春にしがみつくティーンエイジャー
失礼しまーす。
気の抜けた男女のあいさつの合唱とともに、進路相談室後方の引き戸ががらりと開く。短い列をなした制服姿の生徒たちが四人、夕日が差しこむ教室に入室した。
窓際以外、壁という壁が大学資料や赤本でいっぱいの本棚に覆われたこの部屋には先客がいた。
先客は室内中央に設置された円形のテーブルを陣取っている。まだかまだかと散々睨みつけていた正面のドアが開いた瞬間には眉を寄せ、露骨に不機嫌な表情をした。
先客の名は花宮葵。新米教師だ。
「遅い……」
ドスのきいた女教師の言葉を合図に、生徒らのお説教タイムが始まる。
「だぁってぇ、悟志のやつ、メールの返事すぐにしないとすごく怒るんだもん」
甘ったるい声で最初に答えたのは愛川真綾。最後尾でケータイをいじりながら入室し、前三人に倣って横一列、机を挟むかたちで花宮の前に並んだ。
名を述べたカレシと今もメールのやり取りをしているのだろう。画面から目を離さず、ボタンの操作に忙しない。よく動く指先が扱いの熟練さをにおわせる。
愛川を一言で表すなら校則違反の権化、だ。
まず目を引くのが背中の中腹まで豊かに流れ打つ明るい茶色に染めた髪。また、セーラー服のスカート丈は膝上というのもおこがましいほどに短い。むき出しの太ももを申し訳程度に隠すように黒のニーハイソックスが伸びている。何度も注意されるが、一向に直す気配は見当たらないのが愛川だ。悪びれた様子もなく、教師も手を焼いている。
「ちくせうリア充爆発しろ。拙者はPC室に籠城して同志とチャットしていたでござる」
言い訳続行を引き継いだのは愛川の横に立つ橘雨京。
あっちこっちに跳ねたぼさぼさの黒髪。一度もクリーニングに出してないと思われるよれよれくたくたの学ラン。極めつけは厚いレンズを太い黒のフレームで囲ったメガネ。レンズの奥の黒目は、神経質そうにくるくる泳ぐ。典型的、とでもいえばいいのか。地味でオタク気質オープン全開の少年だ。
くい、と白々しくブリッジを中指で押し上げながら言い放つ橘に、となりのもう一人の男子が強引に肩を組む。爽やかさ百二十%の笑顔も忘れない。
「部屋ン中でじっとばっかしてないで、外に出て体動かそうぜー。さぁオレと一緒に青春を謳歌しよう! あ、ちなみにオレは図書室でバスケットボールでのリフティング回数世界記録を目指しガンバってたら遅くなりましたー」
「む、貴様人には表に出ろと言うくせに自分は室内で遊んでいるじゃまいか。人のふり見てわがふり直せという言葉を知らんのか? ん? エェ?」
「? ? ?」
「やめとけ雨京。永青にそんな難しいことわざ使たって通じないから」
室内中に通る声ではきはきと遅刻理由を述べたのは長田永青。混じりけのない満面の笑みがこの少年の能天気さを物語る。
背はこの中で最小の橘と二十センチ以上の差があり、もちろんこのメンバー内でもピカ一だ。制服が少し窮屈そうである。
白く輝く並びのいい歯と褐色の肌はなんともスポーツマンらしい。得意の競技はサッカー野球バスケ陸上、水泳に空手柔道合気道テコンドーカバディとなんでもござれの万能人間だ(身体面において)
「全く、馬鹿に塗らせるは何とやら、というけどここまでとはね。私は図書室でスタンダールの『赤と黒』を呼んでいたら夢中になり下らない呼び出しのことなんかすっかり忘却の彼方でした。まあその表情を見る限り先生が言い訳を求めていないのは明白ですね。長々とすみません。あ、そうそう。私はこんな愚か者、己の聖域である図書室で見かけてなんていませんから」
「存在否定された! 日雀ひでぇ!」
「いいぞもっとやれ」
一番に部屋に入ってきたベリーショートの少女が最後にご自慢の毒舌を披露する。名前は日雀深雪。皺一つ見当たらない制服を同じ女子の愛川とは対照的にきちんと着こなしている。むしろ野暮ったいくらいだ。ブックカバーをかけた文庫片手にいかにも優等生といった出で立ちで、実際学年トップの成績を維持する。
「そう。日雀の言う通りあたしゃおまいらの遅刻理由なんぞに興味はないのよ。お分かり?」
とても教師とは思えない口ぶりだが、彼女はれっきとした教員だ。
「センセー。そんな威厳もへったくれもない言葉遣いでいいんですかぁ?」
「いーんだよ。どーせおまいら、昔散々あたしが世話した近所のガキなんだから。愛川、チミこそ言葉遣いを改めなさい」
「だからって日雀みたいなムカつく敬語使われてもイヤだけどな!」
「くたばれ長田」
「日雀ひでぇ!」
フリーダムに会話を重ねる教え子たち。今回花宮は、彼女ら四人と面識があるということで説教役に駆りだされた。「頼んだよ」の言葉とともに向けられた上司の何とも形容しにくい笑顔の意味が嫌でも分かりかけてくる。痛み始めたこめかみを押さえ、まずは一人ひとりに尋ねる。
「で、あんたら、自分が呼び出された理由を分かってんの?」
「それが謎なんですよね。別に私は校則違反をしたわけでも、成績不振なわけでもないですし。むしろその逆で、大層優秀な成績を収めていると思いますが?」
「あいかわらず自信過剰ね深雪は。そこが原因じゃない? 雨京はもちろん、家でも学校でも発揮されるヒッキーぶりが理由でしょうね」
「黙れ歩く校則違反」
「ケンカはよくねーぞー」
「うっさい脳みそ筋肉質男が」
仲が良いんだか悪いんだか。目の前の嫌味の応酬を眺めつつ、花宮は溜息をつく。言い争う四人に苦労の表れは聞こえない。
上京した花宮は実家に戻りこの職に就いたのだが、まさかこんなに早く昔の馴染みに再会できるとは思ってもみなかった。それも生徒と教師という形で対面するなんて。背丈は大分成長したなと記憶と照らし合わせる。百七十センチを超す長田が、自分より背の低い時代があったなんて今じゃとても信じられない。反面、中身はそのままだと懐かしさを感じた。しかしそうも言っていられない。今は職務を全うしなくては。
「あー、お願いだからちょっと静かにして。まずは日雀。あんたの成績が随分なのは認めるけど態度に問題アリ。全教科熟睡って何事だ」
「睡眠学習です」
「……次に愛川。そのお手本になるくらいの校則違反はやめなさい」
「オバサンには分かんないだろうねぇ。これが今の流行りなんですぅ」
「オバサっ……。ゴホン、橘、登校拒否は克服したって聞いたけど、PC室に引き籠ってるんじゃぁ元も子もないでしょ。観念して出てきなさい」
「そんな殺生な。ユミタンと半日も会えないなんて……!」
「誰だユミタンって」
「ユミタンは拙者の嫁」
「ああもうだったら結婚して寿退学すれば良いよ。で、長田。元気ハツラツなのは感心するけど、校舎内でスポーツするのはやめなさい。何枚窓ガラス割ったと思ってるの? そろそろ弁償してもらうよ?」
「あ、実はさっきも図書室で割っちゃったんすよねー」
「……」
それぞれの気質を反映した返事に花宮はついに絶句する。この高校に赴任してまだ数カ月しか経っていないが、四人組の騒動は耳にタコができるほど聞いていた。
日雀・愛川・橘・長田はいわゆる学年屈指の「問題児」だった。それぞれいかにも「らしい」厄介事を巻き起こし、しかも悪いと思わない。一人でだって扱いにくいのに、四人がしょっちゅうセットになるから手に負えない。何度今のように説教しただろうか。改善される兆しは皆無で、面倒を見切れずほとほと手をこまねくのがかかわった教師の運命といつしかなった。
四人は昔から付き合いがあり、高校も全員が同じ公立に(日雀は有名私立からの推薦を蹴ったとの噂だ)通う関係だ。四六時中つるむというわけではないが、よくよく一緒にいるのを見かける。
無邪気な幼少時代ならいざ知らず、思春期真っただ中の趣味も性格も全く違う男女が並ぶ光景は周りから見れば奇異な組み合わせだった。集まって口にするセリフが大概相手への皮肉なら尚更だ。そのくせ、眠るとき以外は仏頂面しか見せない日雀も、普段反抗的な態度しかとらない愛川も、俯いてばかりの橘も、万年笑顔の長田も、大分表情が違ってくる。雰囲気が楽しそう、だ。
なんやかんやで、絆という存在がこいつらの中にはあるのだ。久方ぶりにちゃんと、どちらかといえば仕事をもった大人ではなく少し前の年上のお姉さん、としてのノリで会ってみて花宮は実感する。
「なんでこうアホぞろいになっちまったんだか。昔はあんなにかわいかったのに」
「昔とかやだぁ、ババくさーい。加齢臭うつるんで近づかないでください」
「……マーヤは私のまねして一生懸命背伸びしてお化粧してたし、深雪は勉強で分かんないところあったらすぐ私に聞きに来たし、ナガとは夕方の川原で何度もキャッチボールしたし、雨京には何度も漫画貸してあげたのに、みーんなこんなに憎らしげになっちゃって。サ、説教はもう終わったし帰んなさい。さようなら」
投げやりな体で進路室から追い出すよう手の平をシッシと振ると、とたん全員が渋面。というより、そんな小難しい言葉ではなく「拗ねた」という方がよっぽど似合ってる。昔話を引き出され、いきなり子ども扱いされたのが悔しいのだろう。さっきまで自分たちが小気味よく振り回していたのに。分かりやすく顔に文句を書きながら、それでも小さな声で口ぐちに「さようなら」と別れの言葉を最後に最初同様に部屋から出ていった。ドアの向こうまで制服姿をきちんと見送り、花宮はふっと吐息を漏らす。
「まだまだガキだなぁー」
一人おかしそうにくつくつと笑った。変わらない、私の知ってるあの頃のままだ。いつまでも年下の子供らしいかわいげある一面が嬉しくて、こそばゆくて、つい一人で破顔した。良い気分のまま、スーツの内ポケットに手を差し込む。
「……と、そーいやここは禁煙だった」
慌てて手を引っこめる。それでも笑みは引っこまない。思い返すのは、四人のさようなら。問題児だお荷物だと散々な言われようだが、全員がきちんとあいさつをした。そこいらの優等生よりよっぽど褒められるべき長所である。そういえば、携帯を注視していたあの愛川だって入室のセリフはちゃんと言っていた。自分の教えがきちんと身についていて少し誇りに思う。
昔から曲者ぞろいのあのメンバーの相手をよくしていたのは花宮だ。一緒に過ごして、挨拶だけは徹底させた。それだけは譲れなかった。全員が変人奇人扱いされようと、人である以上は礼儀をきっちり学ばせよう。彼らの姉としてのポリシーだった。それが今でも通っているなんて、昔から自分は教育者の素質があったのかもしれない。一人花宮はほくそ笑む。
四つの影がドアの隙間からのぞき見ているとは知らずに。
まだまだ、荷厄介な教師生活になりそうだ。
(葵姉、笑ってらぁ)
(不気味でござる。葵殿の身に何が!?)
(どうせ葵さんのこと、ちっちゃい頃の私達を思い出してるのよ)
(葵ネーサンなら有り得るわー、マジ引く)
一見お互いの悪口しか言いあってないけど、実は仲良し。
そんなメンバー四人(五人?)です。
キャラが今までのどの人物より個性的で書くのが楽しかったです^^
よければ感想・評価お願いします。
今後の文芸部活動の参考にさせていただきます。