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シャーロットは我に返ったように目を見開いて、姿勢は変えず、視線も動かさず、周囲を素早く魔力で把握する。
セオドアが指文字で示した通り、アメリアも、ジュリアンも居ない。
いつものように近衛も配置していない今、この場にいるのはシャーロットとセオドア二人だけに思えた。
シャーロットの侍女とセオドアの側近がいつ、どこへ行ったのか。
突然、『言おうとしたことと全く違う言葉が口から出る』という状況に混乱し、気が回っていなかった。
状況を把握したらしいシャーロットの様子を見たセオドアは、指文字で続きを書く。
『正しく読み取れたようだが、確認したい。僕の言葉が読み取れているなら、反対の手で頬に触れてみてくれないか』
「えっ」
小さく声を発したシャーロットの、もとに戻っていた顔色がまた朱色へと染まっていく。
そんな自分を不思議そうに、そして不安そうに見てくるセオドアの顔を見て、シャーロットは覚悟を決めたようだった。
セオドアに指示された通り、空いているほうの右手を──
「……えっ、あ、シャ、ル……」
セオドアの頬に触れさせたら、彼はシャーロットが今まで見たことないくらいに目を見開いて、シャーロットよりも顔を赤くさせた。
「シャル……君に触れて貰えるなんて天国にいるようだ……、っ!」
「ひゃっ?!」
パシン! と景気の良い音をさせて自分の額を叩いたセオドアに、シャーロットは肩を少し跳ねさせて驚く。
こんな奇っ怪な行動をする彼を、シャーロットは見たことがない。
自分は指示通りに動けなかったのだろうか。
指示を読み取れていなかったのだろうか。
そんなことを考えていると、気持ちを落ち着かせるように細く長く息を吐いたセオドアが、シャーロットの手のひらへ指文字を書いた。
『君が読み取れていることは分かった。ただ、すまない。僕の言葉が足りなかった。君の頬へ、君の手を当ててくれ、という意味だったんだ』
「なぁっ?!」
自分の勘違い、ではなくセオドアの過失だったようだが、シャーロットは恥ずかしさから文句を言おうと口を開いて。
「あたしだってセオ様に触れることができて幸せでっ、ああもうっ!」
また言おうとしていたこととは違う、隠したい言葉を発してしまう。
シャーロットは怒りでか恥ずかしさでか自分でもよく分からなくなってきた赤い顔をしかめて、セオドアの手を振り払い、
「あ、シャル……」
寂しそうな声を出したセオドアを一旦無視して振り払った彼の手を引っ掴む。
「シャ、シャル?」
狼狽えている様子のセオドアに応えないまま、セオドアの手のひらを上に向け、そこに指で文字を勢いよく書いた。
『意思疎通の確認はできたんですよね?! なら次はアメリアとジュリアンを探すんですよね?!』
書き終え、セオドアを軽く睨むように顔を向けると。
「あぁ、こんな時の君の瞳は炎に照らされる変彩金緑石より美しい」
セオドアは真面目な顔でしっかりと頷いた。
セオドアの返答は返答になっていなかったが、通じたらしいとお互いがなんとなく理解する。
婚約してから十年近い付き合いともなれば、身ぶり手ぶりや雰囲気で、意図や考えはそれなりに掴めるようだ。
こんな状況にならなければ、それすら気づかずにいただろう。
シャーロットもセオドアも、相手が自分を気にしている──気にかけているなんて、思いもしていなかったのだから。
「シャル。君に危険が及ぶなら、僕は命を賭して君を守る。君以上に大切な人なんて存在しない。君を失うなんて考えたくもない」
立ち上がりながら、
『近くに危険や害意はなさそうだ。周辺を確認しよう』
と言いたかったセオドアが差し出した手に、シャーロットは頷いて自分の手を重ねる。
「そう言ってくれるのは嬉しいですけど、セオ様は自分をもっと大切にしてください。大好きなセオ様に何かあったら、あたしはセオ様の無事を確認してから、原因の葉先から根本までを消滅させてやりますからね」
『近くに危険はなさそうだから、様子を確認する、ってことで合ってますか。あたしも、できる限りお手伝いします』
伝えたかったことと噛み合わない言葉を言いながら、セオドアの手を借りてシャーロットも立ち上がる。
真剣な表情で自分を見上げるように深い紅紫を向けてきたシャーロットへ、セオドアは、ほんの僅か、そうだと言われなければ分からないくらいに表情を変化させた。
「君なら本当に消滅させそうだが、君の手を汚したくはない。僕の大切なシャルが言うなら、僕も自分を大切にしてみよう」
『助かる。情けないが、僕より君のほうがこういう場合の対処能力に優れている。力を貸してくれ』
言いたかった内容と中身が遠すぎる言葉を口にしながら、わずかに、苦笑するように微笑む。
もう二人とも、脳内の言葉と違いすぎる言葉が口から出ても、問題なく意思疎通ができている。
緊急事態を受けて、対処能力が一時的に上がっているのか。
本人たちは気づいていなかっただけで、二人の間ならこれくらいの齟齬は誤差なのか。
シャーロットもセオドアも、今はそれについて深く考えるつもりはないようだった。
今、二人にとって、それよりも重要なことは──
「セオ様」
何かに狙いを定めたように目を細めたシャーロットが、静かにセオドアを呼ぶ。
それと同時に、庭園の一角、二人がいる場所の割と近くが眩く光り輝いた。
「ぎゃあー」
覇気のない叫び声がして。
「見つけたよ、二人とも。特殊隠蔽の魔法壁とか、どこから持ってきたの?」
声がしたほうへ、シャーロットは圧を感じさせる笑みを向ける。
そんな彼女を、チラリと見たセオドアは。
「流石、僕のシャルだ」
どこか得意そうに呟いてから、覇気のない声がしたほうへ顔を向け直す。
シャーロットが魔法で構築した純白の太い蔦に肩から足首までをぐるぐる巻きに拘束され、空高く持ち上げられ、それからゆっくり地面近くまで降ろされた二人、アメリアとジュリアンは。
「さすが我らがシャーロット様です」
シャーロットの侍女、アメリアは、無表情ながら胸を張るように言い、
「俺、この姿勢で固定ですか? 頭に血が上るんでちょっと……」
先ほど覇気のない悲鳴を上げ、一人逆さに吊るされている、セオドアの側近であるジュリアンは、自分の状態へ注文をつけた。