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第二王女と次期公爵の仲は冷え切っている  作者: 山法師


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10 死刑宣告を受けての命乞い

「……秘密箱(ミスティコート)……ですか……」


 自分たちの周囲に構築されたそれ(・・)を見て恥ずかしさが薄まったシャーロットは、セオドアの上着から顔を出した。


 恥ずかしさが薄れたのは、シャーロットにとって、その魔法──秘密箱(ミスティコート)が身近な魔法だったから。


「ああ。君が創るものより劣るだろうけど、ないよりマシだ」


 少しは安心できた様子のセオドアが、同時に創り出した魔法の光球、三つあるそれらの光量を確かめるように天井を見上げる。


 光球で照らされた半球状の空間は、人が六人入れるかどうかという広さ。


 魔法で構築される簡易空間の一種、秘密箱(ミスティコート)。音や光といった外からの刺激を遮断し、構築した人間が設定した手順を踏むか力に物を言わせて破壊しなければ、外との連絡も外へ出ることも敵わない。


「劣るなんて……とても精密に構築されてるじゃないですか」


 壁に手を当て、魔力感知で大体の構造を把握したシャーロットが、


「あたし、こういうの、感覚でやってしまうクセが抜けなくて。開け方も忘れちゃったりするんですよ」


 苦笑いと照れ笑いが混ざったカオと声で、壁を眺めながら言った。


 秘密箱の使用目的は、多岐に渡る。

 軍でも防壁、障壁、仮眠室、簡易牢など様々な目的で使用される、シャーロットにとっても身近な魔法の一つ。


 醜態を晒した自分を隠してくれたのだしと、シャーロットは感謝こそすれ、特に危険も問題も感じていない。


 そして『シャルを誰にも見せたくない』思いが強すぎるセオドアも、自分が傍から見てどういう状況を作り出したか、分かっていない。


「……忘れる……と、外にいる場合は何ともないだろうが、中でそうなったらどうしていたんだ?」


 シャーロットへ顔を向け、真面目な表情で聞いてくるセオドアに、


「どうしてたと思います?」


 シャーロットもセオドアへ顔を向け、笑みを浮かべ、セオドアへ逆に尋ねた。


 二人だけの空間は、どこまでも和やかな空気に満たされている。


「……正直に答えてもいいか」


 少し考え込んだ様子を見せたあと、躊躇いがちに言ってきたセオドアへ「どうぞ。セオ様ですから」とシャーロットは明るく返事をした。


「自分で壊して脱出した、のでは、と」

「言うと思いましたし正解です。あたしらしいでしょ」


 得意げな笑顔になって胸を張ったシャーロットを見たセオドアが、


「そう思う」


 慈しむように目を細め、シャーロットへ微笑んだ。


「気高く凛々しく美しく、そして愛くるしさまで持っている、実にシャルらしい脱出方法だ」


 また意味不明なことを、それもなんだか嬉しくて恥ずかしくなる言葉まで混ぜ込んで言われ、


「そ、ですかね」


 シャーロットは、内心のそれらを悟られないようにと、はにかんだ。

 彼女の頬が、薄赤く染まる。


 そんなシャーロットを見たセオドアが、神妙な顔つきになった。


「……シャル。今、ここには僕と君だけだよな?」

「そうですけど?」


 何を当たり前なことを。


「……いや、なんだが、収まったはずの『君を誰にも見せたくない』という気持ちがまた、出てきた、気がして。どうしてだろうか……」

「えっ?! あたし、変な顔してます?! か、隠れたほうがいい?! です?!」


 慌てて上着を被り直したシャーロットを見ていたらしいセオドアの、


「何か、足りない、気がする。変な顔ではないから安心してくれて良いんだが、何か、足りない……」


 考え込む声が聞こえたシャーロットは。


「あ、あの、さっきの。抱きしめる、の、してもらったほうが、いいですか……?」


 セオ様を困らせたくない。

 それだけを考えているシャーロットは、セオドアへ近寄って、彼の袖を軽く引き、上着の隙間からセオドアを見上げ、提案してみる。


「……そうだな。そうしたほうがいい気がしてきた。今の君は本当に誰にも見せたくない」


 『シャルを誰にも見せたくない』思いが強すぎて、その原因に気づけないセオドアは、シャーロットの提案を了承した。


「シャル。抱きしめても良いだろうか」

「は、い。どうぞ……」


 腕を広げたセオドアの胸に、おずおずとシャーロットは身を寄せる。

 ゆっくりと、そしてしっかりと抱きしめられ、心臓が暴れ出しそうなシャーロットだったけれど。


「……少し、落ち着いた。ありがとう、シャル」


 安堵の息を吐いたセオドアの言葉を聞いて、シャーロットも少しずつ落ち着いてくる。


「お役に立てたなら、良かったです」

「いや、僕が迷惑をかけているだけだ、すまない」

「迷惑とか、そんなのないです。大好きなセオ様のためなら、あたし、なんでもしますから」


 セオ様と呼べるだけでなく、大好きな、と言える。この時を、どれだけ夢見たことだろう。

 叶わない夢だと、叶えてはならない夢だと、胸の奥にしまい込んで。


「セオ様って、細身なほうだと思ってましたけど」


 そんなふうに考えていたから、シャーロットは、


「こう、広い? おっきいんですね。──なんだか」


 全身でセオ様を感じてるみたい。


 これも夢のような体験だと、素直に思ったことを口にした。


「? セオ様?」


 抱きしめてくるセオドアの腕が、さらに力強く自分を抱きしめてきたので、どうしたのだろうと呼びかけたが。


「……シャル」


 セオドアの声が、どうも、硬い。


「どうしました? またなんか変ですか?」

「そうらしい。らしいが、何がおかしいのか、うまく説明ができないんだ」


 言っている通りにセオドアは自分に起きている異常の原因を掴みあぐねているらしく、シャーロットをさらに強く抱きしめ、困ったように。


「こうやって、シャルを抱きしめてると、少し、マシになるんだが……その原理もよく分からないし、マシになるだけで、根本的な解決へ向かえていない気がする……」

「え、ど、どうすれば……あ」


 セオ様が困ってる。

 セオ様の力になりたい。

 その思いがシャーロットを突き動かす。


「あの、セオ様。あたしからも抱きしめたりすると、何か変わります?」

「どう……分からない、が……」

「じゃ、やってみますね」


 セオドアに強く抱きしめられても、鍛えているから自分は痛くも痒くもない。

 けれど、セオドアは自分と違う。

 公爵家の跡取りとして鍛えられてはいるだろうけど、軍の訓練なんかと同じに考えない方がいい。


 そう思ったシャーロットは、だいぶ弱めに、腕を回す程度で抱きしめた。


「……その、シャル。もう少し、力を入れてくれないか」


 さらに強く抱きしめてきたセオドアへ「分かりました」と応え、要望通りに力を込める。


「どうです? こんくらいの力加減です?」

「……その」


 セオドアはどこか、迷うように。


「なんでか、また分からないんだが、君の顔が見たい、気がする。誰にも見せたくないのに……なんなんだこれは……」


 迷うような声だったのが、途方に暮れたものになったセオドアの言葉を聞いたシャーロットは、また。


「顔くらいいくらでも見せますよ。今、セオ様とあたしだけですし」


 一旦セオドアから腕を外し、上着を頭から外して肩にかけ、セオドアを抱きしめ直し、


「こんな感じ? で、合って、ま……す……?」


 見上げた先のセオドアが、いつもの彼と違って見え、シャーロットは思わず見入った。


「……シャル……」


 冷たく思うばかりだった翡翠の瞳、その奥が、燃えているような。


「どんな君も、愛らしいと思っているが」


 姉が白皙の肌と言うのよと教えてくれた彼の肌、その頬に、珍しく赤みが差していて。


「今の、君からは」


 いつもなら低くて涼やかな声だと思うのに、さっきから聴こえてくる声は、体の奥を震わせてくるように思えてならない。


「いつもの君と、どこか」


 冬空の色をした髪も、抱きしめてくる腕も、自分が腕を回している背中も、広くて大きいのだと知ったばかりの彼の胸板も。


「違うような愛らしさを、感じるんだが」


 彼の全てが、熱い、ような。


「一体、なんなんだ、これは……シャルが可愛いのは当たり前なのに……」


 困り果てた声を出したセオドアと、


「……え、あ、え?」


 セオドアに見入ってしまったシャーロットの額が、触れ合う。


 お互いが無意識のうちに顔を寄せていたらしいと、二人で気づくのと同時に、動きが止まる。


 セオ様が。


 シャルが。


 愛しく思う人の顔が、今までで一番近い場所にある。


 額が触れ合ったまま見つめ合った時間は、永遠にも、一瞬にも思えて。


 その時間は唐突に、必然の終わりを迎えた。


 凄まじい轟音、同じく凄まじい魔力余波。


 シャーロットは反射で無色透明な防御壁を構築し、同じように反射でセオドアと自分を魔力で覆って、自らの意思でセオドアを守るためにと抱きしめる。

 セオドアも反射で同じ防御壁を構築し、シャーロットを守るためにと腕の中に抱き込んだ。


 急に何が起こったのかと、二人が顔を向けた先で。


「緊急時でもないのに密室へ婚約者を連れ込んだ、それだけで万死に値します。手を出していたら万死を万回、お覚悟を」


 無表情だというのに冥府の王を思わせる雰囲気で立つアメリアが淡々と、死刑宣告を思わせる何かを述べた。

 どこから持ってきたのか、アメリアは、魔核弾連射砲を肩に担いで構えている。

 周囲を見ると、即座に弾込めできるようにか、大量の魔核弾が地面を埋め尽くすように置かれていた。


「経験皆無と混乱ってことで情状酌量の余地があったりしませんかね。手ぇ出すのは無理だと思うんで、そこは大丈夫すよ、たぶん」


 草臥れた顔で芝生へ直に腰を下ろしているジュリアンは、草臥れた声で主人の命乞いをしている。

 そのジュリアンも、どこから持ってきたのか、大量の魔符──それも上位魔法構築物分析破壊に特化した魔符に半分埋もれていた。

 弱い風を受け、使用限度を超えて使われたと分かる崩れかけの魔符が、ボロボロの紙吹雪となって宙を舞う。


 二人によって外側から破壊されたらしい秘密箱が、粒子となって消えていく。


「──あっ」


 アメリアと、ジュリアンと、崩れていく秘密箱。


 二人と一つを夢から覚めた感覚で見ていたセオドアが、思い出したように声を出し、


「違うすまない違わないが違う! シャル! すまない!」


 血の気の引いた顔でシャーロットへ謝罪し、同時にシャーロットから手を離して防御壁も消した。


「……えーっと……」


 シャーロットも、危険はなさそうだからと防御壁を消し、自分たちを覆う形で保っていた魔力も分散させたが。


「何が、どう……え?」


 未だに状況が掴めていないので、セオドアを抱きしめ、アメリアとジュリアンへ顔を向けたまま、首を傾げた。



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