第七話:スライムの蹂躙と、届かぬ「5」
第七話:スライムの蹂躙と、届かぬ「5」
1.傭兵ギルドの「現実的」な助言
バルバロイ帝国の王宮から、半ば放逐される形で通りに放り出されたサキモリとルミナは、そのまま街の中央に位置する傭兵ギルドの支部へと足を運んでいた。
「……効率的にレベルを上げたい。目的は特定のスキル……治癒魔法の習得要件を満たすためです」
サキモリの相談を受けた受付の案内人は、目の前の男のステータス――「レベル1」という絶望的な数字と、その後ろで機嫌悪そうに腕を組む幼いエルフを見て、深い同情を禁じ得なかった。
「……治癒魔法の適性を得るには、最低でもレベル5、できれば10は欲しいところですね。ですが、レベル1となると……」
案内人は、地図の一点を指し示した。
「街から半日の距離にある『スライムダンジョン』がお勧めです。あそこは物理攻撃が効きにくく、初心者は苦労しますが、何より死ぬ危険がありません。帝国の勇者様たちも、あそこでレベル20まで地道に上げたのですよ。安全こそが、レベル上げの鉄則です」
「……死なない。それは素晴らしい。安全性と継続性は、教育訓練における最優先事項です」
サキモリは生真面目に頷き、ルミナを伴って街を出た。
2.作業現場としてのダンジョン
湿り気を帯びた薄暗い洞窟。そこには、青く透き通ったゲル状の魔物――スライムたちが、意思を感じさせない動きで徘徊していた。
「……ふむ。衝撃分散に特化した流体構造。通常の刺突ではエネルギーが吸収され、核を捉えるのは困難なようです」
サキモリは、新調した「再生する竜の爪」の槍で、目の前のスライムを軽く突いて分析する。
「おじさん、私は戦わないわよ。管理者の私が出しゃばったら、あんたに入る経験値が減るかもしれないし。ほら、そこら辺の岩に座って高みの見物をしててあげるから、ササっと5レベルくらいまで上げてきなさいな」
ルミナはそう言うと、本当に平らな岩を見つけて腰を下ろした。
緊急時でもない限り、管理者が現場の作業員の領域を侵すのは合理的ではない、という彼女なりの論理だ。
「了解しました、ルミナ先生。……では、清掃作業を開始します」
3.物理法則の「ゴリ押し」
サキモリが槍を構えた。
魔法もスキルも使わない。だが、彼の背筋が伸びた瞬間、洞窟内の空気が一変した。
「――接敵」
サキモリが踏み込む。次の瞬間、槍の穂先が「消えた」。
超高速の連続突き。それは、スライムの流体的な柔軟性が追いつかないほどの、絶対的な「速度」と「回数」による飽和攻撃だった。
「物理が効かないのであれば、衝撃が分散される前に、次の衝撃を叩き込めばいい」
サキモリの槍は、音速を超えて空間を削る。槍自体がその猛烈なGと摩擦熱に耐えきれず、時折ミシリと嫌な音を立てて砕け散るが、次の刹那には「再生能力」によって穂先が再構成される。
サキモリはそれを、まるで「メンテナンスフリーの削岩機」のように扱い、100体を超えるスライムを淡々と、かつ手際よく「処理」していった。
それは戦闘というよりも、不具合のある部品を一つずつ物理的に粉砕していく、冷徹なまでの「作業」だった。
4.届かぬ「5」と、静かなる焦り
一時間も経たぬうちに、周囲のスライムは完全に一掃された。
サキモリは小さく息を吐き、額の汗を拭うと、ルミナのもとへ歩み寄った。
「……予定の100体の処理、完了しました。これで、救護の基礎……レベル5には届いたでしょうか」
ルミナは岩から飛び降り、携帯用の鑑定水晶をサキモリに向けた。
「……ま、これだけやれば当然でしょ。どれどれ……」
水晶に浮かび上がった文字を視認した瞬間、ルミナの思考が停止した。
『鑑定結果:氏名サキモリ。レベル:1』
(……え? なんで? 100体よ? 最低でもレベル10、いや、勇者の基準なら15まで上がっててもおかしくないわよ!?)
慌てて詳細な経験値ゲージを確認したルミナは、背筋に冷たいものが走るのを感じた。サキモリの経験値ゲージは、微動だにしていないわけではない。だが、その上昇率はミリ単位――いや、ミクロン単位だった。
(……一万倍。……このおじさん、レベルを上げるのに、普通の人の一万倍の経験値が必要なの……!?)
それは、バグという言葉ですら生ぬるい、世界のシステムそのものから拒絶されているような数値だった。
「ルミナ先生。どうでしょうか」
期待に満ちた――しかし、いつものように無機質なサキモリの瞳が、ルミナを射抜く。
ルミナは、真実を告げるべきか迷った。だが、自分が信じる「管理者」として、そして一人の少女として、この男の絶望を直視させることはできなかった。
「……あー、やっぱりスライムじゃ、効率が悪かったみたいね! 勇者たちが乱獲したせいで、経験値が薄くなってるのかも!」
ルミナはおどけて肩をすくめ、水晶を隠した。
「これじゃ、しばらくはレベル1かもねー、おじさん」
「……。左様ですか」
サキモリは、静かに自分の掌を見つめた。
100体の魔物を処理しても、1レベルすら上がらない。それは、彼が切望した「治癒魔法(現場での即時修復)」への道が、果てしなく遠いことを意味していた。
「……私の効率が、まだ不足しているのですね。守るべき人を目前にして、応急処置すら魔法に頼れない無力さ。……改善の余地(焦り)があります」
サキモリは再び槍を握り直した。
彼の瞳に宿るのは、勇者への対抗心ではない。
万が一、ルミナや民間人が傷ついた時、自分が「ただの兵士」として無様に立ち尽くすことへの、冷徹なまでの焦燥だった。




