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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

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笑う息子。

作者: 雪野鈴竜
掲載日:2025/11/24

 息子はどんな時でも笑っていた。遊んでいる時も、食べている時も、勉強をしている時も、いつでも笑みを浮かべて笑っていた。

 ある日、母親は息子の担任から聞かされた。どうやら息子は苛めに遭っているらしいのだ。そういえば、帰宅した息子は毎回新しい傷を作っていた。腕や足に転んだ跡の擦り傷や、不自然にできた位置の痣等が目立っていた。

 今思えば、あれは全て誰かに傷付けられた跡だったのかもしれない。普段の生活の時は息子はうっかり転んでしまったり等の失敗は滅多にすることはない。何故学校に行った時にだけ怪我が頻繁にできるのかは、母親も不思議に思っていた。どうしたのか聞いても息子は、「転んだ!」「ぶつけた!」と笑顔で答え、母親はそれを信じて手当てをしていた。

 息子に聞いてもきっとまた誤魔化される。

「笑っていて気持ち悪いと言われて馬鹿にされているらしいんです。私もなるべく苛められないように見張ったり注意をし、苛めている子のお母様達にも報告しているのですが……」

 それでも苛めは止まなかった。そして苛められている原因は……やはり常に笑っているかららしい。息子は今小学六年……このままでは中学へ上がっても、苛められてしまうかもしれない。母親は息子に言い聞かせた。

「笑っちゃダメ」

 そう言い聞かせた。

「何で?」

「何でも」

 息子は笑みを浮かべたまま、母親は何度も言うが、息子は笑みを浮かべたままで頭を抱えた。

 毎日毎日言い聞かせた。けれど息子の笑顔と笑い声は止まらない。……いつしか母親は、心を病んでいった。朝も、昼も、夜も、息子の笑みと笑い声が頭に浮かんで夢にも出るようになり、頭を抱えた。

 息子の笑い癖は治らない。息子の顔を見るだけで日に日に苛立つようになった。……笑うな、喋るな、話しかけてくるな近付くな。……息子の為に、中学に上がってから苛められないように、そう考えて言い聞かせていたはずなのに。母親は息子の笑顔と笑い声を聞きたくない為に、息子に、言葉が強くなってくる。

「笑うな」

 息子の両頬を包むように手で触れる。母親の顔は目の下に隈……頬も少し痩せこけてきて、(やつ)れていった。

「お母さん」

 息子は笑みを浮かべたまま。

「笑うな」

「お母さん……どうしたの?」

「……“どうした”?」

 息子は笑みを浮かべたまま母親の頭を撫でようとした。

「おがあ、ざ、ん?」

「どうしたあぁああ??」

 息子の頬を包むように触れていた両手が、息子の柔らかい両頬をいつの間にか抓り上げていた。

「いたいよ、おがざ、ん」

 痛そうに顔を歪んでいるが、息子はそれでも笑みを浮かべたままだ。──母親はついに、怒りが頂点に達してしまった。もう止まらなかった。今まで溜めてきた鬱憤を晴らすように吐き出した。

「どうした? ──笑うなッつってんの!! 何で笑うのッ?! 頭オカシイんじゃないのッ!!? なァなァよぉぉ?!!!」

「いだい、いだい、よ」

 ギリギリと、力いっぱいに頬を抓る。腹が立った。自分がノイローゼになってしまったのは誰のせいだと? そんな言葉を息子にガンガンと怒鳴り付ける。わかってる。言ってはいけない言葉をそれでも漏れ出てしまう。

「何で頭オカシイの!? なァなァッ!!! 何で私こんなの産んじャッたんだろっ! こんな子供──イラナイ!! イラなァァァッッい!!! ──死ねよッ! お前死んでよッ!」

 息子の頭を殴る。髪を引っ張る。頬を思い切り叩く。……気付いたら息子は、笑みを浮かべたまま床に倒れて気絶していた。……そして我に返る。

(私は……なんて事をしてるのッ!?)

 慌てて息子を揺さぶる。……息はしている。途端に母親は深い後悔に苛まれ、泣きながら息子を抱き締めた。

「うあぁあぁぁ…っ!! ごめんねぇっ! ごめんねぇ……っ! 嫌いじゃないの、愛してるのぉおぉぉぉ…っ!!」

……息子からは返事はなかった。


 ***


 母親は翌日、お詫びとして息子の好きな料理を作ろうと、スーパーへ材料を買いに出かけていた。帰ったら沢山謝って、抱き締めながら頭を撫でよう。美味しいご飯を沢山食べさせて、息子の笑う癖も個性として考えて、支えて行こう。

 今は息子は家で留守番をしている。いつも母親が「ただいま」と言えば走ってくる。母親は家に着き、玄関のドアを開けた──

「ただいま」

……しかし、息子はいつまで経っても駆け寄って来ない。おかしいと思った母親は、家中を探し回る。……何だか嫌な予感がする。心臓がドクドクと煩く跳ねる。……残るのは、息子の部屋だけだ。昼寝でもしているのだろうかと自身に言い聞かせながら、静かにドアを開けた……。

──目にした途端、母親は悲痛な叫びを上げた。……目の前にはピクリとも動かない人影が、縄で首を吊っていたのだ。……その人影は間違いなく"息子"だった。

……息子の足元には遺書の紙が置いてあった。……数日後、息子の葬式が終わった後に、母親はその遺書を漸く読んだ。


──おかあさんへ

 生まれて来てごめんなさい。

 おれが幼稚園の頃ね。お母さん、おれの笑顔が好きっていってくれたんだ。

 おとうさんがウワキしてリコンしておかあさんが泣いたとき、おれおかあさんに笑いながらあたまをなでたら、おかあさん笑った。うれしかった。でも、おかあさんおれのこといらないっていった。しんでっておねがいした。

 ごめんなさい。今までありがとう。大好き。おかあさんがしあわせなら、だいじょうぶ。大好き。


……それを読んで母親はまた泣き崩れ、生涯後悔し続けた。

だいぶ前に書いた短編の一つです。

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