう。
そう突っ込むと「朝まで起きないタイプなんだよ!!」となぜか怒られた。
まあ、そんな話は置いておいて。
どうやら夏輝は書置き一つで退寮を勝手にしてきたらしく。
まだ入寮して日が浅いためか、ボストンバッグひとつで帰ってきた、らしい。
さすがにお隣の家は昨日の夜からパニックで。
それに加えて朝から学校関係者からの電話がひっきりなしにかかってきているらしい。
そんなこんなな事情なので私もまだ夏輝と会えていない。
なのでどこまでが本当のとこだか、真偽のほどは定かではないけど。
うちの母と春輝情報だから、ほぼ間違いはないだろうと思う。
「昨日から勝手に退寮して騒ぎになってる生徒って姫宮くんだったの?」
「夏輝はホームシックにでもかかったのかしら?」
女子寮にもどうやら騒ぎは伝わっていたらしい。
光穂ちゃんと志乃ちゃんが目を丸くして驚いている。
しかし志乃ちゃん、ホームシックって子供じゃないんだから……。
私がそういうと、志乃ちゃんはなぜだか深いため息をついた。
そして私をきりっと見つめてくる。
やばい、これはお説教モードだ。
「いい?あいつのやってることなんて子どもみたいなものでしょ!」
「は、はあ」
「成実を巻き込んでこの学校に入学して、成実が心配だから新入生挨拶をすっぽかして、今度は勝手に退寮よ?」
「う、うん」
「これを子供と言わずして、なんていうのよ!?」
志乃ちゃんの怒涛の言葉に、光穂ちゃんが目を丸くしている。
きっと、見た目とは正反対の大人しい志乃ちゃんしか見たことがなかったんだろうな。
志乃ちゃんは、見た目通り怒るとかなり怖いんです。
しかし、光穂ちゃんが驚いているのはそこではなかったみたいだ。
「姫宮くんってすごく大人に見えたのに、そう聞くとやってること子供だね」
「奴は、無駄に知恵が回るからめんどくさい子供なのよ」
み、光穂ちゃ~~ん。
そこで夏輝に幻滅しないでくれるかな?
貴女がそこで夏輝を見限ると、夏輝EDが発生しなくなっちゃう!
「な、夏輝だってそんなに悪い奴じゃないよ?」
「そうなの?」
「勉強で分からないことがあったら教えてくれるし、困ったことがあればすぐ手伝ってくれるし、重い荷物とか持ってるとすぐに代わりに持ってくれるし、それに…」
「全部、対成実にじゃない」
私が必死で光穂ちゃんに夏輝のいいところアピールをしてるのに、志乃ちゃんがばっさり切り捨ててきた。
確かに、全部私の対してしかやってくれてないかも。
基本夏輝は対人苦手だからな~……。
そんな私に「成実ちゃん、よっぽど姫宮くんが大切なんだね」って、光穂ちゃん……。
私はその認識が欲しかったわけじゃないんです。
私たちの会話を黙って聞いてた鈴原くんはこれ以上我慢できなかったのだろう。
は~い、と手を挙げて会話に割り込んできた。
「で、なんで夏輝は今日休みなん?」
「あそこの最高権力者が今日帰ってくるから」
「さ、最高……?」
「最高権力者のこと」
姫宮家というのは絵にかいたような縦社会の家だ。
頂点は普段は寡黙な父親、次点が普段は温厚だけど怒ると怖い姫宮母(うちの母とはなぜだか気が合う)、その下に兄の夏輝、最底辺に末っ子の春輝といった感じだ。
普段は姫宮家のもめごとは姫宮のおば様が解決してくれるのだけど。
今回はさすがに最高権力者が登場せざるえなかったみたいだ。
ちなみに姫宮父は、普段は仕事が忙しいらしく、なかなか家に帰ってこないレアキャラでもある。
「で、お父さんが帰ってくるからお休みなん?」
「ていうか自宅謹慎をおじさまに言いつけられたみたい」
「ふ~ん」
「まあ夏輝は1日2日勉強しなくても頭いいからね。問題はないんじゃない?」
私には無理だけど。
それよりも私には気になることがあるのだ。
「夏輝って退寮したことになってるの?」
「いいや、なってないんじゃない?1年分の寮費はすでに払われてるからね。よほどのことがない限り辞められないと思うよ」
「そうなんだ」
「ちなみに夏輝が寮を抜け出したことは、一部の人間しか知らないらしい」
「え?」
「なんでも生徒会長が騒ぎが大きくなる前に緘口令を強いたって話だよ」
だから内緒ね。
鈴原くんは私たちにウインクをすると、しーっと口元に人差し指をあてて夏輝のことを口止めしてきた。
しかしそれを見ていたのは光穂ちゃんだけで。
(光穂ちゃんは「はーい」と良い子のお返事をしていた)
志乃ちゃんは生徒会長の名前が出たとたん、ピクリと眉を寄せた。
そして「なんでそこで晃さんが?」と考え込んでいる。
私もまた帝王がこの件に絡んでいたことに驚きを隠せない。
まあこんな不祥事を起こしたら、生徒会選挙で不利になるからと言われれば、それまでだけど。
帝王ってここまでするキャラだっけ?
彼は悪行(とまでいうのかな、今回の件は)をしでかす生徒を、かばうような真似をしたりはしない。
むしろ進んで反省文を書かせるなり、なんらかの罰を与えるだろう。
だって他の生徒に示しがつかないから。
「志乃ちゃん」
「なに?成実」
「気になることがあるから、会長のところに付き合ってくれる?」
「……いいわよ、私も少し気になることがあるし」
ちょうどそう言った途端、紫藤先生が遅れて教室に入ってきた。
その顔は少しやつれ気味で。
……うん、色々あったんだな。
私は心の中で、紫藤先生に合掌したのだった。
月末月初の仕事の為、2日ほどお休みします