第十話:不沈の連鎖、二国間同盟
第十話:不沈の連鎖、二国間同盟
1.勇者の「空虚」と、泥を掘る「怪物」
魔王軍の先兵を退けた翌朝。バルバロイの王都を包んでいるのは、勝利の歓喜ではなく、奇妙な静寂だった。
王宮のバルコニーからは、飛行の勇者カイトが、そしてその傍らではレオンとサツキが、眼下の光景を黙って見下ろしていた。
朝日を浴びながら、市街地の境界線で黙々と動く影がある。サキモリだ。
彼は昨夜の激闘、そして全身を煤で汚した救護作業の後、一睡もせずに崩れた防塁の跡地にいた。
「……あいつ、何やってんだ?」
カイトの呟きに、誰も答えられない。
サキモリは、魔法で一時的に塞がれた地面を再び掘り返し、石を積み、地盤を固めていた。壊れた柵を補強し、火炎で脆くなった壁の構造を検分する。その姿は、英雄の凱旋とは程遠い。ただの土工夫か、あるいは執念深い修理工のようだった。
「……魔法で傷を治しても、崩れた『構造』は元には戻りません。次は傷つかないための備えが必要です。これは……その、続きの作業ですから」
手伝おうとした兵士たちに、サキモリは淡々とそう告げたという。レベル1の男が、誰に命じられるでもなく、未来の「防衛」のために泥にまみれている。数値に依存し、数字が上がらないことに苛立っていた勇者たちは、その圧倒的に正しい営みの前に、自分たちの「空虚さ」を突きつけられていた。
2.管理者の「牙」
「――ですので、サキモリ殿を帝国の『特別教導官』として、正式に徴用したいと考えております」
王宮の謁見の間。バルバロイの将軍たちは、ルミナに対して傲慢なまでの提案を突きつけていた。彼らはサキモリを「レベル1だが、数値を無視して軍団を解体できる特殊兵装」としてしか見ていない。
しかし、椅子に深く腰掛けたルミナは、いつものポンコツさを微塵も感じさせない、凍りつくような冷笑を浮かべた。
「おじさんを『兵器』として数えているうちは、あなたたちは彼を扱えないわ」
「……何だと? 我々は相応の対価を――」
「黙りなさい」
ルミナの鋭い声が、大理石の広間に響く。管理ユニットとしての彼女が、その内に秘めた膨大な魔力を、威圧として解放した。
「彼は、自分が守りたいと思った人たちの寝顔を守るためにしか動かないの。あなたたちが彼を『便利な道具』として縛ろうとするなら、私は今すぐ彼を連れてこの国を出る。……彼が欲しいなら、軍規ではなく『二度と彼に、守りきれなかったと泣かせないための約束』を持ってきなさい」
ルミナは知っていた。サキモリが昨夜、救われた命を前にどれほど震えていたか。その魂の聖域を、政治的な強欲で汚させるわけにはいかなかった。
3.数値から構造への引導
調印式を前に、サキモリは王宮の門前で三聖勇者たちと対峙していた。去り際のような冷たい空気。しかし、サキモリの瞳に蔑みはなかった。
「……あなたたちの出力は素晴らしい。カイト殿の飛行高度、レオン殿の熱量、サツキ殿の剣速。それらは本来、一点で戦場を決する決定打となるはずです」
サキモリは、彼らが積み上げてきた「レベル20」という数字を、初めて正面から評価した。
「ですが、今のこの国は『剣だけが巨大で、柄も握る手も細すぎる』状態にある。レベルが上がらないのは環境のせいではなく、あなたたちが『守るべき基盤』を無視し、自分という一点に荷重をかけすぎているからです。座屈を恐れていては、それ以上の成長は望めない」
サキモリは、自ら積み上げたばかりの強固な石壁を指差した。
「勇者がいなくても民が眠れる構造を、私と共に作りませんか? あなたたちが『一点』ではなく、この強固な『構造の一部』となった時、その数値は再び動き出すはずです」
嘲笑されていたはずのレベル1の男から、軍事的な「正解」を提示され、勇者たちは初めて自分たちの価値を数値以外に見出した。彼らの瞳に、かつてない静かな闘志が宿る。
4.救済の続き、不沈の形
夕刻。アルタとバルバロイの共同防衛条約――通称「盾の盟約」の調印式が、質素に執筆された。
華やかなドレスに身を包んだルミナの隣で、サキモリは新調された(しかし、やはり実用性一点張りの)軍服に身を包んでいた。
「……おじさん、また無茶して。私の心臓がいくつあっても足りないわよ」
式典の喧騒を離れたバルコニー。ルミナが、サキモリの服の袖についた泥を払いながら、拗ねたように呟く。
「……。ルミナ先生」
サキモリは、夕日に染まる王都の街並みを見つめたまま、静かに口を開いた。
「あの時……三体目のドラゴンの火炎を防ぎきれなかった時。あなたが私の失敗を、その魔法で塗り替えてくれたから、私は今、こうして正気で立っていられます。……私の存在意義を繋ぎ止めてくれたのは、あなたです。心から、感謝しています」
サキモリが、これほどまでに自身の内側を言葉にしたことはなかった。ルミナは一瞬、驚いたように目を見開いたが、すぐにいつもの、少しだけ勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「……当然でしょ。あんたの『防衛』を完璧なものにするのが、管理者の私の仕事なんだから。……感謝するなら、次は無傷で帰ることね」
「……了解しました。避難経路の策定について、再考の余地があります」
「そうじゃないってば! もう、お説教一時間追加!」
サキモリの耳を引っ張りながら憤慨するエルフの少女と、大真面目な顔で「検討します」と繰り返す鉄の防人。その光景を遠くから見ていたバルバロイの王が、戦慄と共に呟いた。
「……あんな怪物を手懐け、反省させているあのお嬢様こそ、この同盟で最も恐るべき存在ではないか……?」
境界線を守る槍と、その綻びを埋める奇跡。
レベル1の防人と、ポンコツ管理者の不沈の旅路は、一つの国を救い、次なる構造へと歩みを始めた。
第二章:完




