マコと愛憎の王子様
マッコウクジラは深海2000mまで潜ることができる
そんなマッコウクジラに育てられた少女も、例外ではなかった
その少女はクジラと共に深海へ潜り、2時間の潜水を楽しむのだ
雨が降る日の夕暮れ
クジラと少女は息継ぎのため水面に出た
すぐ近くで漁をしている青年を見つけた
少女は同じ年頃の人間を見たことがない
恋に落ちるのも当然のことだった
少女は何かと理由をつけて、その漁師を眺めていた
日に日に潜水できる深さが浅くなっていくのは気づいていたが、それでも見ていたかった
もちろん、クジラも気づいていた
クジラは、この漁師を殺せば、少女は元に戻ると確信している
決行の日が来た
クジラは浅瀬で漁師を見張り、船が沖へ出るまで動かなかった
船は深度1500mの沖まで到達していた
クジラはためらうことなく、船に衝突した
3度目の衝突の際に、クジラは体の内部の痛みに気づいた
銛が刺さっているようだ
それは鯨油に守られた頭部を貫通している
クジラは徐々に力が抜けていくのを感じた
ゆっくり沈んでいく
完全に水面から沈んだ直後に、少女があらわれた
少女はクジラに刺さった銛を外した
クジラはすでに動かない
少女はクジラと共に、ゆっくり沈んでいく
深度80mで、少女は気を失った
クジラはゆっくり沈み、少女はゆっくり浮かんでいく
水面に浮かんだ少女は、漁師に助けられた
船の甲板で、少女は目を覚ました
漁師が心配そうに少女を見ていた
親を殺された少女は、かつての想い人に憎しみの目を向けた
漁師は少女と港へ戻り、温かいスープとベッドを与えた
少女は警戒し、いぶかしげにスープを飲んだ
少女はもちろん、言葉を理解していない
漁を終えた漁師が、付きっきりで言葉を教える
少女に再び、恋心が芽生えた
親を殺されたことは、忘れなかった
漁師は、少女と共にいたクジラを悼み、少女にマコという名前を与えた
3年経過した頃、マコは漁に付いていきたいと懇願した
「漁に女を連れていったら、海の女神様が嫉妬しちまうよ」
「アタシはもともと海に住んでた」
「マコ、そうかもしれないが、これは漁の決まりなんだ」
「知らないよ、アタシは付いていくから」
「はぁ」
夕方から朝にかけて遠海での漁を計画していた
漁師は説得を諦め、近場で漁をすることにした
出港し、マコと漁師は甲板で風を浴びていた
船頭に計画を伝え、いつもの近海へ到着した
魚はたくさん獲れた
船頭も気をよくしたのか、遠海でも大丈夫だと勧めてくる
船頭に言われては仕方がない、遠海へ行くことにしよう
マコも上機嫌だが、なにやら考え事をしているようだった
遠海に着き、漁を終え、錨を下ろし
仮眠をとっていると、マコが話しかけてきた
「あんたには、命を助けてもらった」
「んぁ、そうだな」
「食べ物も寝床もくれた」
「ああ」
「言葉と名前もくれた」
「そうだったな」
「だから、大好きなんだ」
「俺もだよ」
「でも、あんたはあのクジラを殺した」
「ああ」
「それだけは許せない」
「許せるまで恨んでくれ」
「許したくない」
マコは泣いていた
「立て」
言われた通りに立つ
殴られるのかと思ったが、抱き締められた
「大好きだ、おまえが憎い」
「ああ、ありがとう、ごめんな」
マコは漁師にキスをした
そして、漁師から唇を離さずに船の端へ移動した
漁師は全て理解し、受け入れた
end