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第二王女と次期公爵の仲は冷え切っている  作者: 山法師


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11-3

 今日何度目か、驚いたように見開かれた翡翠の瞳を、シャーロットは睨みつけてやる。


「あたしのこと大好きじゃねぇかセオ様のバカ!! もっと早く言えバカ!! 全部言えセオ様のバカ!!」


 嬉しいのか恥ずかしいのか、自分でもよく分かっていないシャーロットは、けれど、怒っていることは自覚できている。


 呆気にとられているように自分を見てくるセオドアへ、怒りのまま言葉をぶつけていく。


「あたしセオ様好きなんだけど?! セオ様大好きなんですけど?! 言ってもらったら嬉しいだけだバカセオ様のバカ!!」


 掴んでいるセオドアの襟をがくがく揺らし、


「花言葉知らないあたしも悪いけど!! 言わなかったセオ様もちょっと悪いと思います!!」


 夢でも見ているような表情で自分を見てくるセオドアへ、


「てかですね!! 重いってんならあたしのが重いんだよ!!」


 思いの丈をブチかます。


「あの時のイベリス、まだ持ってますからねあたし!! バスケット飾ってたリボンも、持ってますからねあたしは!!」

「え? シャ「まだ話してます!!」す、まない……」


 失礼を承知で何か言いかけたセオドアを遮って、続きを口にする。


「花は! イベリスは! 一番取りやすかった白いの一輪だけですけど!! リボンだって一個だけですけど!!」


 そのリボンは。


「リボンはセオ様の目の色のヤツを!! 緑のヤツを!! なんとか狙い定めて確保したんですよ?!」


 それに、あの時。


「ホントは空色の何かも欲しかった!! イベリスも白だけど別で白いの何か欲しかった!! けど無理でした!! あの時のあたし! そこまで技量なかった! セオ様の色揃えたかった!!!!」


 最後に、一番重要なことを。


「あたしがセオ様どれだけ大好きか分かったか?! 分かったんなら大好きなセオ様にどんだけ大好きって言われても嬉しいだけだって分かりますよね?! だからそういうのは全部言えセオ様のバカ!! 分かりましたか大好きなセオ様のバカ!!」


 揺さぶるのをやめ、改めてセオドアと目を合わせる。

 けれどもセオドアは、自分を見つめるだけで何も言わない。


 混乱と動揺、そして喜びで何も言えないのだと、怒りが収まっていないシャーロットは気づけない。


「セオ様」


 だから可憐な声を低くし、深い紅紫のつぶらな瞳を眇め、セオドアへ、


「返事は?」


 問いかける。


「…………え、あ、す、まなかっ「違う!」え」

「分かりましたかって聞いたんです! 大好きって言ってもらうの嬉しいって、それ分かりましたかって! 分かりました?! セオ様、返事!!」


 また揺さぶられることになったセオドアは、


「分かっ、分かった。シャル、分かった。あの、今、僕は動けなくて、シャル、その、少し──」


 少し距離を取ったほうが良いのでは。


 言おうとしたが。


「あっそうでした! イスの拘束外します!」

「え、あ、シャル、ちが」

「アメリア、外していいよね?!」 


 セオドアの「動けなくて」で、彼がどういう状況にあるか思い出したシャーロットは、呼びかけ、振り向いて。


「外すのは構わないと思うが、ちょっと落ち着きな、シャーロット。セオドアが困ってるよ」


 すぐ後ろに居たソフィアに苦笑を向けられ、頭を撫でられ、「え?」と目を瞬かせた。


「軽い拷問みたいになっちまってるから、離れてやんな」

「え? ──あっ」


 苦笑しているソフィアの「軽い拷問」という言葉で、自分がセオドアへどういうことをしているか、シャーロットは状況を把握する。


 イスに拘束されているセオドアへ乗り上げ、襟首を掴んで揺さぶり、恫喝するように声を荒らげていた。


 (はた)から見たら本当に「拷問」していると思われかねない。


「す、すみません……!」


 淑女としてあるまじき行為。やってしまった。


「ごめんなさい、セオ様! すぐ下ります。お怪我とか大丈夫ですか、ごめんなさいセオ様……!」


 シャーロットは謝りながら、セオドアの拘束を素早く外してセオドアの膝の上から下りる。


 そしてセオドアへ怪我をさせてしまっていないかを魔力感知で確かめようと、セオドアの頬を両手で包んだ。


「……セオ様……その、大丈夫ですか……? お怪我は、なさそうですけど……さっきの、本当、すみません……次の時は、ちゃんと気をつけます……」


 セオドアの瞳、切れ長な翡翠をまっすぐ見つめ、シャーロットはできる限りの誠意を込めて言葉を紡ぐ。


 けれど、セオドアからの反応はない。


 自分を見ているんだとは思うけど、何か耐えるように口を引き結んでいて、ピクリとも動かない。


 シャーロットの中に不安が増す。


「あの、セオ様」


 セオドアへ顔を寄せながら、


「やっぱりどこか、お怪我とかしちゃいました?」


 不安を隠しきれないシャーロットの、深い紅紫の瞳が潤んでいく。


「……セオ様……」


 どうしよう、あたし、セオ様に怪我させちゃった?


「セオドアは怪我なんかしちゃいないよ、シャーロット。だから落ち着きな」


 ソフィアに言われ、彼女がセオドアの肩に触れていると気がついたシャーロットは、心の底から安心した。


 叔母様が言うなら、絶対に大丈夫だ。

 セオ様は怪我をしていない。


「……良かった……」


 ソフィアは、自分を見て安堵の表情を浮かべている、けれどまだセオドアの頬から手を離していないシャーロットへ、苦笑を向けた。


「そうだね、良かった良かった。それで、シャーロット。もうちょい落ち着くために少し離れて、アメリアが淹れてくれた茶を飲みな」


 はい、と、セオドアから手を離したシャーロットが対面のイスに向かうのを見ていたソフィアは、セオドアへ顔を向け、


「セオドアも、一息つくために茶を飲みな」


 甥である彼の肩を軽く叩いて、セオドアの意識を引き戻しにかかる。


「──あ、は、い……すみません……不甲斐ない、ところを……」


 ソフィアへ顔を向けかけ、恐縮するように視線を落として顔の向きも戻したセオドアを見て、ソフィアはまた苦笑した。


「? セオ様の何が不甲斐ないんですか? あたしが悪いんですよね?」


 対面に座ってティーカップを傾けていたシャーロットの問いかけに、セオドアは身を固くし、なんと言えばと視線を彷徨わせる。


「自称弟子、説明してやんな」


 魔力をイスのような形に固めて座り、アメリアが淹れた紅茶を飲んでいた『自称弟子』が、


「畏まりました」


 弟子というより、側仕えのように冷静な口調で応えた。


 冷静な表情をしている彼の尻尾は、嬉しそうに揺れている。


 何を言うつもりだ、と自分を訝しむように見てくるセオドアと、素直に自分の言葉を待つシャーロットへ、彼は冷静に。


「セオドアさんが唯一無二の愛を向けるシャーロット様のお顔が近くて動揺してしまい、怪我などしていないとすぐに言えなかった、それを不甲斐ないと嘆いたのだと思います」


 一言言ってやりたくなったセオドアだが、何を言っても自分の首を絞めるだけだと分かるので、無言でいるしかない。


「へぁ、は、す、すみません……」


 対して、『自称弟子』の説明を聞いたシャーロットは、また頬を染め、逃げ場所を求めるようにティーカップへ口をつけた。

 そんなシャーロットを見て意識を飛ばしかけ、瞬時に取り戻したらしいセオドアも、諦めたように自分でイスの向きを直し、紅茶を飲み始める。


「ソフィア殿下のお言葉がなければ、簡易でない拘束イスに座っていただき、少なくとも十重二十重(とえはたえ)に重ねた秘密箱の中で、短くとも二週間ほど放置させていただきたかったのですが」


 (そば)に控えるアメリアが無表情かつ淡々と、怒気をはらんだ極小の声で言い、


「マジすみませんでした、やめてください。確実に死にます侍女様、自分から出てこようとか絶対にしないので死にます。マジでご勘弁を」


 同じく傍に控えるジュリアンが軽くない口調で必死に、そしてこちらも極小の声で、二度目の命乞いをする。


「さて」


 自分の姪と甥、二人を主人と決めた彼女と彼、何事もなかったかのようにティーカップを傾けている『自称弟子』。

 彼らへ目を向け、眩しいものを見るように薄い紅紫の右目を細めたソフィアは、


「時間もまだあることだし、馬鹿やら阿呆(アホ)やら、色んな奴らの目を覚ます算段をつけるとしよう」


 自分へ顔を向けた彼らに、真面目な表情と声で言ってから。


「あと、『想いをぶちまける魔法薬』を無断で投与した、その処罰についても、ちゃんと忘れず考えて、罰を下しておくれよ?」


 苦笑を向ける。


「叔母様悪くないです!」

「いえですから、殿下」


 それを聞いて慌てだすシャーロットとセオドアに、


「我らがシャーロット様。それなら魔法薬入りの紅茶を淹れた私こそ、罰を受けるべきかと」

「俺ー、も、罰受けるとして、軽めのヤツで。鞭打ちとかで。どうかお慈悲を、セオドア様」


 アメリアが淡々と、ジュリアンは軽く言う。


「アメリアに罰とかしないよ?! てかセオ様?! ジュリアンに鞭打ちとかしてんですか?! 鞭打ちが軽い罰なんですか?!」

「してないしてないしたことなどない! シャル違うんだ誤解だ! ジュリアン! お前! 今のは完全にわざとだろう!」


 茶菓子をつまむ自称弟子が、


「和やか、を超えて賑やか……それも超えて、騒がしく思えます、この状況」


 呆れたようにボソッと呟いたが、耳も尻尾も楽しそうに揺れ動いている。


 彼ら五人を見て、ソフィアはまた、眩しそうに目を細めた。



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