第二百三十九話:【風の枝条架:高濃度化の加速構造】
第二百三十九話:【風の枝条架:高濃度化の加速構造】
チタン製のポンプが規則的な鼓動を刻み、広大なコンクリートの器を海水で満たしていく。
だが、サキモリはその光景を眺めて満足することはなかった。
「海水をただ溜めて待つのは、あまりに効率が悪いですね。太陽だけでなく、この海岸線の『風』を構造に組み込みましょう」
サキモリの指示を受け、四人は次なる巨大構造物の建設に取り掛かった。
蒸発を加速させる「枝の壁」
サキモリが設計図として提示したのは、伝統的な製塩技法「枝条架」をベースにした高効率濃縮システムである。
サキモリがストレージから次々と吐き出す木材と竹を、アリサとミャオが神速で組み上げていく。
それは、塩田の上にそびえ立つ、巨大なジャングルジムのような木枠の壁であった。その内部には、細かく割った竹の枝がびっしりと敷き詰められている。
「ここに、ポンプで汲み上げた海水を流します。枝を伝って滴り落ちる間に、海風が水分を奪い去る仕組みです」
ルミナが上空から風の魔法を補助的に送り込み、海岸線の強風を一定の方向に整流する。
竹枝の隙間を海水が薄く広がりながら流れ落ちるたびに、猛烈な勢いで水分が蒸発し、濃縮された「かん水」へと変わっていく。
太陽・風・循環の三位一体
サキモリはさらに、塩田の各所に小型の攪拌ポンプを設置していく。
「水が止まれば蒸発は停滞します。常に循環させ、常に風に晒し、常に太陽の熱を均一に受けさせる。これが『攻め』の製塩です」
小型ポンプが駆動し、塩田内の海水が渦を巻くように流れ始める。
太陽の直射日光、海岸を吹き抜ける強風、そして人工的な循環流。すべての自然要素が、サキモリの構築した仕組みによって「塩」を生み出すための歯車として最適化されていく。
「ただ天を仰いで待つだけじゃない……。これは自然をハックした、攻めの蒸発ですね」
エレンが感心したように呟く。
彼女の目の前で、透明だった海水は次第に重みを増し、水面には高濃度化の証である特有の「ギラつき」が帯び始める。
ストレージの有効活用
仲間たちが枝条架の微調整に追われている間、サキモリは一人、波打ち際に立っていた。
「調合ストレージの容量が、無駄に空いていますね。構造に遊びを作るのは合理的ではありません」
サキモリは自身のストレージを起動すると、チタンポンプが吸い上げる海水の一部を、直接内部へと引き込み始める。
百トンもの容量を持つストレージを、巨大な「予備タンク」として活用する計算だ。
「現地での濃縮と並行して、内部でも加工プロセスを回しましょう。一秒の停滞も許容しません」
静かに海水を飲み込んでいくサキモリの背後では、巨大な枝条架が風を切り裂き、白い霧状の飛沫を上げ続けている。
それは、原始的な自然環境を、最先端の「工場」へと塗り替えていく光景であった。かつてこの地を支配していたクラーケンの咆哮すら、今や重厚な機械音と水の流れる音にかき消されている。
「いい濃度になってきました。次は、この液体を『結晶』という形に固定しましょう」
水面の輝きが白銀へと変わるその瞬間を、サキモリの瞳は見据えていた。
(第二百四十話へ続く)




