オタ生活ウン十年、変わったものと変わらないもの
私が初めて漫画を読んだのは、小学校の3,4年生くらいだっただろうか。
当時、最寄り駅前に本屋があって、きまぐれに父が仕事帰りに漫画を買ってくれることがあったのだ。
と言っても、漫画など興味も無く読んだことすら無い父のセレクトなので、目についた雑誌だったり単行本の最新刊だったりと、前後の全く分からない話の一部だけ。
一応、読んでみるものの、よく分からないものが多くて今となっては何を読んだかすら記憶にない。
そんな中、分かりやすかったのがドラえもんだ。
テレビでもやっていて親しみやすかったこと、一話だけでも理解しやすく、子供向けで見やすいコマ割りと易しい台詞、初めてもっと読みたいと思った漫画だった。
それから、なけなしの小遣いで、時間をかけて一巻から買いそろえていった。
夢中になって何度も読み返し、当時どこの家でもよく言われたであろう、
「漫画ばかり読まないで勉強しなさい」
と、のび太のような注意をされていた一人だ。
勉強には全く熱心じゃなかったけど、言葉も漢字も、歴史や理科のネタでも、漫画だと記憶力が上がったおかげで、テストで役立つことも確かにあったと記憶している。
そして時代は移り、ゲームと動画が主流になった世代の我が子には、
「漫画でもいいから本を読め」
と、経験を踏まえて叱ってみるが効果は無い。仕方ないので、たまには身になるゲームや動画に興味を持ってくれるコトを願おう。
さておき。
小学校5,6年の頃、たくさんある漫画を処分するから本棚ごとあげる、と親戚のお姉さんから少女漫画を中心に数百冊くらい譲ってもらった。
エースをねらえ、ベルサイユのばら、スワン、ガラスの仮面、スケバン刑事等々。
他にホラーや職業ものなど、シリーズや完結作も多く、夢中になってのめり込んだ。自分では存在すら知らなかった大人びたストーリーも、惹かれた理由かもしれない。
また、当時の同級生に漫画好きの友達が出来たのも影響が大きかった。
クラスの女子は、アイドルなら聖子派か明菜派、漫画ならりぼん派かなかよし派で盛り上がった。
ちなみに私は、芸能関連はあまり興味なかったのでユル明菜派、漫画はガチりぼん派で池野恋先生イチオシだった。余談だが、毎日のようにランゼをマネして描いて、勢いで読者投稿コーナーに送ったことも何度かあったが、一度も載ったことはない・・・。
数百冊のアップデートのおかげで、様々な作家さんや雑誌を知り、週刊マーガレット(ひたか良先生、亜月裕先生など)と花とゆめ(魔夜峰央先生、神坂智子先生など)に興味を持って、恋愛要素の薄いバトルやファンタジーがお気に入りになっていった。
それから漫画を軸に交友関係が広がったのもあり、中高生時代は貸し借りを含めて様々なジャンルの漫画を読み、友人と描いたり語り合ったりした。
当時、オタクは周囲に多かったとはいえ、世間では肩身の狭い人種で、親をはじめとするたいていの大人たちにとっては、
『漫画やアニメは大人になると卒業するもの』
という位置づけで、自分でも特に疑問を抱くことも無く、なんとなくそういうものだと思っていたので、就職が決まった時は社会人になるのだから、と、深く考えずに持っていた漫画をお気に入りを少し残して処分したのだ。
それでも本屋に行くとたまに手が伸び、じわじわと本棚を埋めていった。友人と同人活動をしたり、職場ののんべと飲み会に行ったり、三十路を過ぎても独身貴族を謳歌し、弟が先に結婚して子供が出来ると、近所に住んでいたこともあり、親は孫も見たし私はこのまま年とるのも悪くないか?と、無計画に過ごしていた。
ところが人生、分からないもので、ひょんなことから縁あって結婚することになり、再び漫画を処分して心機一転、遅ればせながら大人として自覚を持って新生活を送ろうと旅立った。
転勤族の嫁となって信越、関東と移り住む中で、妊娠&出産を経験し、高齢出産で二児を授かり四苦八苦しながらワンオペで家事と子育てメインに過ごした日々。
乳幼児期を過ぎて少し時間と気持ちに余裕がでると、また漫画に興味をもつようになった。しかし間が空きすぎて、本屋に行ってもウラシマ状態で好きな漫画が分からなくなっていることがショックだった。
そんな時、ママ友に聞いたまんがアプリと出会う。無料で数話、数冊読めたり、日替わりや期間限定で無料になる新作や懐かしい漫画を、読むことができた。
昔、持っていた漫画や買っていた雑誌の新作、まったく新しい作品や作家さんとの出会い、経済的な自由度が独身時代からすると格段に落ちた状態だった私は、この出会いに夢中になった。
しかし。懐かしい漫画を読んでみるものの、途中から有料になる。そして昔、処分したことを後悔するのだ。気になる漫画を読んでみても、やはり続きは有料。チマチマ貯めたコインで買っても追いつかない。
面白いと思っても、アプリだと子供に読ませるにも向いていない。
最近は昔の漫画のリメイクアニメも増えて、子供が興味を持ったとしても本人が小遣いで買うことは無い。あれば読ませてやれるのに、とやはり後悔してしまう。
そして何より、漫画は紙で読みたいのだ。アプリで気に入った漫画を、数年かけて何作品か紙で購入した。
椿町ロンリープラネット、コレットは死ぬことにした、王の獣、大奥、多聞くん今どっちetc.
漫画で初めて、今でいう「推し」だと実感したのは、エイリアン通りのセレムさん。あれから四十年経っても、黒髪ロングの冷静沈着な頭脳派に弱いらしいと、紙購入のラインナップで気づいた。あと、子供時代は漫才と新喜劇も大きな影響を受けたので、掛け合いが面白い漫画も好物だ。
と、長々と並べてみて思うのは、好きなものは簡単には変わらない、ということ。
昔は大人になったらみんな演歌が好きになると思っていたけど、そんな人は実際にほぼいなかった。むしろ、バンドやアイドルにハマってずっと追いかける人の方が珍しくない。
二十歳の頃の職場の課長は、美空ひばりを歌えば喜んでくれたけど、三十路半ばの頃の職場の部長は、デュエット希望が洋楽で衝撃を受けた。その部長だけでなく、管理職といえどカラオケで演歌を歌う人はいなかったのだ。
そして断捨離だのミニマリストだのと、モノを持たないコトをよしとする風潮だけれども、私にはムリだなと思う。楽しみが無くなるから。
そんな訳で若人の皆さん、趣味のものを処分するときは、よく考えた方が良いです。
就職や結婚で環境が変わると、持ち続けるのも難しいかもしれませんが、意外と精神的な支えにもなるものです。
好きだったもの、頑張ったこと、励まされたこと。
大事な感情と一緒に、身近にあるとまた、頑張れる時があります。
夢中になれたその気持ちが、自分を励まして奮い立たせてくれることもあります。
そして子供がその頃の自分と同じ年頃になると、子供だった時の気持ちが思い起こされて、冷静になれたり共感が得られたりするかもしれません。
最後に。
変わるものと言えば、食の好みです。
揚げ物は大量に食べられません。肉やソーセージも限界が早くなります。
ガッツリ食べたい人は、なるべく若いうちに挑戦することをお勧めします。
それと恋愛もの。昔はこっ恥ずかしくて読めなかったんですが、子育てと人間関係のシガラミに疲れた時、キュンに浄化されると実感しました。アラフィフにピュアラブは、サプリです。
紙推しですが、唯一アプリで購入したのが、ガラスの仮面です。
死ぬまでに完結して欲しい作品。もし私の死後に完結するようであれば、仏前に備えてくれるよう子供に託したいです。
五十過ぎて漫画で泣けるとは、若いころは思っても見ませんでした。
ここまで来たら、死ぬまで漫画好きでしょうね。
転勤族なのでずっと賃貸暮らしですが、いずれ中古住宅でも買って、漫画部屋作るのもいいなぁ。
読んでくださって、ありがとうございます。
だらだらと、思っていることを書き連ねてみました。
リアルで漫画やオタネタが出来る友人がいないもので・・・。
好きなものがある若人のみなさん、子育てがんばるママさん、漫画が好きなすべての方へ捧ぐ。




