モブ女、過去を語る(その2)
いじめ表現があります。ご注意ください。
女の子は砂糖菓子みたいにふわふわじゃないの。
毒だって持っているし、針だって持ってる。
ただ、それを男の子には見せないだけ。
林間学校から帰った翌日。
学校に登校し「おはよう」と声をかけると、いつもなら返ってくる言葉がない。
ただ私をじっと、登校していた女子全員が見つめていた。
そして私が視線をそちらに向けると、さっと目をそらす。
私は何が何だかわからなくて、とりあえず椅子に座り机の中に教科書を入れようとした。
ぐちゃ。
その時にありえない音がして。
慌てて中を覗き込むと、そこには何故か生卵が入っていた。
それは教科書で潰されて、ぐちゃぐちゃになってしまっている。
私が汚れた教科書を取り出すと周囲からは「くすくす」といった笑い声。
あの「ちょうだい」と言った女子が中心となって笑っているみたいだ。
クラスの男子は視線をそらしている。
その瞬間わかってしまった。
ああ、これが『イジメ』だと。
ちなみに夏輝は、5年生になってクラスが別れてしまっていたので、この騒ぎには参加していない。
だからこそあの女子はこんなにも大胆にいじめを行えるのだ。
自分の醜い姿を見られることはないから。
女の子の集団行動は恐ろしいものがある。
誰かがいじめを始めても、それを一緒にやらないと自分がやられる。
そう思い、自分は悪くないと言い聞かせて、いじめを行うのだ。
当時の私はまだ小学5年生。
自分に何があったかなんてわかるはずもない。
ただみんなから無視されて、時々陰でクスクスと笑われて。
だから愚かにも当時の私は、自分が何か悪いことをしたのかもしれない。
そう思って一生懸命に謝る言葉なんかを考えたりもした。
でも全部無駄だった。
私が悪いとかは関係がなく、ただ夏輝のそばにいて自分に逆らった人間が許せなかっただけなのだから。
さすがに生卵のような直接被害は少なかったけれど、上履きを隠されたりするのは日常茶飯事で。
どんどん私も追い詰められていった。
そんな私の様子にいつも一緒にいる夏輝が不信感を抱かないはずもなく。
夏輝がすべてを知ったのは、私がイジメをうけて3週間ほど過ぎた頃のこと。
この日、とうとう私は原因不明の腹痛で学校を休んでしまっていた。
普段病気の「び」の字も感じさせない、健康体だった私に両親は大慌てをし。
姫宮兄弟も学校から早く帰ってきて、甲斐甲斐しく私の世話に勤しんでくれた。
私はただただ病気になった自分が情けなくて、ベッドの中で声を押し殺して泣いてたっけ。
でも、学校に行かないで済んだことにひどくホッとして。
そんなことを考える自分がさらに情けなくて……。
夕方、相変わらずベッドの中でグルグル考えていたら、母親が来客を告げてきた。
それは普段無視を率先して敢行しているあの女子とそのグループ数名で。
母の前ではにこにこと笑顔を振りまきながら「プリント持ってきたよ」と優しく声をかけてきた。
情けないことに、あの時の私はそんなことが嬉しかった。
でも、それはすぐ絶望へと変えられてしまったけれど。
「わざわざ持ってきてあげたわよ、感謝しなさい」
「……ありが、と」
母が去った途端、彼女たちの態度は豹変し、寝ている私の上にプリントをばら撒いてきた。
彼女は口の端をニヤッとあげるいやらしい笑みを浮かべ、私の顔を見下し忌々しげに告げてくる。
その態度と言葉に、私はまだ許されていないんだという絶望感しかわかなかった。
と同時に、少しおさまってきたはずの腹痛もまたシクシクと再開する。
私の顔色が陰ったのに満足したのだろう。
彼女たちはクスクスと笑みを浮かべながら、私の顔を全員で覗き込んできた。
そして。
「ねえこの数週間どんな気持ちだった?クラスみんなから無視されて」
「………」
「私は優しいから、貴女が謝って、もう夏輝くんに近づかないっていうなら許してあげてもいいのよ?」
「……え?」
クスクス笑いながら残酷な言葉を吐き出す彼女。
その瞬間、幼くバカな私は悟った。
彼女たちの望みを。
ただ夏輝のそばにいる私が邪魔だっただけなのだ、彼女たちは。
悔しくて、悔しくて、悔しくて。
こんな女達に振り回されている自分が情けなくて。
私はただ、静かに涙を零した。
その瞬間。
ぐいっと私の頭を抱く暖かな温もり。
気が付くと私は、夏輝の胸の中にすっぽりと収まっていた。
何も見えないように、何も聞こえないように、私の頭をしっかりと胸に収める夏輝。
その表情は私からは見ることはできない。
でも、強く震えるように私を抱くその腕がすべてを物語っていた。
……夏輝が、見たこともないくらい怒っていることを。
「な、夏輝くん……」
今まで穏やかな夏輝しか見たことがないのだろう。
夏輝の変貌ぶりに、彼女たちはたじろぐ。
だけど、夏輝はそこに彼女たちが存在している事すらないかのように。
彼女たちを無視して、私の頭を優しく撫でてくれていた。
その夏輝の暖かな優しさに、混乱していた私の涙も収まってきて。
私の頭も考えることを始める。
夏輝に近づく私が彼女たちは許せないんだよね?
なら最高の復讐方法があるじゃないか。
私は笑った。
久々に、思い切り。
夏輝の腕の中で思い切り体を震わせて。
その異様な私の様子に彼女たちがますますたじろぐのがわかる。
だけどそんなことは気にならない。
だって3週間ぶりに気持ちがいいのだから。