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モブ女、過去を語る(その3)

「ねえ、夏輝。私は夏輝にとって邪魔な存在なの?」


 甘い声で、私を抱いてくれている夏輝に問いかける。

こんな声、今まで出したことなんかない。

夏輝も少し驚いたのだろう。

私を少し離すと、顔を心配そうに覗き込んでくる。


「成実?」

「夏輝にとって私は邪魔な、いらない存在?」

「そんなことあるわけない!」


 戸惑っている夏輝に、私はさらに重ねて問いかけた。

私の本気を感じたのか、夏輝は答えを今度はすぐに返してくれる。

その言葉に私はにっこりと笑うと、視線を夏輝から呆然と突っ立っている彼女たちに向けた。



「あの子たちがね、私が夏輝の傍にいると邪魔なんだっていうの」

「…っ!」


 その瞬間、息をのんで固まる女達。

それもそのはず。

私の言葉を受けた夏輝が、彼女たちをものすごい形相で睨みつけていたのだから。



「夏輝の傍にいてごめんなさいって謝れって言われたわ。謝らなくちゃいけない?」

「あんな女たちの言葉なんて真に受けるな。成実が俺の傍にいることは当たり前なんだから」




 私の言葉に極上の笑みを浮かべた夏輝は、私の頭をまた優しく撫でてくれる。

その様子に逆上したのだろう。

いきなり、中心にいる女が声を荒げた。



「なんで、成実ちゃんばっかり!!!私だって、夏輝くんの傍にいたいのに!!!」

「俺はお前の傍になんか居たくない」

「っ!!!!」



 ばっさりと、彼女の言葉を切り捨てる夏輝。

その瞳は見たこともないくらいに、冷ややかな炎を浮かべていて。

私が仕掛けたこととはいえ、ぞくりと冷たいものが背筋を走った。

夏輝を見慣れている私でさえ萎縮したのだ。

普段穏やかな夏輝しか知らない彼女たちは、まるで蜘蛛の子を散らすように私の部屋から逃げ出していってしまった。



 部屋に残されたのは、私と夏輝の二人きり。


 冷ややかな炎を浮かべていた夏輝の瞳は、今はもう穏やかになっている。

そっと今まで抱いていた私の身体を離すと、夏輝はベッドに腰を掛けた。

そしてそっと私を見つめてくる。

まるで私の言葉を待つように。


 私もまた、さっきまでの気持ち良さはどこへやら。

ただ空っぽの虚しさだけが、身体を支配していた。


 わかっていたことは。

全く関係のない夏輝を巻き込んでしまったということだけ。



「ごめんね、夏輝。巻き込んじゃった」

「……ううん、謝るのは俺のほうだ」

「え?」

「成実がいじめられてるのに気付かないで。ずっと傍にいたのに」




 夏輝は悔しそうな、そして傷ついた表情で私に謝ってくる。

謝ることなんてないのに。

私がいじめられていたのは、私のせいであって夏輝のせいじゃないのに。

まるで自分が悪いみたいに夏輝が顔を伏せるから。

今度は私が夏輝の身体を抱きしめた。

強く、強く、しがみつくみたいに。




「……私最低なの。夏輝を巻き込んで復讐しちゃった」

「……」

「あんなこと言わなくたってよかったのにね。自分で自分が怖いよ、あんなこと言えちゃう自分が」



 何かに突き動かされるみたいに、その時の私は醜い言葉を甘い声で吐いた。

まるで女の特権とばかりに、出したことないような甘い声。



「……あの子たちの顔をみてすっきりした自分がいたの。でも同時にすっきりした自分が情けなくて」

「俺のほうがすっきりしたよ」

「え?」

「……俺が、成実を絶対に守るから」


 しがみつくような私を、夏輝はそっと離すと至近距離で顔を見つめられる。

その顔は、やっぱりどこか傷ついていて。

でも痛々しく笑い決意を述べる夏輝に、私は返す言葉がなかった……。





 それからの夏輝は怖いくらい、行動が素早かった。

翌日、私を置いて早くに登校した夏輝は、私のクラスで何らかの行動を起こしたらしく。

私が恐る恐るクラスに入った途端、今度は畏怖の視線に晒された。

いじめはなくなったが、居心地の悪さは相変わらずで。

またいじめに気付いていなかった(というか、気づかないふりをしていた)担任は、私を見て怯えるようになった。

こちらも夏輝が何かをしたらしい。




 気が付いたら、私の傍には夏輝しかいなく。

 夏輝の傍にも私しかいなかった。




これが私が望んだ結果なの?

私が一人でいるのは構わないけど、夏輝まで一人でいることになるなんて。

何を言っても、私を守る……その1点に集中した夏輝は私の言葉にすら耳を傾けることなく。

それは小学校を卒業するまで続いたのだった。




 幸いなことに進学する中学校は学区割が複雑で、同じ小学校から進学する生徒は5分の1程度だった。

と同時に、別の小学校から知らない子もいっぱい入ってきて。

私たちの異常さを知る人はだいぶ少なくなっていった。





 だから私はその時に決意したのだ

私がいじめられたから、私が周囲に溶け込めなかったから夏輝まで一人になった。

中学校に入ったら目立たないようにしよう。

和を乱すことなく、夏輝の傍にいることに気付かれることなく。

友達は欲しいけれど、夏輝のほうがきっと大事だから。

小学校の時は私に夏輝は尽くしてくれた。

だから今度は私が夏輝に尽くす番だ。



 こうやって私は中学時代、夏輝の陰に隠れるように目立つことなく平穏に3年間を終えていったのだった……。













 私が話し終えると、志乃ちゃんは何も言わずそっと新しいおしぼりを差し出してくれた。

どうやら私は泣きながら話していたらしい。

おしぼりを受けとると、そのまま顔をごしごしとこする。

親父くさいのはこの際気にしないことにしよう。




「だから成実は夏輝バカから離れたいのね」

「……私たちはお互いに依存して生きてきたから。夏輝の幸せ、私が奪っちゃダメでしょ?」




 自意識過剰と言われようが、やっと私以外に夏輝が気に掛けることができる女の子が現れたのだ。

愛川さんなら、きっと夏輝を幸せにできる。

ゲームのEDで夏輝はすごく幸せそうだったから。

ちなみに夏輝のEDは私が一番好きなやつだ。


 そんな私の言葉に志乃ちゃんは小さくため息をついて「バカ」と私の頭を小突いた。

え、なんで!?

私はきょとんとして志乃ちゃんを見つめる。



「成実は先走りすぎ。まだあの二人は出会ってすらない状態なのに」

「……私がフラグを折りまくったからでしょ?」

「じゃなくて、夏輝バカの幸せを成実が勝手に決めちゃダメでしょ」


 さすがに夏輝バカに同情するわ。



 志乃ちゃんはそう言うと、そのままファミレスから出て行ってしまった。

残された私は志乃ちゃんの言葉の意味を考える。


 でも、いくら考えても答えは見つからない。

諦めて私もファミレスから出ようとして気が付いた。



 ……伝票がまだテーブルの上に残っているということを。



 私は軽くなった財布を見て、大きくため息をついた。

 もう、志乃ちゃんに隠し事をするのはやめようと、心に誓って。

過去編は終わり!

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