第1話 (5)
お風呂から上がってしっとりと水気を含んだ髪は、冷房のきいた部屋でひんやりと涼しく感じる。
先程まで足の踏み場がなかったリビングは、荷物が全部部屋の隅に寄せられ片付いて見えた。
浬は小さく縮こまるようにソファーに座り、カン!と空のコップの乾いた音が耳を貫いた。
「俺は認めない」
否定的で冷たい言葉。
鴇は浬に目を向けず、コップに炭酸ジュースを注ぎ入れる。
シュワシュワと炭酸の涼しげな音が、しんと静まり返った部屋に響く。
沈黙に耐えかねた叔母が口を開いた。
「浬ちゃんが来るの鴇と鴻に黙ってたこと、謝るわ。でも前もって言ったところで賛成しないでしょう。浬ちゃんの転校先も決まってるし、うちで下宿するのは変えないわよ」
温厚な叔母の、強い発言だった。
鴇はぐっと力を込めてコップを握ると、別の手で浬を指差す。
そして叔母よりも強く、言い放った。
「それでも、俺はこんなやつ認めない」
鴇はグラス片手にリビングを去ろうとするも、先程まで沈黙を貫いていた浬に「待って」と呼び止められる。
裸を見られた羞恥心とか、鴇の一言に対する恐怖心とか、色々な気持ちが混ざり合っていたが、今はそんなことを気にしてはいられなかった。
ここで話しかけなければ、これからもずっと話せないままだと。
浬は立ちあがって、仏頂面の鴇にはっきりと言った。
「私、藤崎浬です。あの……、よ、よろしくお願い、します!」
勢いよく頭を下げる浬に視線を送るだけで鴇は何も言うことなく、バタンッ!と乱暴に扉を閉め部屋を出て行った。
鴻以上にまともに会話すらできない鴇。
これから、前途多難な毎日が始まるのである。




