第二幕 雨天
遅くなりました。真に申し訳ありません。
「眠い、眠すぎる」
深夜二時頃。外では雨が降っているのか、ザザザザーっと屋根を打つ音が聞えた。
十二畳くらいの広さの自室で白取 好は脚立に掛けてあるキャンパスの前で無意味に頭をかきむしって唸っていた。
「人物画やめよっかな‥‥」
頭をかきむしるのをやめ、脚立を部屋の隅に片付けて、ベットにダイブする。
美術の課題を終わらすために、油彩用キャンパスに自画像のスケッチをしていた。
帰宅して食事や風呂を済ませた後の十時から現在に至るまでスケッチに専念し、無事ノルマを達成してその充実感で満たされるはずだった。
「地味だな‥‥‥‥‥‥‥‥」
何の前触れも無く天井に呟く。
キャンパスを覗けば、学年写真で見るような無表情の俺がいる。
普段はデザイン画または静止画のデッサンをしている俺には自画像は未知の領域であり、それ故思いどうりに上手く出来なったかもしれない。
キャンパスに描かれた俺は誰が鑑賞しても、差して感想も出ないくらいに何の印象も無く、地味だった。
下描きの段階で背景も曖昧なのだが、はっきりとそう感じた。
平凡である俺でも、自分の得意分野ではもっと大胆で過激な表現くらいはしたい。とは思っている。
やはり、得意なほうで攻めたほうがいいか‥‥云々。俺の脳内が渦巻く。
「何だったんだろうな、あの子」
本当は美術の課題の事はどうでも良かった。
駅前にいた少女の存在。
その事が帰宅してから、のどに刺さる小骨のように脳味噌に漂っていた。
金髪と白髪の中間の色をした長髪。
純白のサマードレス、日焼けを知らない魅力的な肌。
そんな目を惹くような麗人を俺は田舎で見た事は無いし、他県でも見た事が無かった。
何故こんな殺伐とした静かな田舎町に彼女はいたのだろうか?
あの時間、あの場所にいたという事は誰か待っていたのだろうか?
ボーっと天井を眺めている間にさまざまな疑問がわいてくる。
「ハっ。俺は変態かっての‥‥」
何でこんな事を考えているのか、自嘲してみたが答えは出ない。
なぜか俺が自嘲した時に、雨が強くなった様な気がした。
****
時刻は六時。空模様は鼠色だろう。雨は止まず、重々しく降り続いていた。
「お兄ちゃん行ってらっしゃい」
「あいよ」
俺は玄関で靴を履きながら、活気の無い適当な返事をする。
横にあるセカンドバッグを右腕に提げ、左側の靴箱に掛けてある青い傘を持って玄関を去ろうとする。
「お兄ちゃんキャンパス忘れてるよ!」
「‥‥あ‥‥何やってんだ俺‥‥」
踵を返して各荷物をを床に置く。
曇天の影響か、妙に頭が重い。
普段は忘れ物など、特に美術関係の物はした事が無いのだが‥‥。
「私が取りに行くよ」
靴を脱いで後ろを振り向いた時だ。
「えっ‥‥すまん。じゃあ頼むわ」
俺の妹、白取 秋は晴天に昇る太陽のような輝かしい笑顔で二階を上がって行った。
俺は二階に行く妹を眺めながら、意味の無いため息を付く。
近隣の中学校に通う俺の妹は容姿や学業云々、色々レベルの高い才色兼備な奴である。
妹と同じ学校、俺が中学三年生の時の頃だ。
「あの‥‥お前の妹さんに告白、しても良いか?」
あるクラスメイト。余り話した事の無い奴だった。
突然放課後、教室に呼び出され、こっちまで恥ずかしくなるような台詞を吐き出した。
お前ロリコンか?て言うか何故そんな事を俺に言う?俺そんな権利ありませんよ?
とはツッコメ無かった。
妹は俺の目から見てもかなり大人びて、垢抜けていた。
学業にしても、同じ学校、それに美人で有名だから、だから嫌でも情報が耳に入てくる。
「えへへ。キャンパス取ってきたよっ!‥‥やっぱお兄ちゃんはすごいな!」
「お世辞は結構だぞ、お前の方がスーゲだろ」
天才と言われるような能力なんて無い。美術以外なら、ほぼ彼女の方が上だ。
昔から劣等感みたいなのを俺は彼女に対して抱いていた事があった。特に小学生の時のだった。
今となってはやりたい事を自分なりに見つけ、自分が決して漫画の主人公のように努力すればどんな事も出来ると言う訳ではなく、人には限界があると理解しているが、昔は妹を越えようと必死であった。
―お人良しで面倒見が良い性格。無垢で可憐な妹。当時彼女がどんな事を思っていたが知らなかったが、それが嫌でよく困らせた覚えがある。
彼女は気にしていないが、俺の心には影として罪悪感が残っている。
悔しくて、泣いた事を憶えている。
何時しか劣等感も頼もしさに変わっていて、妹を追いかける事を止めた。
しかし今でもその劣等感の断片が残っているのか、彼女の優しさに反抗する様な事がたまに、ごくたまにある。
平凡で起伏の無い、平坦で平和な日常。少なからず彼女は悪気が無くとも、自然に破壊する―。
そう思ってしまう俺が心の底のどこかでいる。
‥‥‥何考えてんだ、俺は‥‥‥。
「また‥‥出来れば一緒に絵を描いてくれる?」
「俺で良ければな」
秋から地味づらが写るキャンパスを受け取り、セカバンの横ポッケから比較的大きいビニール袋を選択し包装する。どうでも良い情報だが、常に俺のセカバンにはビニール袋が常備されている。
「ありがと」
「別に大した事出来ないぞ」
「そんな事無いよ」
俺は無邪気に微笑む妹を暫く眺めながら、扉を開け、傘をさす。
平凡を望むのであれなんであれ、
彼女の笑顔が在ればそれでいいと思う。
****
空はその姿を変える様子も無く鉛色で、相変わらず雨が降り続いていた。
新四号線の十字路。信号は暗い町を赤と緑で照らす。
信号を一つ越え、暫く歩けば間々田駅に着く所まできていた。
信号は赤。
雨が傘にぶつかり、発する音を聞きながら立っていた。
町は孤独が漂っている。聞えてくるには降りしきる雨の音と、信号を通り過ぎる車の音ぐらいで、周囲には人は一人も居らず、街灯も無い。
派手さが無い静かな町の風景や音は心を自然に和ませてくれる好きなものだが、雨の日の町は特別好まない。
―冬でもないのに肌寒くなり、無性に寂しくなってくる。
この感覚は俺にとどまらず、自転車置き場の管理人の海道さんを初め妹も、此処に住む友達もごくたまにそんな事をいう。
光を漏らし、圧倒的な存在を見せ付ける交番を気にせず通り、自転車置き場の海道さんに一礼してから駅の階段に向かう。
階段の蛍光灯は、もう随分換えられていない為、チカチカと目を攻撃してくる。
何時もの様になんの感想もなく階段を上って行くつもりだった。
それ気付いたのは神様の悪戯という奴だろう。
すぐ階段を上ったところ、左に人の気配を感じ取り振り向く。俺は目を見張って静かに―驚いた。
キャンパスの件につき、雨天のせいだろう。
其処には黄金色と白色の幻があった。
なんかシリアス。
僕が感じる田舎の雰囲気を書いて見たんですが、、、




